悪魔の力
ナーサが言うには、コパはこの都から大陸の東北へと旅立ったと言う。
元々、占い師コパは獣人種ではなく、植物種で獣人種とは比較的有効な関係を築いている。
この都で占い師をしていたのも、そんな理由からだ。
しかし先日、この異世界の未来を占ったコパは突如この都を後にし、東北のある場所へと旅立った。
その行き先を、ナーサは知っていると言う。
「ナーサ教えてくれ、コパの行き先はどこなんだ?僕は、コパに会わなければならないんだ!」
「それは……解かりましたお教えします!ですが、私からもお願いがあります。聞いていただけますか?」
「お願い?別に構わないが、あまり難しいことは叶えられないぞ」
「……待て!ナーサ。まさか、こいつに話すつもりか!!」
それまで黙っていたダスラが、物凄い形相で割り込んできた。
どうやら、それほどまでに重要な話を僕にしようとしていたらしい。
二人は僕に背を向け、ヒソヒソと内緒話を始めた。
「………でも、こいつは………」
「犯罪者……ですが……………」
「バカ………かも………しない」
「…………………………………」
「………………………解かった」
話合いの結果、ナーサに軍配が上がったようだ。
何を話していたのかさっぱり解からないが、納得したはずのダスラはまだブツブツと文句を言っている。
僕は息を飲んで、ナーサの話を聞いた。
「お願いと言うのは、私達もその場所へ連れて行って欲しいのです。お願いします空様!!」
ナーサは祈りを捧げるように手を組み、僕の懇願する。
さながら神にでもなった気分に、悪い気がしないが――なぜ、そんなことをお願いするのだろう。
その意味も含めて、ナーサは説明した。
「私達は、空様と同じ人間です。しかし私達と空様には大きな違いがあります。それは……私達はこの異世界で生まれた人間なのです……」
ナーサの告白に、僕は口を開け驚くしかなかった。
ちなみに、彼女達の年齢は十九歳。僕よりも年上だった。
彼女達はこの異世界で生まれた『二世』で、両親は随分前に送られてきた人間だと言う。
日本政府はこの異世界に、数十年も前から人間を送り込んでいたことを意味していた。
そして、コパの向かった先は、彼女達人間が住む村だと言う。
彼女達の故郷、『火ノ村』だった。
しかし、そんな村の存在を僕は聞いたことがなかった。
この異世界の情報は、かなりの量を集めたがそんな人間だけの村なんて聞いたことない。
鵜呑みに出来ない話に、ナーサがその理由を教えてくれた。
「この異世界において、人間は歓迎されていません。だから火ノ村のことは隠されています。空様が存じ上げなかったのも、その為です」
「しかし…なぜ人間が歓迎されていないんだ?確かにこの世界の者達から見れば、僕らは異世界人かもしれない。だか、人間の強さは小人族にも劣る。そんな鴨とも言える人間をなぜ嫌う」
僕の問いに答えたのは、ナーサではなくダスラだった。
ナーサの影に隠れて、爪を噛んでいたダスラが答える。
「それは、人間の力を恐れてよ」
「人間の力!?……一体どんな力だ?」
「一部の異世界の者は私達人間のことをこう呼ぶ………悪魔と」
この異世界で人間のことを一部では悪魔種と呼ぶらしい。
突如現れた、不吉を呼ぶ十三番目の種族。
恐れられ、忌嫌われる存在――それが人間だとダスラは言う。
しかし、人間がそれほどまでに、恐れられる存在なのだろうか?
さっきも言ったように、人間は力も小人族に劣り、魔法も使えない。
そんな人間を、この異世界の者達が恐れるとはどうしても思えない。
不思議そうにしている僕に、ダスラが教えてくれた。
「人間の中には、異世界の者が持つことのない魔王の力…『悪魔の力』に目覚める者がいる。それを恐れているのだ」
『悪魔の力』。人間だけが目覚める魔王の力。
それで説明がついた。
なぜ、人間が殺人ランク上位にいるのか?
ずっと疑問に思っていたが、『悪魔の力』が関係してた。
それ程までに、この異世界の者達はその力を恐れているらしい。
その為、人間の村の存在を知られる訳にはいかないらしく、ダスラが心配していたのはそのことだった。
全ての事情を知り、僕はナーサの願いを叶えることした。
「解かったよ、一緒に火ノ村に行こう。僕が君達を守るよ」
「…ありがとうございます空様。よろしくお願いいたします」
「……あんた、約束を守りなさいよ!」
かくして、火ノ村を目指すことになった僕達は、倉庫を抜け出した。
都内には、僕達を探しているであろう国王軍の兵士がいたが、見つかることなく都の外に脱出した。
ここまでは順調に進んだが、新たな問題が発生した。
シェナンテの森。
火ノ村に行くには、植物種の住む『シェナンテの森』を抜けなければならない。
植物種と獣人族は友好関係を築いている為、僕達のことが植物種に伝わっている可能性を否定できない。
運が悪ければ、挟み撃ちに会ってしまう恐れがある。
一刻も早くこの森を抜けるべく、足を進める。
一時間くらい進んだ頃だろう。
ダスラの足が疲れたと言うので、休憩を取ることにした。
正直僕も疲れていたので、ダスラの提案はありがたかった。
舗装されてない道を歩くというのは、思ったよりも疲れると知った。
「それにしても、この森はどこまで続くのかな?」
「そうですね……二日も歩けば、森を抜けると思います」
「二日!?二日も歩くのか!!」
しまった、そこまで広い森とは思っていなかったので、食糧や水を用意してなかった。
これでは気力以前に体力が持たない。
解決策を考えていると、ナーサが大丈夫です――と告げる。
「この森には木の実や果物が豊富です。それに綺麗な川もあるので食料の心配はしなくても大丈夫です」
「よかった。それにしても、ナーサは物知りだね」
その言葉にナーサが答える前に、ダスラが口を開く。
「当たり前でしょ!ゼノールに来るのに、私達はこの森を抜けて来たんだから…それくらい察しなさいよ」
ダスラがなぜ怒っているのかは解からなかったが、一つ気になることが出来た。
雑談ついでに、ナーサに聞いてみた。
「そういえば、ナーサ達はどうしてゼノールに来たんだ?火ノ村に住んでいたのに…何か理由があるのか?」
僕の質問に、二人の顔から笑顔が消えた。
常にニコニコとしているナーサもこの時ばかりは、表情を変えた。
地雷を踏んでしまったのだろうか?
少し間を置いて、ナーサは語り始めた。
火ノ村を出たこと、ガルの奴隷になった経緯を……。