主都ゼノール
主都ゼノール。
豊かな森に囲まれた別名『森浴の都』と呼ばれる、この大陸でもっとも大きな街だ。
大きな木が城壁の役割を果たし、さなから自然の要塞を形成している。
ゾイニの街を後にし、僕がこのゼノールに来たのには理由があった。
ここに来る途中、例のサーベイトの仲間に遭遇してしまったが、ミネバの活躍(本当に僕は何もしていない)により、三度危険を回避出来た。
本当にミネバを見つけることが出来て良かった。
話は脱線してしまうが、ミネバのことについても色々と解かったことがあった。
彼女は記憶を失っているが、失っているモノはそればかりではなかった。
実はゾイニの街を出る時、旅支度をしているピナに会った時だった。
ピナは、伝説は本当だったんですね――と、驚いていたが奇妙なことも口にした。
ミネバは『不完全』だと言った。
確かに記憶を忘れているが、戦闘力に申し分はない。
まあ、その記憶障害で随分と危ない目にはあったが、記憶以外では『不完全』に思えなかった。
しかしピナが言いたかったのは、そんなことではなかった。
ミネバは『紅焔の魔剣』の二つ名の通り、剣を持っているのが本来の姿だと言う。
それに、伝承では空を飛び焔を放つらしく、かつては大陸の三分の一を焼き尽くしたこともあったらしい。
このミネバがそんな凄い奴だったなんて、ただの認知症の天然っ娘にしか見えないが…。
つまりミネバは自分の装備がない、まったくの丸腰状態だとピナは言う。
多感な年頃の僕には、丸腰よりは丸裸の方が良かったが……。
ピナの軽蔑した目が僕を睨んだ。
しかしミネバの装備品は、一体どこに行ってしまったのだろう?
ゾロリア火山には、それらしい物はなかったはずだが、見落としてしまったのか。
何かを思い出すように、ピナは顎に手を置き首を曲げる。
異世界でも考える時のポーズは同じらしい。
……………………………………………………!
思い出したらしく、僕に教えてくれたのがゼノールにいる『占い師コパ』のことだった。
コパは占い師の肩書が示すように、金さえ払えば何でも占ってくれるらしい。
そんな訳で、ミネバの装備を探す為、このゼノールへとやって来た。
「見てください、マスター都のみなさん頭に耳を付けていますよ。…それに尻尾も、不思議ですね」
「別に不思議なことでもないよ。このゼノールは獣人種の治める都だから、大半は耳やしっぽの生えたセリアンスロープだから」
セリアンスロープは高い身体能力と、知性を持った種族で、この大陸では最強の称号を得ている。
その上、固有の動物のスキルを持っていて、特に満月の夜には本来の力を発揮するらしい。
出来れば戦いたくない相手だ。
「それより、ミネバ。マスターは止めてくれと言ったはずだ」
「しかし、マスターはマスターですから、マスターと呼ぶしかありません」
「でもマスターって、師匠って意味だろ…。ミネバより弱い僕が師匠て呼ばれてもなぁ」
「では、代わりに何と呼べばよろしいのですか?」
「そうだな…………………」
僕は考えながら、広場のベンチに座るセリアンスロープに視線を向けた。
そこには僕と同じくらいの女の子、猫のセリアンスロープが数名いた。
僕はヲタではないし、猫耳を付ける女の子を良く思っていなかったが、実際に目の前にすると、どうしてなかなか……。
猫耳にこだわりを持つ者の気持ちを、初めて理解した瞬間だった。
「そうだ!ご主人様って言うのはどうだ?」
「………………変態………」
軽蔑の顔をして、ミネバは僕に言った。
おそらくミネバはメイドを知らないはず、だから僕のいやらし顔を見て言ったのだろう。
確かに、よからぬことを考えてしまったことは認める。
しかし言ってしまった以上、後には引けない。これも男のサガなのだろう。
それに……一度は言われてみたい言葉でもあった。
「だ、ダメかな?」
「…ダメではありませんが、それ以上は要求しないですよね………」
「それ以上っって?」
「お帰りなさいご主人様と言えとか、夜のご奉仕の時間だとか、この○便器メイドと罵ったりとか――」
「ちょ、ちょっと待て、どこの変態ご主人様だ!!そんなことするか!!!!!」
僕はそんな人間に思われていたのかと思うと、さすがにへこんだ。
しかし、ミネバにメイドの知識(間違った)を教えた覚えはなかった。
記憶が戻ったとも思えないし、一体誰から教わったのだろう。
そのことを質問すると、ミネバはあそこにいるのがメイドでしょう――と指をさした。
そこには人間の若い女が二人、メイドの恰好をさせられて馬車を引かされていた。
両手を後ろ手に縛り、口には猿轡を付けられてセリアンスロープの男に鞭で叩かれていた。
その光景はどう見てもSMショーにしか見えず、女達は辱めを受けていた。
「あれが、メイドですよね。私にもあんなことをしろってことですか?」
「違う!!」
ミネバにツッコミを入れずに、馬車へと向かった。
ここに来る途中に手に入れた両刃の剣を抜き、走った勢いで馬車に乗る男に飛びかかった。
バシュっっ!!
ドゴゴゴーン!!!
馬車の男を剣先が捉え、斬り付ける。
血飛沫と悲鳴を上げて、男の右腕は肘より下が斬り離れた。
そのまま男は、馬車より転げ落ちたので、その隙に女達の縄と猿轡を切り開放する。
「逃げるぞ!!!!」
女達の手を引き、僕はこの場から逃げ出した。
しばらく走っていると、身を隠すには十分な倉庫を発見し中に入る。
ここまでくれば安全だと思い、二人を落ち着かせる為に話をしようと顔を見て初めて気付いた。
女は二人とも、同じ顔をしていた。
つまり双子だった。