最後の言葉
誰にだって苦手なことや弱点はあるものだ。
下にいるサーベイトだって、強靭な肉体に比例して知性と言う弱点が存在する。
もしもこの異世界が殺人ではなく、知識をゲームにしていたら…。
僕はあんなトカゲごときに負ける気はしない。
おっと、少し話が逸れるしまったので元に戻す。
とにかく、弱点なんて誰にでもあるのだと、声を大にして言いたい!
実際には女の子に抱えられ、バタバタと慌てている自分をフォローする為だったが、かえって醜態をさらしてしまっているように感じた。
器の小ささを……。
それにしても、マスターと呼ぶこの女の子は一体何者なのだろう。
見た目は僕と同じ人間のようで、こんな時に言うことではないが、かなりかわいい。
ちょっと露出の多い恰好をしていて、僕よりも細い腕をしているがこんな上空まで飛んだことを見ると、相当な力を持っているのか、噂に聞く魔法を使っているのか…。
謎の美少女と言った感じだ。
大抵のファンタジーにおいて、こういう女の子は無感情なツンデレ娘か、溺愛思考のデレデレお姉さんのどちらかだが、果してこの女の子はどちらだろうか?
閉じていた口を開き、女の子はこう言った。
「マスターどうしましょう。着地の仕方を忘れてしまいました」
どうやらどちらでもなく、認知症の天然っ娘だった。
そんなことより、
「どうするんだよ!もう少しで地面に激突だぞ!潰れたトマトみたいに、ペシャンコになっちゃうだろ!!!!」
「どうしろと言われましても……マスター忘れてしまったものを、どうすればよいのでしょうか?」
「そいうことじゃなくて……ああ、もう地面に激突しちまう!!!」
こんな形で、この殺人ゲームから脱落することになるとは思ってもいなかったが、地面に激突する瞬間。そうか両足で立てばいいのですね――と、当たり前のことを思い出してくれたおかげで生き延びることが出来た。
おいおい、大丈夫かこの子…。
と、疑いの眼差しで見つめる僕に、大丈夫でしたね――と微笑みを返してきた。
そのかわいさに免じて、許すことを決めた僕だった。
しかし、危険が回避出来た訳ではなく、それを証明するようにサーベイトが立ちはだかった。
戦慄する体に気合を入れたが、感じなことを忘れていた。
刀がない。
先ほどのサーベイトのタックルにて、買ったばかりの刀は脆くも折れてしまい崖から落ちてしまったのだった。
全くの丸腰で唯一の頼みであった鞘も、同様に崖から落ちてしまった。
戦う術を持たぬ僕に、女の子が言った。
「マスター、このトカゲは何ですか?見るからに知性の欠片も感じませんが」
おいおい、聞こえちゃうだろう!
そう思ったがすでに時は遅く、サーベイトは大きな口を開け叫んだ。
「トカゲ!?……オレブジョクスルナ。トカゲチガウ!!!!!!!!!!」
激高するサーベイトは女の子に襲い掛かった。
先ほど、上空に飛んだパワーから察するに、この女の子は相当に強いはずだ。
僕はそれを確かめる為、あえて助けることはしなかった。
もちろん、丸腰だからだ。
しかし、僕の予想に反した結果を迎えた。
ドゴッ!!
サーベイトの右フックをもろに受けて、女の子は吹っ飛ばされた。
飛ばされた先がこちらだったので、巻き込まれる形で僕も吹っ飛んだ。
「いてて…おい、お前強いんじゃないのか?」
「すみませんマスター、戦い方も忘れてしまったみたいです……」
まさかの展開に唖然とした。
無理もない、これで僕の死亡が決定した。
結局、炎を纏った武器も見つけることが出来ず、ここに来た原因のピナに化けて出ることを誓い諦めた。
サーベイトは近寄り、女の子に噛みついた。さっきの言葉で標的が彼女になったらしい。
あるいは、僕のような人間などすぐに殺せる自信の表れなのかもしれない。
女の子も身体にサーベイトの牙が食い込んだ。
サーベイトの『鋸刃』の異名はこの牙に由来する。
鋸のように細かく刻まれた歯で、相手を喰いちぎることか付いた異名が『鋸刃のサーベイト』だった。
当然のように、僕よりも細い体を持つ彼女は、無残にも喰いちぎられてしまうと思ったが、
驚いたことに、彼女の体は原型を留めていた。
そればかりか、何食わぬ顔で立っている。
これは一体どういうことだ?
「お、おい、お前は何なんだ?」
僕の質問に、彼女は涼しい顔で答えた。
「私は、ミネバ……炎を纏った武器『紅炎の魔剣・ミネバ』です」
炎を纏った武器とはミネバのことだった。
武器と言うからには、剣や槍を想像していたが、まさか女の子だったとは思いもしなかった。
しかし、それならば納得がいった。
上空に飛び上がる程の力も、鋸刃に耐える耐久性にも説明がつく。
ミネバが強力な武器だからだ。
思わぬ結果になったが、当初の目的を果すことが出来た。
これなら勝てるかもしれない。
「ミネバ、そいつの腹を思いっきりぶん殴ってやれ!」
「はい、マスター」
ミネバの拳がサーベイトの腹めがけて放たれた。
固い鱗をものともせず、金属がぶつかり合うような衝撃音が響き渡った。
あまりの威力に、ミネバの体に喰い込んでいた鋸刃は離れサーベイトは蹲る。
これは好機と思い、続けてミネバに攻撃の指示を出す。
「顔面!」「はい」
「左わき腹!」「はい」
「後頭部!」「はい」
「左右の腿!」「はい」
「下顎!」「はい」
「喉元!」「はい」
まるで餅つきのように、ルズムカルに繰り出される攻撃に、サーベイトはついに膝を付いた。
本調子ではないだろうミネバに、殺人ランク一00二位がまるで歯が立たない。
これはとんでもない者を呼び覚ましてしまったのではと戦慄した。
それに、圧倒的な戦力差に、サーベイトが少しだけ気の毒に思った。
昔の自分を見ているようで……。
最後の指示をミネバに告げる。
「ミネバ、そいつ火山口に落とせ!!!!」
「はいマスター」
たっぷりと助走をつけて、ミネバが突進する。
もはや全身の痛みで動くことの出来ないサーベイトに、回避することは出来なかった。
ミネバの拳が胸の中心を捉えるようとした瞬間、サーベイトがこちらに視線を向けた。
何だ!?
目の前のミネバではなく、なぜこちらを向いたのだろうか。
そして、サーベイトは微かに口を動かしミネバの拳を受け、火山口へと落ちて行った。
一体サーベイトは何と言っていたのだろう。
火山口に落ちてしまった以上、その問いに答えられる者はもういない。
嫌な後味を残して、この殺人ゲームは決着を迎えた。