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妹が名前をつけました。

 明日香の行方不明騒動から数日後。学園から帰った俺は明日香とサクラと仔猫を連れて自宅から一番近いペットショップへと向かっていた。

 夕陽が沈んでいく風景を眺めつつ、視線を隣に居る明日香へと移す。隣に居る明日香は仔猫を優しく抱き抱えたまま笑顔で歩いている。

 そしてサクラは明日香の右肩に座り、仔猫はそんなサクラをじっと見つめているように見えた。もしかしたらこの仔猫にはサクラの姿が見えているのかもしれない。

 まあそれはともかくとして、明日香がこうやってある程度平然と外を出歩けるようになったのは、この仔猫のおかげだと思う。


「えっと、確かこの辺りだったはずだけど……」


 おぼろげな記憶の中にあるペットショップを探す為、辺りをあちらこちらと見回す。


『涼太くん、あれじゃないの?』


 すぐ近くで喋っているかのように聞こえてくるサクラの声。その声にサクラが居る方を見ると、道路の向かい側の奥を指差していた。


「あっ、あれだあれ!」


 近くの信号機付き横断歩道まで移動し、青信号になるのを待つ。ちょうど帰宅時間と重なっているからか、道行く車も多く、駅の方からやって来る人も多い。


「お兄ちゃん、信号変わったよ?」

「あっ、悪い悪い」

「早く行こう、お兄ちゃん」


 明日香はペットショップに行くのが楽しみで仕方ないらしく、ソワソワと落ち着かない様子。

 横断歩道を渡りきり目的のペットショップへ入ると、店内は外観で見たイメージとは違ってかなり広く感じ、そんな店内を見回すと女性店員のいらっしゃいませという声があちこちから聞こえてきた。


「さてと、とりあえず餌から見るべきかな――って、あれっ!?」


 ふと横を見るとさっきまで隣に居たはずの明日香の姿が無く、俺は慌てて店内を捜し回ろうとしたのだけど、ものの1分もしない内に明日香は見つかった。


「わあー、小さーい」


 明日香が釘付けになっていたのは仔猫や仔犬が居るコーナーの一角だった。明日香は一片の汚れすらも感じさせないキラキラとした瞳で小さな動物達を見つめている。


『サクラ、聞こえるか?』

『はいはーい! 感度良好ですよー!』


 ――感度って、トランシーバーじゃあるまいし。


 サクラも動物が好きなのか、明日香と同じくテンションが高い。


『俺は必要な物を見てくるから、明日香を見ててくれないか?』

『アイアイサー! 了解でありまーす!』

「さてと、とりあえずは餌コーナーだな」


 元気なサクラの返事を聞いた後、天井からぶら下がっているコーナー案内のプレートを見ながら目的のコーナーを探す。


「あ、ここか」


 探していた猫の餌コーナーはわりとすぐに見つかり、一通りどんな物があるのかを見て行く。

 仔猫用とか大人用とかがあるのは知っていたけど、それでもかなりの種類がある。目移りする程の種類がある餌を目前に、俺はかなり悩んでいた。正直どれを選べばいいのかさっぱりだったからだ。

 相手が人間ならどれを食べたいと聞けば済む事だけど、相手が猫となるとそうはいかない。

 あれこれと餌の入った袋を手にとっては悩むを繰り返した挙句あげく、もういっそ仔猫の前に商品を突き出してどれに近寄って来るかで決定しようかな、などと、わりと本気で考えてしまっていたくらいだ。

 そして散々悩んだ結果、手に持っていた餌を棚に戻してからとりあえず明日香の居る場所へ戻ってみる事にした。


「おっ?」


 明日香が居たコーナーの近くまで戻って来た時、女性店員さんが明日香に話しかけているのが見え、それを見た俺は少しだけ近寄ってその様子を見守る事にした。


「可愛い仔猫ちゃんね」

「う、うん……」


 明日香の視線の高さに合わせて話をしている店員さん。その口調はとても優しげで、感じの良さそうな人だ。


「動物は好き?」

「うん、好き」


 明日香は仔猫を抱き締めながら必死の様子で答えている。ようやく他人に慣れはじめたとは言え、仔猫が居なかったら逃げ出していたかもしれない。

 店員さんも明日香の戸惑う様子に何となく気付いたのか、明日香が抱いている仔猫の頭を撫でながら更に話を続けた。


「今日はね、動物と触れ合えるコーナーがあるんだけど、良かったら来てみないかな? 可愛い動物がいっぱい居るよ?」

「いいの?」

「もちろん。行ってみる?」


 その言葉に明日香は表情を明るくしながらコクンと大きく頷いていた。店員さんが明日香を案内する様子を見ながら、俺もゆっくりとその後を追う。

 そして辿り着いた動物触れ合いコーナーには沢山の小さな犬や猫が居て、それぞれ区切られた柵の中で元気に遊んだり寝たりしている。

 店員さんは明日香が抱いていた仔猫を預かり、明日香は柵の中へと恐る恐る入って行く。


「わあー、ふわふわ~」


 少し毛の多い仔犬を優しく触りながら明日香は嬉しそうにしている。俺はその様子を柵の近くまで来て見ていた。

 何て活き活きとした表情だろう。こうして楽しそうに動物とたわむれている女の子が幽霊だなんて今でも信じられない。


「お兄さんですか?」


 そんな様子を見ていた俺に、明日香と話をしていた優しい雰囲気の店員さんが話しかけてきた。


「はい、よく分かりましたね」

「あの子を見ている表情がお兄さんって感じに見えたんですよ」


 ――お兄さんに見える表情か、それってどんなものなんだろうか。


「ありがとうございます」

「今日はお買い物ですか?」

「はい。その仔猫を飼う事にしたんで餌とか色々見に来たんですけど、種類があり過ぎてどれを買っていいのか迷ってしまって」

「そうだったんですね。それじゃあ妹さんが戻ったらご一緒に必要な物を選びませんか?」

「いいんですか?」

「もちろんですよ」


 にこやかな笑顔でそう言ってくれる女性店員さん。これが大人の魅力というものだろうか……とても心地良い包容力を感じる。

 それから約10分後。戻って来た明日香と店員さんと一緒に必要な餌や飼育道具などを選んで回ったが、流石はペットショップの店員さんが居ただけあって必要な物が揃うまでにそう時間はかからなかった。


「何やってるんだ?」


 選んだ商品をカゴに詰め込みレジへと向かう途中の事、仔猫が明日香の腕の中から飛び下り目の前にあった商品にじゃれつき始めた。


「これが欲しいのかな?」

「すみません、これも買います」

「これは犬用のリードですけど、いいんですか?」

「はい、何だかコイツも気に入ってるみたいなんで」


 俺は犬用のリードをカゴに入れて再びレジへと向かって歩く。仔猫は明日香に再び抱き抱えられ、満足したかのように大人しくなった。

 そして会計を終えた後で色々と親切にしてくれた店員さんにお礼を言い、俺達は店を後にした――。




 ペットショップからの帰り道、ご満悦の様子で仔猫を抱える明日香に俺は大切な話を始めた。


「明日香、仔猫の名前をそろそろ決めないか?」

「名前?」

「ああ。いつまでもコイツとか仔猫とか言ってたら可哀想だろ?」


 明日香は進めていた足を止め、少しだけ目を瞑って考えるような様子を見せた後でこう口にした。


「…………小雪こゆき」 

「こゆき?」

「うん。小さな雪で小雪」


 何でそういう名前が出てきたのかは分からないけど、明日香がそれでいいと言うならそれでいいだろう。


「小雪か。よし、お前の名前は今日から小雪だ。分かったか? 小雪」

「にゃーん」

「小雪か……」


 その時、後ろで飛んでいたサクラの呟きがかすかに俺の耳に届いた。

 振り向かなかったのでその表情は分からなかったけど、何となくその声音こわねには悲しさのようなものを感じたのを覚えている。

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