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妹と最後のお出かけをしました。

 夜も明けたクリスマスイヴの早朝。俺は朝食を作ったと起こしに来た明日香に手を引かれ、眠たい目をこすりながら階段を下りてリビングへと向かった。


「おー、朝から豪勢だな」

「うん! せっかくだから頑張ってみたの」


 リビングにあるテーブルの上に並べられたご馳走の数々。

 さっぱり系の物からこってり系の物まで、和洋中のジャンルを問わずテーブルの上にある。中でも特に目を引いたのは、大きなお皿に盛られたステーキ肉だ。

 早朝からこのボリュームのお肉と料理の数々を食べるのは流石にキツイけど、明日香が一生懸命に時間をかけて用意してくれたのだから、頑張って胃袋に入れるとしよう。


「じゃあ食べる前にちょっと顔を洗って来るな」

「うん、待ってるね」


 明るい声音でそう言う明日香に背を向け、洗面所へと向かって行く。


「――ふうっ」


 温かいお湯で顔を洗い、ふんわりと柔らかい感触のタオルで顔を拭く。

 そして大きく息を吐き出してから鏡に映る自分の顔を見ると、なんとも冴えない表情をしていることに気づいた。


「酷い顔だな……」


 鏡に映るしょぼくれた表情の自分を見ながら、思わずそう自虐してしまう。

 もちろん俺がこんな浮かない表情になるのには理由がある。

 多分だけど、今日これから明日香と一緒に出かけたら、再び明日香とこの家へと帰って来ることはないと思う。

 それはつまり、今日が俺と明日香の別れの日だということ。

 なんでそんな風に思ったのかと聞かれたら返答に困るけど、昨日の明日香の態度や言動を見聞きしていてそう感じたから――としか言いようがない。

 もしも本当にこの予想が正しかったとしたら、俺はいったいどんな顔で明日香を見送ってやればいいんだろうか……。

 そんなことを考えるだけで、鏡に映る俺の表情は更に冴えなさを増していく。


「はあっ……深く考えるのはよそう。とりあえず今は、明日香との遊園地を楽しむことを考えないと」


 まるで催眠術でもかけるかのように、俺は鏡に映る自分自身に向かってそう言い聞かせた。


「――いただきます」


 洗面所から戻った俺は、さっそく椅子に座ってから明日香の用意してくれた料理に箸を伸ばした。和洋中と様々な料理が入り乱れてはいるけど、どれも美味しいので特に問題はない。


「小雪もたくさん食べてね」

「にゃん」


 明日香の隣の席に座っている小雪が、甘えるような声を出しながら餌を食べている。

 つい1ヶ月ほど前になるけど、サクラの協力で再び人間の姿となった小雪や明日香たちと一緒に文化祭を楽しんだ。できれば今日も人間になった小雪を連れて行って明日香と遊んでほしかったけど、サクラと会う機会がなかったのでそれも叶わなかった。

 ちょっと残念に思うけど、明日香は俺と2人でのデートを望んでいたのだから、結果としては問題なかったのかもしれない――。




「明日香、準備はできたか?」

「うん、今行くね」


 遊園地へと向かう準備を済ませた俺が、明日香の部屋の前に立ってからそう尋ねると、今まで聞いた中で一番明るい声音の返事が聞こえてきた。


「お待たせ。行こう、お兄ちゃん!」


 ガチャリと音を立てて開いた扉から、満面の笑顔の明日香が出て来た。


「そうだな」


 俺が一言そう言うと、明日香はスキップでもするかのような軽やかな足取りで廊下を進み、嬉しそうに階段を下りて行った。

 そんな姿に思わず頬を緩ませながら、俺も階段を下りて玄関へと向かう。


「それじゃあ小雪、行ってくるね」

「にゃーん……」


 玄関前の廊下で座っていた小雪を明日香が抱き上げ、そう言ったあとに頬ずりをする。小雪はその頬ずりを気持ち良さそうな表情で受けていた。

 そしてたっぷりと小雪を可愛がったあと、明日香はそっと小雪を廊下に下ろす。


「行ってきます」


 明日香は靴を履いて玄関の扉を開けると、名残惜しむかのように家の中を見渡してから外へと出る。

 一瞬見せた寂しそうな表情に胸が締めつけられる思いを感じながら、俺はドアを閉じていく。


「あっ、ちょっと待って!」


 明日香はなにかを思い出したようにそう言うと、閉めようとしたドアを少し開けて中を覗き込んだ。


「小雪、お兄ちゃんの言うことをちゃんと聞いて、元気に長生きするんだよ? ……じゃあね」


 明日香はそう言うと覗かせていた顔を引っ込めてドアを閉め、家の前の道路へと急いで向かった。

 そして閉められた扉の向こう側からは、『にゃ~ん……』と小さく鳴く小雪の本当に悲しげで寂しそうな声が聞こえた。


「…………」


 玄関の鍵を閉めて道路で待っていた明日香のもとへ行くと、明日香は手の甲で目元を拭っていた。


「……行こう、お兄ちゃん」


 目元を拭っていた手を下ろすと、明日香は再びにこやかな笑顔を浮かべ、俺の右腕を両手で抱き包んでそう言った。


「ああ、行こう」


 そう言って俺は明日香と一緒に遊園地へと向かって歩き始めた。俺たちが兄妹として居られる、あとわずかな時間を楽しむために。

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