妹と最後の夜にたくさんの話をしました。
夏が過ぎて秋を迎え、紅葉した葉が地面へと落ちる頃になると、いよいよ外は寒々とした冷たい空気に包まれるようになる。
紅葉がピークを迎えた頃は、琴美を誘って明日香と一緒に去年もみじ狩りをした山へと登ったりした。その時は拓海さんも誘いはしたけど、大学の用事が重なっていたらしく残念ながら不参加となった。
去年とは違って3人でのもみじ狩りはやはり寂しさを感じさせたけど、その状況を寂しいと感じていたのは、おそらく俺と明日香だけだろう。なぜなら琴美はもう、由梨ちゃんが居たことを覚えていないのだから。
でもまあそれはそれとして、3人でのもみじ狩りも楽しんだのは事実だ。いつまでも落ち込んでたって仕方ないからな。
それに俺と明日香に残された時間もそんなに多くはないはずなんだから、落ち込んでる暇なんてない。明日にでも訪れるかもしれない別れの時まで、俺はいつもの日常をいつものように明日香と過ごしていたいから。
「明日香、準備はできたか?」
「うん、今行くね」
明日香の部屋の前に立ってそう尋ねると、中からいつもの元気な返事が聞こえてきた。
2週間ほど前に花嵐恋学園の文化祭も終わり、もうすぐ12月も中旬に入ろうかという頃、俺は明日香と一緒にデパートへと出かけようとしていた。去年と同じようにクリスマスプレゼントを買うためだ。
「お待たせ。行こう、お兄ちゃん」
「ああ」
元気に廊下を駆け出して階段を下りて行く明日香。そんな姿を見ていると、今更ながら出会った時との違いに改めて感慨深くなってしまう。
遥か昔のように感じる去年のことを思い出しながら、明日香のあとを追ってデパートへと向かった。
× × × ×
「じゃあまた去年みたいに個人で店を見て回って、1時間後にここに集合でいいな?」
「うん、それで大丈夫。じゃあ行ってくるね」
「おう、気をつけて行くんだぞ?」
「はーい」
明日香は返事をすると足取りも軽やかにエスカレーターへと向かい、いつものように最上階へと向かって行った。
それを見届けた俺は、去年と同じように雑貨店へと向かう。
こうして明日香とデパートなどに行くようになってから自覚したことだが、俺はどうも雑貨や小物などを見るのが好きなようだ。乙女チックだとか言われてしまうかもしれないけど、雑貨や小物って見ているだけでも結構楽しく感じるんだよな。
「――しばらく来ない内に様変わりしたもんだ」
訪れた雑貨屋は模様替えでもしたのか、前に来た時と違って随分と雰囲気が変わっていた。
クリスマス仕様ということもあるのかもしれないけど、あちこちで様々な色の電飾が煌びやかに点滅を繰り返してそういう雰囲気を醸し出しているからか、周りに居る人たちの表情も楽しげで明るく見える。
「さてさて、今年はどれをプレゼントにしようかな」
インテリア小物や便利グッズ、様々なものが並ぶ商品棚を見て回りながら、今年は明日香と琴美になにを贈ろうかと悩む。
今回も去年と同じように我が家でクリスマスパーティーでもしようかと思っていたけど、琴美は母親の琴音さんとクリスマスを過ごすためにしばらくこちらを離れると聞いているし、拓海さんもお友達のパーティーに誘われていると聞いたので、考えていたクリスマスパーティーの計画はお流れになった。
まあそれならそれで明日香と一緒にクリスマスを楽しめばいいだけだし、特に問題はない。
俺は明日香と約束した1時間をフルに使い、じっくりとプレゼント選びをして回った――。
「お兄ちゃん、お待たせ」
「お帰り、プレゼントは選べたか?」
「うん、バッチリだよ」
にこやかな笑顔を浮かべながら、満足そうに頷く明日香。そんな明日香の隣に立つと、仄かに青リンゴの甘い香りがしてきた。
「なんか明日香から甘い匂いがするな」
「あっ、気づいた? 実はプレゼント探しの時に香水を売ってるお店を通りかかって、その時にちょっと香水のお試しをしてみたの」
「そういうことか」
小学生とはいえ香水に興味を持つとは、明日香って結構おませさんなのかもしれない。
「うん。この青リンゴの香水、とっても良い匂いだから気に入っちゃった。私が大人になったら、またこの香水をつけてみたいな」
「そっか、じゃあその時はお兄ちゃんがその香水をプレゼントしてやるよ」
「ホント? やった! 約束だからね?」
「ああ、約束だ」
嬉しそうにする明日香から差し出された小指に自分の小指を絡ませ、指切りげんまんをする。
明日香と小指を絡ませながら表面上では笑顔を見せていたけど、実際は相当辛かった。だって俺と明日香が交わしたこの約束は、絶対に訪れることのない未来の話だから。
それでも俺は、ついそんなありえない未来を夢見て約束を交わしてしまった。
こうしてお互いに買ったプレゼントを大事に抱えながら、クリスマス商戦で賑わうデパートをあとにした。
× × × ×
今日は12月23日。
デパートでクリスマスプレゼントの買い物をしてから10日が経ち、俺と明日香は二学期を無事に終えて冬休みを迎えていた。
「いってらっしゃい、琴美お姉ちゃん」
「気をつけてな」
「ありがとう、じゃあ行って来るね」
シックなライトイエローのキャリーバッグを持った琴美が、にこやかな笑顔を見せながら駅の方へと歩き始めた。
今日から26日までは、琴美は遠方に居る母親の琴音さんの所に滞在することになっている。
だから俺と明日香は、昨日の夜の内に琴美の自宅へ行ってからクリスマスプレゼントを渡しておいた。その時に俺と明日香も琴美からプレゼントを貰ったけどな。
キャリーバッグを引きながら駅へと向かっている琴美を見送っていたその時、ふと琴美がこちらを振り返った。
時間にすれば10秒も経っていなかったと思うけど、その時に見せた琴美の表情がやけに曇っていたのを覚えている。
「そういえば明日香、昨日プレゼントを渡しに行った時に随分琴美と話し込んでたみたいだけど、なにを話してたんだ?」
「ふふっ、な~いしょ」
明日香はくすくすと小さく微笑みながら家の中へと入って行く。
いったい琴美となにを話していたのか気にはなるが、まあ女同士の内緒話ってことなんだろう。俺はそれ以上の追及を諦め、同じく自宅へと入った――。
「お兄ちゃん、私と明日デートしてくれないかな?」
そろそろ日づけも変わろうかというその日の夜、ベッドで寝そべりながら漫画を読んでいたその時、俺の部屋にやって来た明日香が唐突にそんなことを言ってきた。
「デートって、どうしたんだ急に?」
漫画を閉じて布団の上へと置き、身体を起こして明日香の方へと身体を向ける。
「ほら、前に約束したでしょ? また遊園地に連れて行ってくれるって。だから明日行きたいの」
「でも明日はクリスマスイヴだし、かなり人が居て混雑してると思うぞ? 別の日がいいんじゃないか?」
「どうしても明日じゃないとダメなのっ!」
のんびり遊べる日がいいと思ってそう提案したのだが、明日香はそれを強く拒否してきた。
「なんで明日じゃないといけないんだ?」
そんないつもとは違う明日香の様子に少し戸惑いながらも、俺はそう聞き返した。
「それは…………」
明日香は俺の質問に対し、顔を深く俯かせて沈黙した。そんな不自然な様子の明日香を見ていた時、一つの考えが俺の脳裏に浮かんだ。
「明日香……もしかして明日――」
頭に浮かんだ内容を口にしようとしたが、それ以上言葉が続かなかった。
「…………」
「――いいよ、明日一緒に遊園地に行こう」
「いいの?」
俺が一言そう言うと、明日香は恐る恐ると言った感じでそう聞き返してきた。
「ああ、一緒に楽しく遊ぼう」
「うん……ありがとう、お兄ちゃん」
表情を明るくして微笑む明日香。そんな明日香の瞳に、部屋の灯りを受けてキラリと光る涙が見えた。
そしてもう一つ明日香のお願いということで、今日は一緒の布団で寝ることになった。
同じ布団に入って今までの色々な話をしながら、俺は別れの瞬間がすぐそこまで迫ってきていることを感じていた。




