妹たちと海で遊びました。
俺と明日香で過ごす二度目の夏休み。生活内容にこれと言って大きな変化はない。
明日香が朝早くにラジオ体操へ行くために廊下を歩く音に目を覚まし、俺はのそのそとベッドから下りて着替えを済ませ、明日香が帰ってくる前に簡単な朝食の準備を始める。
そして明日香が帰宅すると2人でゆっくりとテレビを見ながら朝食を摂り、そのまま2人であと片づけを行う。これが夏休みに入ってからの朝の生活パターンだ。
まあ雨が降ると多少変わりはするけど、明日香は雨でラジオ体操が中止になっても癖のように早起きをするから、基本的に朝の生活サイクルは変わらない。
朝食のあと片づけを終えたらそれぞれの部屋で夏休みの宿題をし、明日香は宿題を終えると友達のところへと遊びに行ったり、俺が宿題を終えるのを待ってから一緒に出かけたりと、お互いに至って自由な毎日を満喫している。
「お兄ちゃん、準備できた?」
宿題を終えた午前9時頃、明日香がリュックサックを背負って俺の部屋に顔を出した。
「できたぞ。兄ちゃんは家の鍵を閉めてくるから、明日香は琴美を呼びに行ってくれないか?」
「うん、じゃあ呼びに行って来るね」
明日香は明るい声でそう言うと、元気に部屋を出て琴美の家へと向かって行った。
そんな妹の楽しそうな雰囲気に顔を綻ばせながら家中の戸締りをして回る――。
「お兄ちゃん早くー!」
「そんなに慌てなくても海は逃げないって」
戸締りを確認してから玄関の扉の鍵をかけている最中、玄関先で琴美と一緒に俺を待っていた明日香が待ちきれないと言わんばかりに近寄って腕を引っ張ってくる。
「明日香ちゃん、今日の海水浴を楽しみにしてたもんね」
「うん! 早く行かないと海の家のカキ氷がなくなっちゃうかもしれないもん!」
今日行くことにしていた海水浴を明日香はとても楽しみにしていて、それと同時に海の家で売られているカキ氷にかなりの興味を示していた。
「大丈夫だよ。いくら暑いからって、そんな簡単にカキ氷は売り切れないから」
「そんなの分からないよ? この暑さで氷が溶けちゃうかもしれないもん」
俺の腕を引っ張り続けながら、心配そうな表情を浮かべてそんなことを言う。
「そうだね、じゃあ氷が溶けない内に早くいこっか」
「うん! 行こう、琴美お姉ちゃん」
琴美がにこやかに微笑みながらそう言うと、明日香はパーッと表情を明るくして俺から離れ、勢い良く琴美の左腕を抱き包んだ。
「ふふっ。さあ涼くん、早くいこ」
「お兄ちゃん早く」
スタスタと2人で歩いて行くのを後ろから見ながら、その仲の良い姿に微笑を浮かべる。
でも2人の仲良くする姿をこうして見ていると、本当に仲の良い姉妹に見え、そんな姿に少し嫉妬のような感情を抱いてしまう。
× × × ×
「ええっ!? 売り切れですか!?」
「ああ、すまないね」
海に着いてからカキ氷を求めて5軒目、俺はすまなそうな表情でそう謝る店主に背を向けてから海の家を離れる。
そして6軒目の海の家を目指して歩きながら、俺は絶望に満ちた気持ちを感じていた。
どうも昨日まで来ていた台風の影響でこの辺り一帯は深夜から朝方まで停電していたらしく、どの海の家でも準備していた氷が溶けて不足しているらしい。
しかもタイミングの悪いことに、今日は朝から気温の上昇が激しく、海へ着いた頃には今年一番の暑さを記録したと携帯のニュースから流れていた。
それにしてもまいった……このままでは明日香にカキ氷を持って行くことができない。カキ氷を買えないということは、出かける前に明日香が言っていたことが現実になるということ。
つまりそれは、明日香が落ち込む未来が確定してしまうことになる。それだけはなんとしても避けたい。
そんな思いからとりあえず周辺にある海の家すべてを回ってみたが、結局、どの店でもカキ氷を買うことはできなかった。
「はあっ……」
絶望的な気分を抱えたまま、俺は砂浜をトボトボと歩いて明日香たちの居る場所へと戻っていた。
数歩進むごとに口から出てくる溜息。今もカキ氷を心待ちにしている明日香のことを思うと、足を進める度に心も足も重くなってくる。
「ん? なんだありゃ?」
憂鬱な気分を抱えたまま明日香たちの居る場所に戻っていると、浜辺に一際長い列を作っている小さな屋台を発見した。
そして屋台の先頭からこちらに向かって歩いてくるカップルの手には、この海辺の店のどこにもなかったカキ氷入りのカップが握られている。
それを見た俺は急いで駆け出してその列の最後尾へと並んだ。
俺は長蛇の列を成している人波を後ろから見ながら、その光景をちょっと不思議に思っていた。
確か15分ほど前にここを通った時にはこんな屋台はなかったからだ。まあ見たところ店は手押し式の簡易的な移動式屋台のようだから、俺が立ち去ったあとにこの場にやって来たと考えれば不思議ではないか。
そんなことを考えながら太陽の熱線攻撃に耐えつつ、なんとかカキ氷を買える順番がやって来た。
「いらっしゃーい、どの味にしますか~? あっ……」
「サ、サクラ?」
なんと謎の屋台でカキ氷を売っていたのは、人間バージョンのサクラだった。
「な、なにやってんだ? こんな所で?」
「いやあ~、まあなんと言うか、ちょっと色々事情があってね。それより涼太くん、どの味にするの?」
焦りながら誤魔化すように商売を続けるサクラ。色々と聞きたいことは満載だが、今はとりあえずカキ氷ゲットが優先だ。
「じゃあとりあえず、イチゴとメロンとブルーハワイで」
「まいどあり~」
サクラは元気にそう言うと、キラキラと輝く氷の板を手動式のカキ氷機にセットし、くるくるとハンドルを回し始めた。
すると削られた氷がふわふわとした雪のようにカップに落ち、どんどん積み重なっていく。
その積み重なる氷のきめ細やかさは、こうして見ているだけでも伝わって来るほど見事だ。
「なあ、この辺り一帯が停電で氷不足って聞いたけど、その氷はどこから調達して来たんだ?」
そう尋ねるとサクラは俺に顔を近づけてから小さく囁くように声を出してきた。
「実はこの氷はね、天界から持ってきた物なの」
天界からって……つまりあの世の物ってことだよな。
黄泉戸契という言葉があるが、これはあの世の食べ物を口にすると、二度と現世には戻って来れないというものだ。まあここはあの世ではなく現世なのだから大丈夫だとは思うけど、一抹の不安は感じるのでとりあえずこれだけは聞いておくことにしよう。
「それってさ、生きてる人間が口にしても大丈夫なのか?」
「…………」
俺の言葉を聞いて押し黙るサクラ。その様子を見た俺は、一気にこのカキ氷への疑念が深まった。
「やっぱり今頼んだのはキャンセルでいいや」
「だっ、大丈夫よっ! 食べても大丈夫だからっ!」
「本当か?」
「本当だって。例え副作用があったとしても、ちょっと気分が陽気になるくらいだから」
そんなことを言いながら、いつの間にか出来上がったカキ氷を手渡してくるサクラ。
「お代は600円でーす!」
やっぱり金は取るんだなと思いながら、俺は渋々と財布からお金を取り出してサクラに手渡す。
「本当に大丈夫なんだろうな?」
「大丈夫だって。一度食べたら病みつきになるくらい美味しいから、じっくり味わってね」
そんなことを明るく言うサクラの言葉にやはり不安を感じながらも、カキ氷を持って明日香たちの居る場所へと戻って行く。
× × × ×
「お待たせ」
「あっ、涼くん遅かったね。なにかあったの?」
カキ氷を持って2人の居る場所に戻ると、俺が持っていたカップを受け取りながら琴美が心配そうな表情でそう聞いてきた。
まあカキ氷を買いに行ってから40分は経ってるから、琴美がそう聞いてくるのも当然と言えるだろう。
「ああ、ちょっと店が混んでたからさ」
「そうだったんだね、涼くんお疲れ様」
「お兄ちゃん、ありがとう」
「おう、とりあえず溶けない内に食べよう。――うん、美味い!」
俺はブルーハワイ味のカキ氷をスプーンで口に運んだ。
口の中で広がるふわりとした感触と冷たい感覚。そしてシロップの甘さとは違った不思議な甘さを感じる。
「ホントに美味しいね、このカキ氷。ふわふわしてるし、それになんだか不思議な甘さを感じる」
「うん。やっぱりコンビニの袋カキ氷とは全然違うね、お兄ちゃん」
「そ、そうだな」
まさかこれが天界にある氷で作られた物だと言えるはずもなく、俺は苦笑いを浮かべながらカキ氷を口へと運ぶ。
それにしても昔から思っていたことだが、ブルーハワイ味って結局何味なんだろうか……。
そんなことを思いつつカキ氷を食べ終えたあと、俺は明日香と琴美と一緒に海で泳いだり砂浜に埋められたりと、海の遊びを存分に楽しんでいた。
こうして一緒に楽しんでいる時間は本当に幸せに感じるし、色々な不安を忘れることができる。こんな時間がいつまでも続けばいい……それは明日香が妹になってしばらくしてからずっと思っていたことだけど、それが俺の儚い願いであることは重々承知だ。
それでもこの時の俺は、去年の秋頃に拓海さんが感じていたであろう気持ちを、すぐに自分が体験することになるとは夢にも思っていなかった。




