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妹と話をしました。

 拓海さんの家へと様子を見に行った日の晩御飯を済ませたあと、明日香は元気なく自分の部屋へと戻って行った。

 間を持たせるためにつけていたテレビに視線を向けてなんとなくそこから流れる内容に耳を傾けるが、明日香のことを考えていた俺にその内容はまったと言っていいほど入ってきていない。


「やっぱりちゃんと話さないといけないよな……」


 拓海さんの家を出てからずっと考えていた。明日香に今回のことを話すべきかどうかを。

 明日香に対して今回の件の話をするのは、それなりに危険リスクもある。落ち込んでいる明日香を更に落ち込ませることになるかもしれないし、下手をしたら自分の前世を思い出した時のように精神的にまいってしまうかもしれないからだ。

 そんなことを考える根拠はもちろんある。それは拓海さんが由梨ちゃんが居たことを覚えてなかったことに起因する。

 これは言い換えてみれば、俺と明日香がお別れをする時が来たら、俺も拓海さんと同じように明日香という存在が居たことを忘れてしまう――ということに他ならない。前世で家族から虐げられていた明日香にとって、それはなによりも恐ろしいことだと思う。

 明日香は誰よりも人との繋がりを大切にする。だからこそ、“忘れられる”ということに対して誰よりも恐怖を感じている節がある。それを考えると、今回の件は話すべきではないのかもしれない。

 だけどこのまま黙っていたとしても、いずれは拓海さんが由梨ちゃんを忘れてしまったことは分かってしまう。

 遅かれ早かれ分かってしまうことなら、早めに真実を伝えてあげる方がいいのかもしれない。


「よし」


 リモコンでテレビの電源を消してから立ち上がり、食器を持って台所へと向かう。

 そして景気づけに冷蔵庫に入れていた野菜ジュースを取り出してからコップに注ぎ入れ、それをグイッと飲み干してから明日香の部屋へと向かった。


「――明日香、ちょっといいかな?」

「うん」


 明日香の部屋の前に立ち、コンコンとドアをノックしたあとで恐る恐るそう尋ねると、中から相変わらずの弱々しい声でそう返事をするのが聞こえてきた。

 そんな落ち込んだままの妹の返事を聞いて静かにドアを開けて中へ入ると、部屋の真ん中にある小さなテーブルの上にアルバムを置き、それに視線を落としている明日香の姿が目に入った。


「写真を見てたのか」

「うん」


 テーブルの上にあるアルバムを見ながら俺の言葉に返事をした時、明日香の表情が更に深く沈んだように見えた。そんな明日香の隣に静かに座り、開いていたアルバムを見る。

 そのページにしまわれていた写真は、ちょうど最近の七夕に撮った写真だった。

 しかし俺のアルバムや拓海さんの家で見た時と同様に、そこに由梨ちゃんの姿は一切写っていない。分かっていたこととはいえ、やはり辛いものがある。


「ねえ、お兄ちゃん。なんで由梨ちゃんが写ってないのかな……確かに由梨ちゃんはここに居たはずなのに」


 そう言って由梨ちゃんと2人で写っていた写真を見ながら、居なくなった親友が写っていた場所を優しく撫でる。


「……お兄ちゃんな、今日拓海さんに会って来たんだ」


 その言葉に明日香の身体がピクッと反応したのが分かった。


「――拓海お兄ちゃん、どうしてた?」


 しばらく間を置いたあと、明日香は少しだけ躊躇ちゅうちょするようにしてそう聞いてきた。


「元気にしてたよ」

「そっか……由梨ちゃんのことはどう言ってた?」


 明日香からこんな感じの質問がくることは予想できていた。けれどいざ本当にそんな質問がくると、正直に答えるべきかどうかをまた迷ってしまった。

 しかしここで嘘をついてもどうしようもない。伝えるべきことはちゃんと伝えるのが明日香のためにもなるはず。

 俺は覚悟を決めてふうっと息を吐き出し、真実をそのまま伝えることにした。


「……拓海さんは由梨ちゃんのことを覚えてなかったよ」

「そんな……それじゃあ由梨ちゃんが可哀相だよ。学校のみんなにも忘れられて、琴美お姉ちゃんにも忘れられて、思い出そうにも写真にも写っていない。なのに拓海お兄ちゃんにまで忘れられたら、由梨ちゃんがこの世界に居た意味はなんなの? たくさんの思い出があったのに、それが全部なかったことになるなんて酷すぎるよっ!」


 呟くように出ていた声は徐々に大きくなり、最後には泣きながら悲痛な叫びのような声を上げていた。

 でもその気持ちは分かる。居なくなってしまった人が住める場所は、その人を知っている人の思い出の中だけ。なのにそれすらも許さない力が働いて、みんなの中から由梨ちゃんという存在を消し去ってしまっている。こんな無情な話があるだろうか。

 そんな明日香の悲しみの声を聞いたあと、俺は泣きじゃくる明日香の頭に手を乗せて優しく撫でた。


「なあ明日香、確かに拓海さんは由梨ちゃんのことを覚えていなかったけど、完全に忘れてはいなかったんだよ」

「えっ……」


 その言葉に顔を上げ、涙に濡れた瞳で見てくる明日香。


「拓海さんな、俺と会話してた時に由梨ちゃんの名前を出したら、必死になにかを思い出そうとしてたんだ。それに拓海さん、昨日由梨ちゃんの夢を見たらしくてさ、俺が帰る時に言ったんだ。『将来結婚してもし娘が生まれたら、ゆりって名前をつけてあげようと思う』ってさ。これって拓海さんの中に由梨ちゃんが居るってことにならないかな?」


 明日香は少し考えるように沈黙したあと、無言で小さくコクリと頷いてくれた。

 都合のいいことを言っていると思う、残された人の勝手な解釈だと言われても仕方がない。でも、そうでも思わないと先に進めなくなるのが人間なんだ。

 人は誰でも自分が前へ進むために都合のいい解釈をする。それは人類が長い年月をかけて繁栄してきた理由でもあり、処世術しょせいじゅつとも言えるだろう。


「ねえ、お兄ちゃんも私のことを忘れちゃうのかな?」

「えっ?」

「私が由梨ちゃんみたいにお兄ちゃんと別れる日がきたら、お兄ちゃんも私のことを忘れちゃうのかなって思って……」


 拓海さんと由梨ちゃんがそうだったように、俺と明日香にも別れの時は必ずやって来る。

 どんな力が働いてそうなっているのかは分からないけど、今回の件を考えれば俺もいずれ明日香のことを忘れてしまう可能性は高いだろう。ならば明日香がこのようなことを聞いてくるのは当然かもしれない。

 そして俺は、明日香のこの言葉に対してなんと返事をしていいのか迷った。

 絶対に忘れたりしない――と、力強く言えればいいのだけど、俺は不確かなことを口にするのがあまり好きではない。


「それは……正直言って分からない。もしかしたら俺も拓海さんのように明日香が居たことさえ思い出せなくなるのかもしれない」

「そっか……」

「でもな、拓海さんがそうだったように、例え頭の片隅にでも心の片隅にでも、俺は明日香のことを本当に忘れないようにしていると思う。ううん、きっとそうする。だから明日香、俺たちは先に旅立った由梨ちゃんの分までいつもの日常を送ろう」


 そう言って再び明日香の頭を優しく撫でると、瞳からぽろぽろと涙をこぼしながら俺にしがみつき、頭を何度も何度も頷かせていた。

 忘れない確証はない。だけど俺は、こうして一緒に暮らしてきた明日香という妹のことを忘れたくない。だから色々と足掻あがいてみようと思う。

 それが例え俺の虚しい抵抗だとしても、やれるだけのことはやっておこうと思った。明日香いもうとのことを忘れないために。

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