兄貴2人で話をしました。
花見を開始してから1時間。宴はサクラを中心にして大いに盛り上がっていた。
別に酒を飲んでいるわけでもないのに酔っているおっちゃんのようにテンション高く騒ぐサクラと、それに巻き込まれるプリムラちゃん。そしてそんな2人を楽しそうに見ている由梨ちゃんと明日香。
琴美はサクラの暴走に巻き込まれないようにと注意深く動向を観察しているようだが、その表情は楽しそうに見える。
「涼太くん、僕はちょっとトイレに行って来るよ」
「あっ、はい」
その時に見た拓海さんの顔はどこか浮かない感じに見えた。ここに来た時もそうだったが、なんだかいつもの拓海さんとは様子が違う気がする。
「琴美、俺もちょっとトイレに行って来る」
そんな拓海さんの様子が気になった俺は、拓海さんがトイレへと向かってから2分ほどして拓海さんのあとを追いかけた。
「――どこに行ったんだろ」
丘を下りた所にある公園。そこにある公衆トイレに行ってみたが、既に拓海さんの姿はなかった。
ここへ向かう途中ですれ違ったわけでもないので、みんなが居る場所に戻っているということはまずないだろう。なので公園の中を少し歩きながら拓海さんが居ないかを確かめて回るこにした。
「――あっ、拓海さーん!」
公衆トイレから少し離れた場所にある公園のベンチに座っている拓海さんを見つけ、急いで走り寄る。
「あっ、涼太くん、どうしたんだい?」
「それは僕のセリフですよ。拓海さんこそどうしたんですか? こんなところに座り込んで」
「うん、ちょっとね……」
そう言って拓海さんは青く広がる空を見上げた。その表情は憂いを感じさせ、やはりいつもとなにか違うということを感じさせる。
「どうかしたんですか?」
「あ、いや――涼太くん、由梨のことなんだけど……どう思う?」
少々沈黙したあと、拓海さんはポツリとそんなことを聞いてきた。
「どう思うとは?」
「いや、今年の2月に入ったくらいからかな、なんだか由梨の様子がおかしく感じるんだ」
「どういう風にですか?」
「どういう風にと言われると困るけど、なんだかやたらに色々なことをやりたがるようになったし、妙に明るいことが多いし……」
「色々なことに興味を持つのはいいことじゃないですか?」
「うん……確かにそうなんだけど、なんだか由梨の場合は違う気がするんだよね。なんて言うかこう、“無理やりに楽しい思い出を作ろうとしている”――みたいに感じるんだ」
「無理やりに……ですか?」
その言葉に大きく頷く拓海さん。
それを見て俺も色々と考えを巡らせてみる。
例えば人が無理やりに楽しい思い出を作ろうとするのはどんな時だろうか。なにか嫌なことがあった時? 落ち込んだ時? それとも――。
色々な可能性を考えていたその時、俺は一つの可能性に行き当たった。それは俺も決して無関係ではなく、そしてなにより考えたくないこと。
「拓海さん、もしかして由梨ちゃんは――」
「……別れが近いのかもしれない」
すべてを口にすることができなかった俺の気持ちを察したかのように、拓海さんは静かにそう口にした。
「でも、由梨ちゃんがそう言ったわけじゃないんでしょ? 単に考え過ぎってことは……」
「うん、もちろんそうかもしれない。いや、そうだと思いたい。でも、幸せな日々で忘れそうになってしまうけど、由梨とはそう長く一緒に居られないのは確かだと思うんだ。あの子はあくまでも幽霊という存在であって、現実に生きている人間じゃない。今は一時的に与えられた肉体で活動して、この世に再び生まれ出るためのプロセスを通過しているに過ぎないんだ。だからそのプロセスを通過したら、由梨は明日にでも居なくなってしまう存在なんだ」
「…………」
そんな拓海さんの話を聞いて、そんなことありませんよ! ――と言えたらどれだけ良かったか。
拓海さんが話した内容は、そっくりそのまま俺にも言えること。
明日香と過ごす日々は今の俺には当たり前になり過ぎていて、彼女が幽天子だということを綺麗さっぱりと失念するくらいだ。
でも、別れは必ずやって来る。それは拓海さんの言うように、明日なのかもしれない。そう考えるとなんとも落ち着かない気持ちになる。
「由梨ちゃんに聞くんですか? そのあたりのこと」
「――いいや、僕は聞かないつもりだよ」
しばらく目を閉じて思いを巡らせるようにしたあと、拓海さんははっきりとそう答えた。
「それでいいんですか?」
「うん。もし由梨にそれを聞いてしまったら、由梨は多分、本当のことを話してくれると思う。でも代わりにそのことばかりがお互いに気になってしまって、いつもの日常を送れなくなるかもしれない。それだけは絶対に嫌なんだ。だからもし由梨が明日消えてしまうとしても、由梨にはなにも聞かない」
拓海さんにとっての幸せ、それは由梨ちゃんと過ごす何気ない日々。それを壊さないためになにも聞かないと言うその覚悟。
果たして俺が同じ立場になった時、俺はどんな考えを巡らせ、どんな決断を下すのだろうか。
「話せて少しスッキリしたよ。ありがとう、涼太くん。さあ、そろそろ戻ろう。みんなが心配するからね」
「そうですね」
スッとベンチから立ち上がり、晴れやかな表情を見せる拓海さん。すべてを飲み込めたとは思わないけど、俺に話したことで少しでも気が晴れたのなら良かったと思う。
それから花見へと戻った俺は、公園のベンチで話したことを忘れたかのように騒いだ。拓海さんはどうか分からないけど、俺はそうしないと不安で仕方なかったのを覚えている。
この花見を始まりに夏を迎えるまでの間、俺たちは度々由梨ちゃんが提案するイベントごとに誘われ、その度にみんなで思いっきり楽しんだ。
そして七夕が過ぎてもう少しで夏休みを迎えようという頃、唐突にその出来事は起こった。




