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妹は凄いです。でも、妖精は変でした。

 学校へ行こう計画を始めてから二週間ちょっとが経った。

 あれから俺と明日香は忙しい日々を送っていて、俺が学園に行く日には事前に複数の課題を出し、休日は明日香の横について勉強を教えると言った毎日を送っていた。

 珍しく自宅前を車一台すらも通り過ぎない静かな夜。部屋に聞こえるのは時計の秒針が時を刻む音と、明日香の鉛筆をノートに走らせる音くらい。


「お兄ちゃん、これはどうやって解くの?」

「ん? あー、これは公式を使うんだよ」


 質問をしてきた明日香に、面積の求め方の公式を丁寧に説明していく。


「ああ、なるほど。そうやって答えを出すんだね」


 明日香はウンウンと頷き、今度は自分で公式を使って問題を解き始める。驚くべき事に明日香は、この二週間ちょっとの間で小学校四年生レベルまでの学力を身につけていた。

 元々の理解力などを考慮しても、最低半年はかかると思っていたけど、その予想すら遥かに越えるスピードで知識を吸収している。

 俺が思うに、この驚異的な理解力を助けているのは、明日香が持つ凄まじいまでの集中力にあると思う。あとは素直に知識を欲するところが、より理解を早めているのだろう。


「はあー、疲れた~」


 明日香が机で勉強しているのを後ろで見ていると、サクラがフラフラしながら部屋に現れ、ブツブツとそう言いながら俺のベッドの枕に横たわった。


「お疲れサクラ」

「あっ、涼太く~ん。ちょっと羽の付け根部分をマッサージしてくれない? 結構飛び回ってたから、もう凝っちゃって凝っちゃって」


 俺に羽は無いから分からないけど、それって使い過ぎると凝るもんなんだな。


「涼太くーん、はやく~」

「マッサージって言ってもどうやればいいんだ?」

「簡単だよ。羽の付け根に沿って、上から優しく指圧してくれればいいから」


 ――指圧ねえ……肩叩き以外のマッサージなんてやった事無いけど、まあやってみるか。


「そんじゃいくぞ」


 その声を聞いて枕の上でうつ伏せになるサクラ。

 俺はうつ伏せになったサクラの羽の付け根に人差し指を当て、そのままグッと押した。


「んんっ! もう少し優しくしてよ」

「わ、悪い。こうか?」


 押す力を少し緩め、羽の付け根の上から下へとゆっくり滑らせるように押していく。


「あっ、んんっ、そう、いい感じ……」

「変な声を出すなよ」

「ご、ごめんね。でも、気持ち良くって……んんっ」


 やたらと艶めかしい声を出すサクラ。別にやましい事をしているわけでは無いのに、やましい事をしている様な心境になってしまう。

 そしてそのまま約十分程の間、サクラの羽凝り解消のマッサージをさせられた。


「あー、すっきりすっきり! ありがとね、涼太くん」


 こちらに現れた時とは違い、本当に爽やかで晴れやかな表情を見せるサクラ。いくら世界が広いとは言っても、妖精の羽凝りマッサージをした事があるのは、おそらく俺だけだろう。

 ちなみにこれは前に聞いた事だけど、サクラは天生神てんせいしんという肩書きだが神ではないらしい。サクラいわく、『まあ、妖精みたいな存在かな』だそうだ。


「あのさ、天生神てどいつも羽凝りになったりするのか?」

「うん。結構多いんじゃないかなあ」

「へえ」

「ほら、天生神て女の子しか居ないから」

「ほらって言われても、女の子しか居ないのと羽凝りと、何の関係があるんだ?」


 そう聞くとサクラは、『も~、エッチ~』などと言いながら頭の上を飛び回り、俺の頭をペシペシと叩き始めた。


 ――あー、鬱陶しいなあ……どこかにハエ叩きなかったかな。


「何でエッチになるんだよ?」

「そんなの、私を見たら分からない?」

「サクラを見たら分かる?」


 とりあえずグラビアアイドルの様なポーズをするサクラを見るが、頭の上からつま先まで見ても、さっぱりその理由は分からない。


「まったく分からんのだが……」

「もおー、ここだよここっ!」


 サクラは大きく手を動かしながら、自身の身体の一部分を指さした。


「胸?」

「そうそう!」

「胸が何なんだ?」

「もー! だから、私みたいにおっぱいが大きい子は羽凝りが酷いの!」

「はあっ!?」


 ――あれだけもったいぶった挙げ句、オチがこれか?


 そのあまりにもくだらない答えに溜息を吐く。

 それよりも疑問なのは、巨乳だと肩が凝るとはよく聞くけど、背中にも影響が出るものだろうか。世の中に居る巨乳の方に、是非ともお答えいただきたいもんだ。

 ちなみに妖精の巨乳基準は俺にはよく分からないけど、サクラには確かに深い胸の谷間があった事だけは言っておこう。


「お兄ちゃん、終わったよ。あれっ? サクラも居たんだね」


 サクラとそんなやり取りをしていると、課題を終わらせた明日香がノートを差し出してきた。

 それにしても、サクラが来ていた事にも気付いてないとは凄い集中力だ。


「よし、それじゃあ採点するか」


 明日香からノートを受け取り、席を交代してから課題の採点を開始する――。




「風邪をひかないようにして寝るんだぞ?」

「うん。おやすみなさい、お兄ちゃん」


 全ての採点を終えた時には既に22時を過ぎていた。明日香は眠そうにしながらノートを持って自室へと戻る。

 朝、昼と勉強をし、夜もしっかりと課題をこなす明日香。理解も早いし努力もするし、教える側からすれば非常に教え甲斐がある。まさに理想的な勉強家だと言えるだろう。

 そんな明日香に対して満足感にも似た気持ちを感じながら、俺はいつものようにパソコンの妹系ギャルゲーをやり始める。


「涼太くんてさ、ゲームでも妹が好きなの?」

「まあな」


 ゲームを始めてから数分後、興味津々な感じで画面を覗き込みながらサクラがそんな質問してきた。


「ねえ、明日香とこの子、どっちが好き?」

「はあっ? そんなの比べられる訳無いだろ」

「えー? 何で?」

「何でって……そもそもだな、二次元妹と三次元妹を比べるのが間違いなんだよ」

「そういうものなの? 妹って事は変わらないのに?」


 ――何を言ってやがるんだこの妖精は、全然違うっての。


「よし、この際だから俺がそのへんについて詳しく説明してやろうじゃないか」


 サクラを机の上に座らせ、俺は妹講座を開始する。

 それから時間が経つのを忘れ、俺はサクラと真っ向から二次元妹と三次元妹の違いについて夢中で語り合ってしまい、気がつくとすっかり夜が明けてしまっていた。


「よ、夜が明けてるだと!?」


 俺は妹講座を始めた事を激しく後悔しながら、もう絶対にサクラとこの手の話はしないと心に決めた。

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