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恐れていた事態が起きました。

 サクラの話を聞いたあの日から数日が経ったけど、あれから俺はずっとモヤモヤした気分を抱いていた。


「はあっ……」


 あと30分もしない内に日づけも変わろうかという頃、俺は今日もパソコンの電源を入れて例の日記を見ながら溜息をついていた。

 夢で見て思い出した妹の存在、サクラから聞いた話、繋がりそうで繋がらない二つの点。

 どんなに悩んでも、どんなに考えても仕方のないことだとは分かっているけど、一度疑問に思ったことはいつまでも考えて悩み込んでしまうのが俺の性分。


「お兄ちゃん、また日記を見てるの?」


 何度目かの溜息をついた時、不意に部屋の扉が音を立てて開き、そこから明日香の心配そうな声が聞こえてきた。


「あっ、ごめんごめん。もう寝るからさ」


 急いで日記の書いてあるページを閉じ、椅子を回して明日香の方へと振り向く。


「うん……ねえお兄ちゃん、最近なにかあった?」


 いつもなら『ちゃんと寝てね』という言葉と共に自分の部屋へと戻って行くのだが、今回は神妙な面持ちのまま俺の部屋へと入って来た。

 その不安げとも取れるような表情を見ていると、こちらもなんだか気分が落ち着かなくなってくる。


「どうしてそんなことを?」

「あのね、私の勘違いかもしれないけど、最近のお兄ちゃん、なんだか元気がないって言うか、悩んでいるように見えるから……だからなにかあったのかなと思って」


 明日香は部屋に入ってベッドにちょこんと座ると、少し言い辛そうにそんなことを言った。

 自分ではいつものようにしていたつもりだったけど、兄妹として一緒に過ごしてきた明日香には、今の俺がいつもと違うということがなんとなく分かったのだろう。

 だからと言って、俺が考え込んでいる内容を明日香に言ってしまうわけにはいかない。


「いや、最近ちょっと授業内容が難しくなってきたからさ、それで少し勉強方法を考えてたんだよ。多分その疲れが出てるんじゃないかな」

「そっか、そうだったんだ。無理しないでね、お兄ちゃん」

「ああ、気をつけるよ」


 そう言うと明日香はチラリと机の方を見たあとでベッドから下り立ち、部屋の出入口へと歩いて行く。


「じゃあ、おやすみなさい」

「おやすみ」


 明日香は静かに部屋の扉を開けて廊下に出ると、そう言ってからそっと扉を閉じて自室へと戻って行った。


「ふうっ……危ない危ない」


 ちょうど内容的に見られると危険な部分を見ていたので少し焦ったが、とりあえず大丈夫だったようだ。


「念のために対策しておくか」


 椅子を回転させて机の方へと向き直り、マウスを操作して再び日記の画面を出す。万が一にも明日香に日記の内容を見られないようにするために、観覧用パスワードを設定しようと思ったからだ。

 ここ最近は明日香も調べものなんかで俺のパソコンを使用することもあるし、興味から日記を覗かれるのを防ぐ意味でも保険はかけておくべきだろう。本来なら明日香の過去を見せてもらったあの日からそうするべきだったのだろうけど、あの時はまだ明日香はパソコンを使えなかったから安心だったんだよな。

 まあそんなことよりも、問題はパスワードをどうするかだ。単純なパスワードにすると明日香に紐解ひもとかれる可能性があるし、複雑にすると俺が忘れる可能性もある。メモを取っておけば問題ないかもしれないが、それもできる限りは避けたい。

 とりあえずは思いつくままにパスワードの候補をノートに書き出してみた。


「うーん、どうすっかな……」


 いくつかパスワードの候補を考えてみたものの、どれもいまいちしっくりこない。パスワードの設定画面を出したまま、腕組をして小さく唸る。


「――そうだ、あれならいいかもしれない」


 しばらく悩んだあとで一つのパスワードを思いついた俺は、パスワード設定画面にキーボードで文字を打ち込んでいく。


「よしっ、これでオッケー」


 パスワード設定画面に文字を入力し、それをキーワードとして設定した。

 このパスワードなら明日香には意外過ぎて分からないだろうし、なにより俺が絶対に忘れることがない。まさに完璧なパスワードと言えるだろう。

 しかしまあ、ここまでしなくても明日香の場合は人の日記を勝手に覗いたりはしないと思うけどな。

 そんなことを思いつつすべてのページを閉じてからパソコンをシャットダウンし、部屋の電気を消してベッドで眠りについた。


× × × ×


 日記に観覧用のパスワードを設定した日から数日が経った今日、俺はクラス当番になっていたので学園を出るのがいつもより1時間以上遅くなっていた。

 いつもならクラス当番のやることなどほとんどないのだけど、なぜか今日に限って先生たちからあれやこれやと用事を言いつけられてしまった。


「結構遅くなっちまったな」


 4月に入って暗くなるのが遅くなってきたとはいえ、やはり1時間も帰宅が遅れれば外はかなり暗い。

 明日香は既に自宅で俺の帰りを待っているだろう。それが頭にあるからか、自然に家へと向かう足が速くなっていく。


「考えすぎちゃ駄目だよな」


 何日か前に明日香にも言われたが、今日は琴美にも『最近様子が変だけど、なにかあったの?』などと言われてしまった。

 考え込み過ぎるのが俺の悪い癖だというのは分かっているが、周りに心配をかけるのはよくないよな。確かに明日香たちが言うように、最近少し元気がなくなっていたようにも思うし、帰ったら無理やりにでも元気なところを見せないと。

 そんな風に思いながら少し気合を入れて自宅への帰路を更に急いだ――。




「ただいまー!」


 家へと帰り着いた俺は早速元気な自分を演じ、玄関の扉を開けて大きく明るい声でそう言いながら中へと入った。


「あれっ?」


 最近は17時を過ぎて俺が帰宅していない場合、明日香が代わりに夕食の準備をしてくれるようになっていた。

 なので今日も明日香が元気良く『お兄ちゃんお帰りー!』と言いながら、台所かリビングの出入口から顔を覗かせてこちらへやって来ると思っていたのだが、そんな俺の予想とは裏腹に、家の中はシーンと静まり返っている。


「やけに静かだな」


 妙に家の中が静かなことに違和感を覚えつつ、靴を脱いで玄関のフローリングに足を上げる。


「明日香ー?」


 念のためにもう一度名前を呼んでみるが、やはりなんの反応もない。


「にゃーっ!」


 やっぱりおかしいなと思ってリビングへ向かおうとした時、二階へ続く階段から小雪が猛ダッシュで駆け下りて来た。


「おっと!?」


 階段の途中から下に居る俺に向かってジャンプで飛びついてきた小雪を受け止める。


「にゃにゃっ!」


 腕の中で慌ただしく動く小雪。いつもと違うその様子になぜか嫌な予感がした。


「うにゃにゃ!」


 腕の中で慌しく動いていた小雪が滑り抜けるようにして地面へと下り、階段を駆け上って部屋の方へと向かって行った。

 それを見た俺は急いで階段を駆け上りながら小雪のあとを追う。


「――明日香!? どうしたんだ!?」


 開いている自室のドアの隙間から小雪の鳴き声が聞こえて急いで中へ入ると、そこには床に倒れている明日香の姿があった。

 俺は急いで明日香を抱え上げ、自分のベッドへと移動させる。


「明日香! しっかりしろ明日香!」

「ううっ……」


 身体を揺らしながら呼びかけるが、明日香はなにやら苦しそうなうめき声を上げるだけでまったく目を覚ます気配がない。


「いったいどうしたってんだよ!?」


 部屋の中を素早く見回すと、倒れた椅子と電源のついたパソコンが目に入った。


「まさか……これを見たのか?」


 パソコンに表示されていた画面を見た俺は、血の気が一瞬で引いたのを感じた。

 なぜならその画面に表示されていたのは俺が書いている日記で、しかも前世の明日香の命日についての内容。

 もし明日香がこれを見てこうなったのだとしたら……。


「涼太くん!」


 パソコン画面を見て唖然としていたその時、サクラが凄まじい勢いで部屋に飛び込んで来た。


「サ、サクラ!? ちょうど良かった。明日香の様子が変なんだ!」 

「分かってる。私もそれで急いで来たんだから」


 そう言ってサクラはベッドの上で呻いている明日香の様子を見る。


「マズイ……このままじゃ明日香の自我が崩壊する。なんで急にこんなことに」

「多分、これが原因だと思う」


 俺は机の上のパソコンを指差してそう言った。するとサクラは素早くパソコンの前へと移動してから画面の内容を確認する。


「なるほど、これを見たから明日香の精神に急激な異常が出たんだ」

「ど、どうすればいいだ?」

「…………幽天子がこうなると、もう助けようがない」

「そんな!? なにか方法はないのか?」


 パソコン画面の前に居るサクラに詰め寄り、焦る気持ちと明日香を失う恐怖で押し潰されそうになりながら、なにか救う手立てがないのかを問い詰める。


「……一つだけ方法はあるけど、私はそれを涼太くんに勧めたくない」

「なんでだよ!? そうしないと明日香が危ないんだろ!?」

「だって! もし失敗したら涼太くんの命までなくなっちゃうんだよ?」


 その言葉を聞いて“冗談だよな”――と言えればどれだけ良かったか。

 しかしサクラがこんな時に冗談を言えるようなやつじゃないことはよく知っている。


「……サクラ、どうやれば明日香を助けられるんだ?」

「話を聞いてた!? 命を失うかもしれないんだよ?」

「頼むから教えてくれっ!」


 部屋の中に声が響き、ほんの少しの静寂が部屋を包み込む。


「……本気なの?」

「本気だ」

「なんでそんなに必死になるの?」

「明日香は俺の妹だ。それに約束したんだ、ちゃんと迎えに行くって」


 両の拳をグッと力強く握り込みながらサクラを見つめる。


「…………分かった。涼太くんにそこまでの覚悟があるのなら、私も全力でサポートする!」

「ありがとう、頼りにしてるよ」


 そう言ってベッドで苦しそうに呻く明日香へと近づく。


「明日香、すぐ迎えに行くからな」

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