俺には妹がいました。
短い三学期も終わって春休みを迎え、その春休みもあっと言う間に終わり暦は4月へと変わる。
今日から新学年。俺は高校二年生、明日香は小学六年生になった。
「忘れ物はないか?」
「うん、大丈夫。お兄ちゃんは?」
「問題なしだ。じゃあ行くか」
「うん!」
明るい笑顔で元気に返事をし、空色のランドセルをからう。
ちなみに“からう”という言葉は九州地方の方言で、背負うという意味だ。じいちゃんたちが九州に住んでいるからか、小さい時に覚えた言葉を今でもそのまま使ってしまうことがある。
家を出て施錠をし、小学校への通学路を途中まで一緒に歩いて行く。
すっかり春めいてきたからか、外はぽかぽかとした陽気を見せ、道行く人たちの表情もどことなく柔らかく見える。
幽天子という子供の幽霊。その幽天子である明日香と出会ってからちょうど1年を迎えようとしているが、本当に色々なことがあった。
その一つ一つの思い出が、まるで昨日のことのように思い出される。
「にこにこしてどうしたの?」
「ん? いや、なんでもないよ」
「分かった! 先に学園に行った琴美お姉ちゃんに早く会いたいからでしょ?」
「な、なに言ってんだよ、別にそんなことはないぞ?」
「本当かな~?」
明日香は俺の顔を覗き込むように見てその反応を窺っている。去年の今頃には考えられなかった行動。ホントに表情豊かになったもんだ。
そんな明日香と他愛ないやり取りをしながら歩き、通学路の途中で待っていた由梨ちゃんと合流したところで踵を返して花嵐恋学園へと向かい出す。
平凡な日常――それが人にとっていかに幸せなことなのかを、俺はこのあとしばらくして再び思い知ることになる――。
新学年を迎えた翌日の深夜、俺は久しぶりにパソコンに書いた日記を整理がてら見ていた。
明日香が妹になってからはほぼ毎日欠かさずつけているこの日記。書き込む内容や長さはその日によってまちまちだけど、なかなか良く書けていると思う。
一つ一つの内容を丁寧に確認しながら整理をしていたその時、“あの日”のことが書かれた日記に行きついた。
「はあっ……」
それを見た途端、溜息と共に気分が深く暗く沈む。
俺の言う“あの日”とは、生前の明日香が亡くなった日のことだ。あの時はサクラの力を借りて夢の世界で明日香の生前を見て来たわけだが、あの出来事は未だ俺の心に暗い影を落としている。
日記の内容を見て気分が沈んだ俺は、少し休憩をしようとベッドに身体を投げだした。
少し目を瞑って心を落ち着けようと大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。しばらくそうしている内に意識はまどろみ、そのまま夢の世界へと入って行った。
× × × ×
俺はまたあの夢を見ていた。明日香と出会ってからたまに見るようになった夢。
心地良く、嬉しく、そして悲しい夢。いつも目覚める頃には覚えていない夢。
でも今回はいつもと違うことがあった。
いつもは幼い自分の中に今の自分が居て、その小さな自分の目線でその情景を見ていたのに、今日はまるで第三者のようにして幼い自分を今の自分が見ていた。
『もうすぐだよね? お母さん』
『そうよ涼くん、もうすぐお兄ちゃんになるね』
『早く生まれてこないかな』
『そうね、早く元気な顔を見せてほしいわね』
『うん! ねえお母さん、名前はどうするの?』
『名前はね、涼くんが言っていたのをつけようと思うの。とってもいい名前だから』
『やったー!』
喜ぶ幼い俺が、お母さんの大きくなったお腹に手を当てる。
『早く生まれてきてね、明日香ちゃん』
「えっ!?」
いつもはちゃんと聞こえない赤ちゃんの名前。その名前が初めてちゃんと聞こえ、ドキリと心臓が跳ねた。
「明日香? どういうことだ?」
そのことに考えを巡らせていると、いつものように目の前の場面がスッと切り替わった。
『うわーん!』
目の前にはぶつかってひしゃげた2台の車。
その1台には怪我をした母親と、その母親に護られるように抱き包まれた幼い俺の姿。
『大丈夫? 涼くん……』
『お母さん!?』
怪我をして頭から血を流していた母親が、心配そうに声をかけてから気絶する。
そんな凄惨な場面が暗転して見えなくなり、いつもこの夢で見る最後の場面へと切り替わった。
飾り気などまったくない病院の病室。そこには包帯を頭に巻かれた母親がベッドで静かに眠っている。
『母体はなんとか助かりました』
母親が寝ているベッドの横、そこに居る父親と幼い俺に医者が話しかけていた。
『ねえ赤ちゃんは? 妹はどうなったの?』
『…………残念だけど、赤ちゃんは助けられなかったんだ。ごめんね……』
医者は幼い俺の頭に優しく手を乗せて視線を合わせるためにしゃがみ込み、とても悔しそうにそう言った。
『えっ? じゃあ僕の妹は? 明日香ちゃんは?』
そう言って瞳から大粒の涙を零し、大泣きを始める幼い自分。
胸が軋み、激しい悲しみと怒りが俺の心を包み込んでいった。




