2人目の妹ができました。
お風呂から上がったあと、俺は猫の小雪を捜して家の中をウロウロしていた。
明日香の部屋からはしばらくの間楽しく話をしている声が聞こえていたけど、それも日づけが変わる前には物音一つ聞こえてこなくなった。おそらく3人とも眠ってしまったのだろう。
しかし琴美にサクラ、プリムラちゃんが居るリビングからは未だに騒がしい話し声が聞こえてくる。まあ騒がしいとは言っても、聞こえてくるのはほとんどサクラの声だが。
「やれやれ……余計なことを喋ってなければいいけどな」
お風呂に入る前、サクラには余計なことを話さないように釘を刺しておきたかったのだが、そうする前に起こった騒動によりそれも叶わず、俺はサクラを野放しにせざるを得なくなった。
リビング横の廊下を通る度に、サクラの黄色い声が聞こえてくる。ホント、面倒になりそうなことを喋ってなければいいんだけど。
「――涼太くん、さっきからどうしたんだい?」
そんなことを思いながら小雪を捜している時、階段の途中まで来ていた拓海さんが廊下の方へと上半身を乗り出し、下に居る俺へと話しかけてきた。
みんなに心配をかけないように内緒で小雪を捜していたけど、この際だから拓海さんには聞いてみることにしよう。
「拓海さん、小雪を見ませんでしたか?」
「小雪ちゃん? 明日香ちゃんの部屋に居るんじゃないのかい?」
「あっ、猫の方の小雪です。今日帰って来てから一度も見てないんですよ。餌にも手をつけた様子がないし」
「なるほど、それで部屋に戻らずに家の中を捜し回ってたのか」
「はい、どこかで見ませんでしたか?」
「いや、僕も小雪ちゃんの姿は見てないけど、一緒に捜そうか?」
「あっ、いえ。もう時間も遅いですし、拓海さんは先に部屋で休んで下さい」
「そっか、分かったよ。でも多分、そこまで心配しなくていいと思うけどね」
拓海さんはコクンと頷くと、そう言って部屋へと戻って行った。
それにしても、“心配しなくていいと思う”――ってのは、いったいどういうことだろうか。
それから更に30分ほど小雪を捜してみたけど、とうとうその姿を見つけることはできなかった。いったいどこに居るのか小雪のことが心配ではあるものの、これ以上家の中をうろつくのも迷惑になるので、今日の捜索は断念することにした。
自室へと戻った時、壁にある掛け時計は午前1時過ぎを指し示していたが、部屋の明かりは点いた状態だった。
そんな明るい室内で、拓海さんは既に小さく寝息を立てている。おそらく俺のために気を利かせてくれたのだろう。
「ありがとうございます」
寝ている拓海さんに向かって小さくお礼を言い、部屋の電気を消してからベッドの中へと入る。
ベッドに入って目を閉じると、やはり騒ぎ疲れていたのか、眠りにつくのにそう時間はかからなかった――。
「ん…………」
どれくらい時間が経っただろうか。ベッドの上で寝返りをうった時、不意に扉の外を移動する誰かの足音が聞こえてきた。
そしてスリッパのパタパタという音が部屋の前を通り過ぎたあと、階段部分まで行ったと思ったところでその足音がピタリと止まる。
それからしばらくしたあと、微かにサクラと思われる声が階段の方から聞こえてきた。誰と話しているのか気になった俺は、そっとベッドを抜け出してから廊下へと出て階段の方へと進んだ。
「なんだ、サクラに小雪ちゃんだったのか」
階段の中央からやや上の階に近い所で2人が並んで座っている姿を見た俺は、その2人に向かって話しかけた。
「あっ、涼太お兄ちゃん」
「あらら、起こしちゃった?」
「少し話し声が聞こえたんで誰だろうと思ってさ」
「そうだったんだ。ごめんね、涼太くん」
「どうしたんだ? こんな所で」
「えっとね、サクラちゃんにお礼を言ってたの」
サクラに対しての問いかけに答えたのは小雪ちゃんだった。
我が家に小雪ちゃんを連れて来たのはサクラなのだから、お礼を言うのも分からなくはないけど、それでもわざわざこんな時間にこんな場所で言う必要はないのではないかと思ってしまう。
「そっか、今度はいつでもいいから遊びに来てね。明日香も喜ぶし」
そう言うと小雪ちゃんはにこやかに微笑んだあとで寂しそうに俯いた。
「ありがとう、涼太お兄ちゃん。でもね、それはできないの」
「えっ? なんで? 住んでる家が遠いからとか?」
普通に小雪ちゃんの発言を疑問に思った俺は、率直にその疑問を口にした。
「それは……」
小雪ちゃんはその問いかけに対し、答えにくそうに口ごもった。
「涼太くん。小雪はね、実は人間じゃないの」
「はあっ!?」
サクラの言葉についつい間抜けな声を上げてしまった。そりゃあそうだろう。だって目の前にいる小雪ちゃんは、どう見たって人間なんだから。
「急にこんなことを言っても信じられないか。ねえ、涼太くん。今日、猫の小雪の姿を見た?」
「いや、見てないけど……えっ!? まさか小雪ちゃんて――」
「うん、私は涼太お兄ちゃんと明日香お姉ちゃんに飼われてる猫の小雪」
サクラの言葉を受け、俺はまさかと思いながら小雪ちゃんの方を見る。
すると小雪ちゃんは俯かせていた顔を上げ、少しばつが悪そうに微笑みながらそう言った。
「えっ……だって小雪ちゃんはどう見たって人間じゃないか」
「それはね、サクラちゃんの力を借りてるからなの」
「どういうことなんだ? サクラ」
「実はね、小雪は前世での記憶を思い出していたの」
「前世の記憶って……じゃあもしかして、あの時のことも?」
俺は以前、サクラによって見せてもらった明日香と小雪の前世を思い出していた。
「うん。だから明日香お姉ちゃんが、『もし生まれ変わることができたら、今度は一緒に遊ぼうね』って言ってくれたことも思い出したの」
「小雪が前世の記憶を取り戻したのは、ちょうど風邪をひいた時のことらしいの」
小雪が風邪をひいた時と言うと、俺がサクラによって明日香と小雪の前世を見せてもらった時くらいってことか。
「それでね、その時から小雪が『人間として明日香お姉ちゃんと一緒に遊んでみたい』って言ってたから、それで今回ちょうどいい機会だと思ってそれを実行したってわけ」
「そういうことだったのか」
「ごめんね、涼太お兄ちゃん。黙ってこんなことをして」
「いや、謝ることはないよ。明日香も『可愛い妹ができたみたい』って、凄く嬉しそうにしてたし」
「本当は涼太くんには話しておくべきだったのかもしれないけど、自然に遊んでほしかったから」
「気にするなよサクラ、小雪ちゃんや俺たちのために気を遣ってくれたんだろ? ありがとな」
俺はサクラに向かって軽く頭を下げた。するとサクラは優しい笑顔を浮かべてくれていた。
「あっ、そろそろ時間みたい」
「時間? どういうこと?」
そう問いかけると、小雪ちゃんの身体が淡く白い光に包まれだした。
「お、おい」
「涼太お兄ちゃん。これ、私の代わりに預かっててもらえないかな?」
そう言うと小雪ちゃんは、明日香につけてもらったネックレスを差し出してきた。
白い光に包まれた小雪ちゃんは、少しずつ小さくなっていく。俺はそんな小雪ちゃんからネックレスを受け取った。
「ありがとう、涼太お兄ちゃん。それとあと一つ、明日香お姉ちゃんに“ありがとう”――って伝えてくれるかな?」
「分かった。ちゃんと伝えておくよ」
「ありがとう、お兄ちゃん……」
白い光に包まれた小雪ちゃんの笑顔が一瞬見えた気がした。
そしてその光が消えたあと、そこには小さく呼吸をしながら寝ている猫の小雪の姿があった。
「お兄ちゃん――か」
静かに寝息を立てる猫の小雪を抱え上げて小さく微笑む。
「可愛い妹が増えたね、涼太くん」
「そうだな。サクラ、色々ありがとな」
「ううん、お礼なんていいよ」
クリスマスに起こった奇跡、それはとても素敵なプレゼント。その楽しい思い出を作る切っ掛けをくれたのは、サンタさんではなく妖精だったけどな。
こうして新しい妹が増えた喜びを感じながら、俺は小雪を専用の寝床へと連れて行った。




