妹たちの笑顔を目に焼き付けました。
最終日の文化祭も残すところあと数時間。俺たちはそんな残り僅かな時間を最大限に楽しもうと、色々な店に入って楽しむ予定でいた。
その一環としてサクラとプリムラちゃんに出会った俺たちは、そのまま6人で学園内を回るはずだったのだが、今この場にサクラの姿はない。理由はなんとも単純なもので、『ちゃんと会議に出て下さい!』とプリムラちゃんに言われて追い帰されたからだ。
しかしプリムラちゃんにそう言われた時のサクラは非常に往生際が悪く、見ていてかなりみっともなかったが、そう言われるだけの理由があるのだから仕方がない。
「プリムラちゃん。サクラのことを“隊長”とか言ってたけど、アイツってそんなに偉いの?」
「はい。サクラ隊長は天界の天生神による幽天子見守り組織、“ヘブンズゲート第五大隊隊長”なんです。普段はあんな感じで不真面目なところもありますけど、あれでも天界では優秀な人なんですよ?」
「へえー、サクラが優秀ねえ……」
普段のサクラを知っている俺からすれば、プリムラちゃんの口から出た“優秀”という言葉には相当の違和感がある。しかしこの生真面目そうなプリムラちゃんがそう言っているんだから、それは事実なのだろう。
まあそれでも違和感は拭えないけど、サクラの明日香に対する真摯な想いだけは本物だと俺は思っている。
「サクラってさ、プリムラちゃんから見てどんな感じなの?」
「そうですね……不真面目で子供みたいにイタズラ好きで、人の話をちゃんと聞かないし、早とちりだし、私を見つけたらすぐに抱きついて撫で回すし、それに――」
プリムラちゃんは顔をしかめながら、次々とサクラに対する不満の言葉を吐き出していく。
これだけ不満を次々にぶちまけられると、サクラが優秀だという言葉自体が俺の聞き違いだったのだろうかとさえ思ってしまう。
「――と言った感じで、色々と困った人です。けど……サクラ隊長は誰よりも温かい人です」
「温かい?」
「はい。サクラ隊長は自分が忙しいにもかかわらず、時間を作っては私たち第五大隊隊員の様子を見に来たり、仕事のフォローをしてくれたりするんです。それこそ朝昼晩を問わずに。いつもはおちゃらけてますけど、どの大隊の隊長よりも隊員を大事にしてくれているって私は思っています」
しかめっ面から一転、プリムラちゃんはとてもにこやかな笑顔でそう言ってくる。その表情は本当に可愛らしいく、なんとなくサクラがプリムラちゃんに抱きついて撫で回す気持ちが分かる気がした。
そういえばサクラはフラッと居なくなったりすることが多かったけど、あれはもしかしたら部下の様子を見に行っていたのかもしれない。
結構意外なようにも感じたけど、アイツの情の深さや面倒見の良い部分を考えれば、そう不思議でもないかなと思えてくる。
「つまりはサクラが隊長で良かったってことでいいのかな?」
「まあ、そういうことですね」
プリムラちゃんは少し苦笑いを浮かべたあとでにこっと笑って見せた。
やれやれ、尊敬されてるんだかされてないんだか……相変らずよく分からんキャラクターだなサクラは。まあ、これはこれでアイツらしいと思えるけど。
「そうだ。せっかくだしプリムラちゃん、どこか回りたい出店とかある?」
「えっ? 私が選んでもいいんですか?」
「うん、せっかく来たんだからいいと思うよ」
「私もプリムラちゃんが行きたいところでいいです」
拓海さんと由梨ちゃんはにこやかに俺の言葉に賛同してくれた。
「明日香はどうだ?」
「私も大丈夫、プリムラちゃんが行きたい出店に行ってみたい」
「よし、決まりだな。プリムラちゃん、どこでも好きな出店に行っていいよ」
「えっと……それじゃあお言葉に甘えてここに」
そう言ってプリムラちゃんは、少し恥ずかしげにパンフレットのある部分を指差した。
「「「「ああ、なるほど」」」」
全員でプリムラちゃんの持つパンフレットを覗き込み、その指差された場所を見てほぼ同時に声を上げた。
遠慮気味に指差されたその場所は、今回の花嵐恋学園で一番との呼び声も高いスイーツを出しているクラスだった。
「べ、別にスイーツ目当てとかじゃないんですよ!? 甘い物なんて別に好きでもないですし。ただその……どんな珍しい物が出てくるか興味があるだけで……」
慌てふためきながらそう説明するプリムラちゃん。
それを見た俺たちは、全員で顔を見合わせて頷きあった。
「それじゃあとりあえずその教室に行こうよ。ねっ、プリムラちゃん」
「は、はい」
俺たちは全員でプリムラちゃんの背中を軽く押しながらその教室へと向かった。
なんでそんなに甘いもの好きを隠したいのかは分からないけど、本人が気にしているならそれを詮索するべきではないだろう。
そしてプリムラちゃんが指定した教室へ着いた俺たちは、それぞれに頼みたい物を注文した。
明日香たち女の子は迷うことなく、絶品☆イチゴ尽くしタルトと紅茶のセットを頼んだ。
「――これが絶品☆イチゴ尽くしタルトなんですね!」
そして注文したスイーツが来た瞬間、プリムラちゃんは性格が変わったようにテンションを上げる。
サクラのあとを追っていた間も相当にスイーツを食べていたので、俺はシンプルにブラックコーヒーを頼んでからその苦みばしった味で口の中の甘みを消そうとしていた。
「これ、凄く美味しいですね!」
「ホントに美味しい!」
由梨ちゃんの言葉に明日香が大きく頷きながら答える。
俺はコーヒーカップを片手に女の子たちが嬉しそうにスイーツを頬張る姿を見ていた。
「このイチゴの甘酸っぱさ、たまりません! 幸せ~!」
プリムラちゃんは目の前のスイーツに心を奪われているようで、『甘い物なんて別に好きじゃない!』と俺たちに言っていたことすら忘れているようだ。
そんな様を微笑ましく拓海さんと見ながら、午後の一時を過ごした――。
楽しい時間が過ぎ行くのは早い――そんな言葉はよく聞くけど、実際に流れる時間というのは状況にかかわらず変わらないはず。
それでも世間で言われているように、楽しい時間の過ぎ去るのは早いと思える。人の感覚というのは不思議なものだ。
俺が高校に入学して初めての文化祭は、明日香たちの本当に嬉しそうで楽しそうな笑顔と共に終わりを告げた。
満足げな明日香たちを拓海さんに任せて帰宅を見送ったあと、俺は出店教室へと戻って琴美たちとあと片づけに勤しむ。片づけは面倒で好きではないけど、琴美と一緒にする片づけはなんとなく楽しかった。
でも、これまで長い時間をかけて準備してきた物を片づけるというのは、なんとも寂しい気分だ。
どんなに楽しい時間だろうと、このように終わりの時が来る。これは逃れられない運命とでも言うべきだろう。
そしてそれは、明日香や由梨ちゃんたちと楽しく過ごしているこの日々も同じこと。いつか必ず終わりが来る。それはもしかしたら、明日かもしれない。
そんな寂しい気持ちを同時に感じながら片づけをし、すべての片づけを終えたあと、俺はクラスメイトたちと文化祭の打ち上げに向かうのだった。




