妹たちが学園に来ました。
今日は花嵐恋学園の文化祭最終日。
学園には昨日と同じくたくさんのお客さんが集まり、それぞれに目的の場所を訪れて楽しんでいる。やはり祭りはこうでないと面白くない。
学園内の出店からはそれぞれが持ち寄ったCDの音楽などが流れていて、それがまるで祭囃子の代わりのように学園校舎の内外で鳴り響いている。
外は昨日と違って冷たい風も吹いておらず、冬とは思えないほどの暖かな陽気だ。まさに小春日和と言ったところだろう。
そして俺は今日も、朝から着ぐるみに入ってせっせと接客をこなしていた。
「ショートケーキとアップルティー、お待たせしたコン!」
昨日は犬の着ぐるみを着て働いていたが、今日はキツネの着ぐるみを着て、まるで道化でも演じるかのようにコミカルなキツネキャラを演じている。
それにしても解せないことがあるのだが、犬や猫は語尾がワンとかニャーとなるのは分かる。だけどキツネってこうやって演じると、必ずと言っていいほど“コン”って語尾になるのはなぜだろうかと。
まあはっきり言って、動物の鳴き声をまともに聞いたことがない人は多いだろう。だからイメージでこういった語尾になるのは仕方のないことかもしれない。
ついでに言うとキツネって、ネコ目イヌ科に属している動物なんだが、その鳴き声は仔犬や仔猫がキューンと鳴いているような、わりと甲高い感じの鳴き声だと聞く。
ちなみに喧嘩をしている時は、犬のようにワンと言った感じの鳴き声を出している時もあるらしい。
少し見方を変えると、人間の小さな子供がぐずっている時の声のようにも聞こえるらしいのだけど、こればっかりは聞く人の感じ方次第だと思う。
そんなことを働きながら思っていると、交代の人員が来て仕事の終わりを告げてきた。
俺は交代で来たクラスメイトにその場を任せ、出店を出てから着替えるために自分のクラスへと向かう――。
午前11時43分。
教室で着ぐるみを脱いでから持っていた替えの制服を取り出し、ウエットタオルで汗ばんだ身体を拭いていく。
昨日予定外の手伝いをしたおかげで、今日の俺の仕事はお昼までとなっていた。拓海さんに由梨ちゃん、それに明日香が来るのは昼頃だったから、ちょうどいいタイミングだ。
着替えてから身体を拭き終わったウエットタオルをゴミ箱へと捨て、3人と待ち合わせを約束した中庭へと向かい始める。
廊下を進んで階段を下り、たくさんの人波を抜けて進んで行く。
そう言えば拓海さんについての話をしたことはなかったが、彼は某大学の一年生で、ここ花嵐恋学園の卒業生なのだそうだ。
拓海さんが由梨ちゃんと出会ったのは今年の1月初めのことだったらしいが、どういった経緯で由梨ちゃんと暮らすようになったのか、それは詳しくは聞いていない。
一度そのあたりを尋ねてみたこともあったが、拓海さんは言い辛そうに口を濁していたのでそれ以上の詮索はしなかった。誰にでも語りたくないことはあるだろうからな。
× × × ×
「涼太くーん!」
中庭にあるベンチに座って行き交う人たちをぼんやりと見ながら3人が来るのを待っていると、たくさんの人混みの中からこちらに向けて名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
声がした方向に視線をやると、人混みを抜け出した拓海さんが手を振りながら歩いて来ているのが見え、それを見た俺はベンチから立ち上がってその方向へと身体を向ける。
「お兄ちゃーん!」
拓海さんの左隣から人混みを抜け出した明日香が俺の存在に気づき、にこやかな表情で駆け寄って来る。
そして明日香と手を繋いでいた由梨ちゃんも、引っ張られるようにしてこちらへと向かって来ていた。
「早かったな」
「うん、待ちきれなくて早目に来たの! ねっ、由梨ちゃん」
「そうなんです。私も文化祭って初めてだから、凄く楽しみだったんですよ」
明日香とはまた違った感じで、由梨ちゃんもいつもよりテンションが高い。わくわくしている様がその表情から感じ取れる。
「待たせてしまったみたいでごめんね、涼太くん」
拓海さんはゆっくりと歩いて近づき、すまなそうに謝ってくる。
相変わらず気を遣ってくれる良い人だ。これで俺とそんなに歳が違わないんだから、立派なものだと思う。
俺が歳の近い年上の男性で、唯一尊敬している人だ。
「いえ、仕事が早く終わって待ってただけですから、気にしないで下さい」
「ありがとう。さて、まずはどこから回ろうか?」
拓海さんは一言お礼を言うと、にこやかに明日香と由梨ちゃんにそう尋ねた。
「まずはお兄ちゃんと琴美お姉ちゃんがやっているお店に行きたい!」
「あっ、私もそれに賛成です」
聞かれた質問に即答する明日香と由梨ちゃん。まあなんとなくだけど、そうなるような予感はしていた。
「お昼時だから混んでるかもしれないけど、とりあえず行こうか」
「ちょっと待ってー!」
自分のクラスの出し物がある方へ向かおうとした時、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「サクラ!?」
声のした先に居たのは、左手にたこ焼きのパックを持ち、右手にはたこ焼きが刺さった爪楊枝を持ったまま駆け寄って来るサクラの姿。
「な、なんでサクラがこんな所に居るんだ!?」
「あっ、すっかり言うのを忘れてたよ。実は急にサクラさんも文化祭について来るって話になってね。ついて来ても大丈夫なんですか? って聞いたら、『全然問題ないよっ! ノープロブレム!』って言うから一緒に来たんだ」
拓海さんは簡潔にこの状況を説明してくれる。そのやり取りは容易に想像でき、俺はすぐに納得がいった。
「私はサクラがあんなことをできるなんて知らなかったなあ」
明日香が俺にそう言いながら、走って来るサクラをチラッと見る。
おそらく明日香の言う“あんなこと”というのは、普通の人間になっていることを指しているのだろう。
俺もまさかあの人間バージョンのサクラを再び見ることになるとは思いもしなかったしな。
「プリムラちゃんもあんなことができるのかな?」
「どうなんだろうな」
走り迫るサクラを見ながら、由梨ちゃんは拓海さんにそう聞いている。
そしてそんな由梨ちゃんの質問を、拓海さんは苦笑いを浮かべながら首を傾げてそう答えた。
ちなみに由梨ちゃんの言っている“プリムラちゃん”というのは、拓海さんと由梨ちゃんの見守りをしている天生神らしい。要するに、サクラのお仲間さんだ。
俺はまだ会ったことはないけど、明日香は由梨ちゃんと遊ぶことも多いから何度か会ったこともあるらしく、その名前と存在だけは知っている。
明日香が言うにはとても可愛らしいけど、口数の少ない天生神らしい。
どんな妖精なのか会って見たい気もするけど、サクラのことを考えると会うのが怖い気もする。
まあ話を聞く限りはとても真面目な性格の妖精らしいから、サクラを相手にする時のように疲れるということはないだろう。今度挨拶くらいはしに行っておかないとな。
「ねえねえ! 最初はどこを見に行くの?」
俺たちのもとへとやって来たサクラは、明日香と由梨ちゃんに向かってテンション高くそう尋ねる。
「えっとね、まずはお兄ちゃんと琴美お姉ちゃんが居るクラスがやっている喫茶店から回るの」
「なーるほど! それじゃあさっそく行こ――――う!」
そう言うとサクラは持っているたこ焼きを素早く口に放り込んでいき、ベンチの横にあるゴミ箱にパックを捨てると、明日香と由梨ちゃんの手を取って玄関口の方へと一緒に走って行った。
「サクラさん、元気いいね」
「ははっ……いつもあんな感じだから疲れますよ」
そういえばサクラのやつ、俺たちが出店している教室の場所を知ってるんだろうか。あの猪突猛進な妖精は、後先を考えてない場合が多々ある。
嫌な予感がしながらも、遠ざかる3人のあとを拓海さんと2人でのんびりと歩いて追いかけた。




