幼馴染と楽しく過ごしました。
お昼も過ぎた14時頃、学園の外は寒々とした冷たい風が吹いているにもかかわらず、外に立ち並ぶ屋台にもたくさんのお客さんが並んでいた。
食べ物などを売っている屋台から立ち上る熱気は陽炎のように揺らめき、外気との温度差を目に見える形で伝えてくる。
外へと続く開け放たれた玄関口。そこから漂ってくるのは、様々な食べ物の織り交ざった匂い。それは時に醤油が焦げる香ばしい匂いだったり、チョコレートの甘ったるい匂いだったり、油と肉の匂いが混ざった空腹を刺激する揚げ物の匂いだったりと様々。
そんな様々な匂いがそれぞれに分かりやすい主張をしながら、鼻腔を通り抜けて行く。
夏祭りの会場で味わうようなその匂いは、どことなく人のテンションを上げるものであり、本来は出し物を提供する側に居る俺ですら自然とわくわくしてしまう。
そんな楽しげで明るい雰囲気に包まれている中を、俺はウエイトレス姿の琴美と並んで歩いている。
本来なら琴美と並んで歩けるだけで舞い上がってしまうところだが、今はそれよりも舞い上がってしまう状況に置かれていた。
「涼くん、お昼ご飯どれを食べよっか?」
「えっ!? あ、ああ、琴美が食べたい物でいいよ」
「そうなの? う~ん……じゃあ、どれにしようかな……」
ウエイトレス姿の琴美は着ぐるみを着た俺の右腕に自分の左腕を絡めたままの体勢で、口元に右手の指を添えるようにして悩んでいる。
真剣になにを食べようかと悩んでいる琴美の表情はそれはそれで可愛らしく、思わず着ぐるみを着ているのをいいことに、じーっとその姿を見つめてしまう。
「――よしっ、じゃあまずはあれを食べに行こう!」
そう言ってある一角を指差す琴美。俺がその方向に視線を向けると、組まれた腕がグンッと引っ張られた。
「行くよ、涼くん」
楽しげに弾む声音でそう言いながら目的の場所を指差し、そこまで連れて行こうとしている。
いくら動きやすく改良されているとは言え、着ぐるみを着ての移動がし辛いのは確かだ。だけどテンションが上がっている琴美はそんなことなどお構いなしに人波を上手に避け、腕を組んだまま目的地へと向かって行く。
「作りたての焼きそばを2つ下さーい!」
琴美が元気にそう注文すると、鉄板で今まさに焼きそばを作っているねじりはちまきをつけた女子生徒が、『ありがとうございます!』という明るく威勢の良い声と共に笑顔を向けてくる。
香ばしくソースの焼ける匂いが立つ中、鉄板の上で出来上がっていく焼きそばを見つめていると、女子生徒が『できた!』という声を上げて白のパックに焼きそばをこれでもかというほど詰め込んでいく。このサービス精神は学生ならではと言ったところだろうか。
そして琴美が女子生徒に600円を払ってからそのパックが入った袋を手に持つと、俺を再びどこかへと引っ張って行く。
「――やっぱりここは空いてたね」
体育館がある場所へと連れて来られた俺は、そのまま琴美に腕を引かれながら体育館の側面へと向かった。
着いた先には一脚の白い塗装がされたベンチがひっそりと置かれていて、琴美はベンチの上の埃を焼きそば屋で貰った使い捨てのおしぼりで拭くと、『どうぞ!』と言って両手で座る場所を示してそこに座るように促してきた。
俺は促されるままにベンチに座ると、琴美は満足げな笑顔で隣にサッと座る。
そういえば、焼きそばの代金を琴美に支払わないとな。
着ぐるみの頭を外したあと、ズボンの後ろポケットにある財布を取り出すために少し腰を浮かせてから右手を後ろポケットへと伸ばす。
あれ、取れないな……。
何度もポケットへ手を入れようとするが、右手はあるはずのポケットに引っかかることなくその場にある空気を切っていくだけ。
「どうしたの? 涼くん」
「いや、ズボンに入ってる財布を取り出そうとしてるんだよ」
そう言ってまた後ろに回した手を動かす。すると琴美が不思議そうな顔をしてこう言ってきた。
「ズボンのポケットに入ってるなら、着ぐるみを脱がないと取れないんじゃない?」
「あっ……」
その言葉を聞いてようやく今の状況を思い出した。俺は今、犬の着ぐるみを着てたんだよな。
慣れというのは恐ろしいもので、俺は既に着ぐるみと一体化したような気分でいた。本当に人間の適応能力には恐れいる。
「そ、そうだよな。仕方ない、手だけを引っ込めて財布を取るか」
そう言って右腕だけを引き抜こうとするが、サイズがフィットしているせいか上手く腕を引っ込めることができない。
「いいよ涼くん、やきそばは私がおごるから」
「えっ? でもそれは悪いよ」
「遠慮しないの。ここはお姉さんに任せなさい」
そう言ってにこっと微笑む琴美は、本当のお姉さんのような雰囲気を感じさせた。
「分かった。じゃあ、ありがたく頂戴するよ」
「うん、よろしいっ!」
そう言って満足そうな声を出すと、琴美はさっそく袋の中にある焼きそばのパックを取り出して俺に手渡してくれた。
「うわっ!? これすげえ青海苔がかかってるじゃん!」
「ほ、本当だ。それじゃあ歯に青海苔がたくさんついちゃうかもね」
そう言って苦笑いを浮かべる琴美。
サービス精神旺盛なのは良いけど、この異常な青海苔のかけ方には度肝を抜かれる。上面には青海苔しか見えないし。
「いただきまーす!」
目の前にある青海苔フィーバーな焼きそばに手をつけるのを躊躇していると、隣で琴美が美味しそうに焼きそばを食べ始めた。
あれっ、琴美の焼きそばは至って普通じゃないか……。
「ん? 食べないの?」
驚愕の表情で琴美が持つ焼きそばを見ていると、口に含んだ焼きそばをモグモグと噛んで飲み込んだあとで、軽く小首を傾げてからそう聞いてきた。
これでも俺はゲームで色々な格好の女性キャラを見てきているわけだが、ああいったコスプレ度の高いコスチュームというのは、二次元の女の子だからこそ映えるものだと信じて疑わなかった。
しかし目の前に居る琴美はどうだ。今まで見てきた二次元キャラに勝るとも劣らない可愛さを醸し出しているではないか。
「うん……素晴らしい」
「えっ? 素晴らしい?」
「ああいや!? ほ、ほら! 着ぐるみを着てたら箸が素晴らしいくらいに掴めないってことだよ!」
思わず口に出してしまった感想を誤魔化そうとしたが、出てきた言葉はこれまた意味の分からない変な日本語を成してしまった。
「ああー、ごめんね涼くん。気がつかなくて」
「やっぱり一度着ぐるみを脱いだ方がいいな」
「あっ、待って」
前面にある埋没式ファスナーに手を伸ばそうとした時、琴美がそう言って俺の行動を止めに入った。
「なに?」
「あ、あの……良かったら私が食べさせてあげる」
「えっ!?」
琴美は今なんて言った? “私が食べさせてあげる”って言ったのか? だ、誰に食べさせてあげるんだ!?
発せられた言葉の意味を瞬時に理解し飲み込むことができず、ただひたすらに頭の中が混乱していた。
しかしそんな俺の混乱などおかまいなく、琴美はパックの焼きそばを俺に近づけながら焼きそばを箸で摘んで持ち上げ、それを俺の口元へと運んでくる。
「ほ、ほら、口を開けてよ……」
今にも消え入りそうなほどの声でそう言ってくる琴美を見て、俺はまるで機械のように口を段階的に開いていく。
そして口の中に入れられた焼きそばをパクリと含んでモグモグと咀嚼する。
「ど、どう? 美味しい?」
「う、うん、凄く美味しいよ」
「良かった」
なんだろう、この甘ったるい雰囲気は。
二次元では見慣れているはずのシチュエーションなのに、いざ自分がそれを実体験していることを自覚すると、嬉しさや恥ずかしさなどと言った様々な感情がわき上がってきて、自分がなにを思っているのかすらも分からなくなってくる。
「りょ、涼くん、あ、あ~ん」
自身の感情が色々な意味で追いつかないまま、琴美が二度目のあーん攻撃を繰り出してくる。誰かに見ているわけでもないのに、恥ずかしさが止まらない。
しかしそんな恥ずかしさを感じてもなお、俺は餌を食べさせてもらう雛鳥にも似た感じで口元へ来る焼きそばを食べ続ける。
そしてままごとにも似たそんなやり取りを続けたあと、俺は琴美の顔がまともに見れずにいた。でもそれは琴美も同じだったようで、それから休憩が終わるまでの間、お互いに気恥ずかしさ全開と言った感じの雰囲気の中で文化祭を回ることになった。
こうして文化祭初日はそんな甘い思い出と共にあっと言う間に過ぎ去り、明日の最終日を残すだけとなる。
明日は拓海さんと由梨ちゃん、そして妹の明日香がやって来ることになっているから、存分に楽しめるように色々と考えておかないとな。




