幼馴染と文化祭を回ることになりました。
11月も終わりを迎えようとしていた最後の土曜日。俺が通う花嵐恋学園では、今年最後にして最大のイベントである文化祭が行われていた。
学園内にはこの寒空にもかかわらずやって来たお客さんが、目当ての出し物がある教室へと向かうために廊下をあちらこちらと行き来している。
この花嵐恋学園の文化祭は、毎年盛況なことで有名だ。
こうして文化祭の開催側として参加するのは初めてだけど、中学二年生の時に一度だけお客として訪れたことがある。その時は進路として行く高校を迷っていたこともあり、候補に挙げていた高校を見学がてら回るということをしていた。
普通に見学へ行くためには申請書を出すなどの手続きがあって結構面倒なのだけど、文化祭が行われる時期というのは実に良かった。なんの申請も必要なく、自由に校内や雰囲気を見て回れるから。
一昨年の文化祭見学ライフを思い出し、少し懐かしい気分になる。
まあその結果としてこの花嵐恋学園を選んだわけだが、この学園を選んだ一番の理由は、“家から近かった”という理由に他ならない。
いくつか見学をしてまで選んだ学園なのに、選んだ理由がしょうもないと思われるかもしれないけど、通学の時間は日常生活においてかなり重要な部分を占める。
ゲームで夜更かしをした朝は相当に辛い。そんな朝の貴重な時間をいかに長く自宅で過ごせるか――これは高校選びでも相当に悩んだポイントだったからな。
教室の外で呼び込み用の宣伝プラカードを持ちながら、教室の前を通り過ぎるお客さんに時々声をかけて呼び込みをする――。
「涼くん、中が忙しくなってきたから、少し手伝ってもらってもいいかな?」
廊下に出て呼び込みを始めてから約1時間。教室の中から出て来た琴美が、黒を基調とした、白のフリルつきウエイトレス衣装のスカートを揺らめかせながらそうお願いしてきた。
やはり何度見ても可愛い。この衣装を一番映えさせているのは、誰がなんと言おうと琴美だと思う。
最近のウエイトレス衣装というのは、見た目鮮やかな色彩の物やら奇抜なデザインの物など、実に様々なバリエーションがある。けれど俺としては、シンプルなデザインに黒と白を織り交ぜたこのデザインがもっともしっくりくる。
その姿を見ているだけで、やはり日本人には黒という色が良く似合うなと感じるのだが、最近は髪の毛すら鮮やかに色を変えてしまう日本人。
あの美しい黒髪を外人さんのように染めるというのは、俺としてはいただけない。元々の地毛が茶色がかっていたりするのは全然いいのだが、やはり日本人の黒髪は男女問わずに美しいと感じる。
しかし今はファッションという名のもと、小さな子供でも髪色を染めている子が多いから本当に残念なことだ。
「涼くん? どうかした?」
その姿に見惚れていた俺に向かって、琴美が小首を傾げながら問いかけてくる。
「えっ!? ああいや、なんでもない。中の手伝いに回るよ」
「うん、じゃあお願いね」
にこっと笑顔を見せてから、琴美は再び教室の中へと入って行く。
危ない危ない……またあの笑顔に見惚れてしまった。
琴美が隣へ引越して来てからというもの、俺は彼女と関わる時間が増えて喜んでいたが、同時に彼女を意識する時間というのも必然的に増えてくる。それは俺にとってとても甘美な時間であると同時に、とても心が苦しくなる時間。
前と違って琴美が積極的に話しかけて来るようになった今、その度合いは更に激しさを増すばかり。
ドギマギとして心臓に悪いかもしれないが、そんな感覚がどことなく嬉しく感じるのも事実。それはつまり、幸せだという証拠なのだろう。
そして琴美からのヘルプ要請を受け、我がクラスがやっている喫茶店の手伝いを始めたのはいいのだが、俺は琴美のウエイトレス姿と笑顔を見たことで舞い上がってしまい、この手伝いにおける最大の難点を忘れていた。
「――お、お待たせしたワン!」
可愛らしい犬の着ぐるみに身を包み、俺は少しコミカルチックな高い声を出す。
目前の白いテーブルクロスが敷かれた机の集まりの上に、苺のショートケーキが乗った皿とオレンジジュースの入ったグラスを置く。
いくらこういうイベント用に動きやすく改造されている着ぐるみとはいえ、やはりずっと動いていれば自然と汗もかいてくる。
最初は冬だから暖かくてちょうどいいかもと思っていたけど、10分もしない内にそれが俺の甘い考えであることを思い知らされた。
「ありがとう、ワンちゃん」
ケーキが乗った皿を嬉しそうに自分の手前へと持って行く小さな女の子。そしてその女の子をにこにこしながら見つめるお婆ちゃん。
フォークを使って美味しそうにケーキを食べる女の子はとても可愛らしく、どことなくだが初めてケーキを食べた時の明日香を思い出させる。見た目で言うと小学校一年生から二年生ってところだが、子供だろうと大人だろうと、女性はやはり甘い物に目がない人が多いのだろう。
周りを見渡せば俺と同じように接客に借り出された男子が、それぞれ違った着ぐるみを着せられ、そのキャラクターを演じつつコミカルな接客をしている。
まあ、女子がウエイトレス衣装で接客する代わりに男子は着ぐるみでの接客を受け入れたのだから、文句の言いようもない。
というか、女子のウエイトレス姿を見たいがばかりにそれを受け入れた男子連中も相当にアホだと思う。だけど欲望に率直であるところが、なんとも男子高校生っぽいじゃないか。
かくいう俺も、採決の際にその提案を受け入れることに手を上げたアホの1人だ。しかし後悔はしていない。琴美のウエイトレス姿が見られたのだから。
できれば1枚でもいいから写真に撮って飾っておきたいくらいだ。あとでダメ元でお願いしてみようかな……。
「こらーっ、そこのワンちゃん! さぼってちゃダメだぞー」
注文された品を運び終えた俺は、少し離れた所から笑顔でケーキを食べるお客さんを見ていた。
その時、明るく可愛らしい声でそんな言葉を浴びせてきたのは琴美だった。
「ご、ごめんだワン!」
犬キャラの設定を守りつつ、琴美に向かって謝る。
そしてそれを見たクラスメイトやお客さんが、俺の方を見ながらくすくすと笑う。
着ぐるみを着ている時は絶対にそのキャラクターを崩さないこと――それも女子にウエイトレス衣装を着てもらうために飲んだ条件の一つだ。恥ずかしいことこの上ないが、約束した以上は仕方がない。
琴美はそんな俺に向かって舌を小さくぺろっと出し、楽しそうにしている。
忙しいながらもこの状況を楽しむ姿には感心するが、みんなの前で俺を晒し者にするとは許せんな。よし、腹いせにあとからあのウエイトレス姿を写真に撮ってやるとしよう。
そんなことを心に強く誓いつつ、俺は忙しく仕事をこなしていった。
× × × ×
「涼くん、一緒にお昼休憩に行かない?」
賑わっていた店内が少し落ち着きを見せ始めた14時過ぎ。
教室内にある大きな白い布で仕切られた道具置き場、そこで暑苦しい着ぐるみの頭部分を外して喉を潤していた俺のもとに琴美がやって来て、にこやかにそう聞いてきた。
「えっ!?」
その言葉を聞いて俺は戸惑った。まさか琴美が俺を誘ってくるとは思ってもいなかったからだ。
「あっ、なにか用事でもあったかな?」
そんな驚いたリアクションをとったせいか、それを見た琴美がしゅんとした感じの表情を見せる。
「よ、用事なんてあるわけないさ!」
「本当? じゃあ、一緒に行ってくれる?」
その言葉に少し表情を明るくし、小首を傾げて再びそう聞いてくる。
い、いかん、可愛すぎてクラクラする……鼻血が出そうだ。これがギャルゲーにおけるシチュエーションだとしたら、俺は迷わず琴美を抱き締めていただろう。
「も、もちろんさ! ちょっと着替えて来るから待ってて」
「あっ、涼くん、せっかくだからそのまま学園内を回ろうよ」
「えっ!? この格好でか?」
「うん」
犬の着ぐるみを着たままで学園内をうろつくとか、恥ずかしくてしょうがないんだが。
「なんでこの格好のままがいいんだ?」
「だって……可愛いんだもん、その着ぐるみを着た涼くん」
好きな女の子に上目遣いでそんなことを言われたら、男としては断る理由を探す方が苦労するわけで。
「うっ……わ、分かったよ」
「やった!」
嬉しそうな笑顔を見せる琴美。こういった子供っぽさは相変わらずなんだよな。
それにしても、この格好で学園内を散策するなんて普通なら絶対に断るところだが、琴美に頼まれたら断ることもできない。それでも俺だけが恥ずかしめを受けるのは不公平なので、俺からも一つだけ提案を出した。
「なあ琴美、交換条件てわけでもないけど、俺もこの格好で行くから、琴美もその……ウエイトレス姿で一緒に歩いてくれないか?」
「えっ!? この格好で? は、恥ずかしいよ……」
琴美は顔を紅くし、両手を握り合わせながらモジモジしだした。まあこれが普通の反応だよな。
「琴美のウエイトレス姿、めちゃくちゃ良く似合ってて可愛いし、そんな姿を見れる機会なんてそうないだろ? だからその……そのままの琴美と一緒に居たいって言うかなんて言うか……」
我ながらおかしなことを口走っていると思うが、もう口にしてしまったものは取り返しがつかない。
少しだけ自分の発言に後悔しながらも、琴美に視線を向ける。
「そうなんだ……うん、分かった。それじゃあこのまま行くね、お店の宣伝にもなるだろうし。じゃあ行こう」
そう言って俺の右手を握り、楽しそうに教室の外へと引っ張って行く。
「お、おい、そんなに慌てなくても」
その言葉を聞いてもなお、琴美は楽しそうにしながら俺の手を引っ張って行く。
そして俺と琴美は犬の着ぐるみとウエイトレス衣装という格好のまま、学園内を見て回ることになった。




