妖精とお話をしました。
サクラが戻って来るのを待っていた俺は、パソコン画面に映し出される二次元妹を攻略しながらそのストーリーに没頭していた。
それにしても、世の中にある“妹萌え”という風潮はいつ頃から世間に広まりだしたんだろうか。
リアル妹は可愛くないと言いつつも、二次元妹には萌えまくる人々。
そこには矛盾すら感じるけど、二次元と三次元という明らかな違いがある以上、やはりまったくの別物として扱うべきだろう。言ってみればこういった作品は、非情な現実に対し、夢や希望や理想をふんだんに詰め込んだ物だと言える。
更に言い換えるなら、人は非現実的な理想や夢を無意識に追い、それをこうして形にすることで、人としての理性を平静に保っていると言えるのかもしれない。あり得ないものを形にするというのは、人が人として存在するには欠かせない要素なのだろう。
「あっ……涼太くん、まだ起きてたんだ」
自室で妹ゲーをしながら世の中の妹萌えについてつらつらと考えていた時、部屋の窓からサクラがてふてふのように飛びながら入って来た。
ちなみにてふてふとは、蝶々《ちょうちょ》の旧仮名遣い表記による読み方だが、小さな頃にじいちゃんが蝶のことをそう言っていた響きが気に入ってしまい、それから俺は蝶のことをてふてふと呼ぶようになったわけだけど……まあ、それは今のところどうでもいいだろう。
「ああ、ちょっとゲームに夢中になっててな」
本当はサクラを待っていたわけだが、ゲームに夢中になっていたのも嘘ではない。
パソコン画面の右下に表示されている時間に目をやると、午前2時18分と表示されていた。
「それよりサクラ。ちょっと聞きたいんだが、夕方の騒動はいったいなんだったんだ?」
「……明日香はなにか言ってた?」
サクラはふうっと息を吐くと、真っ直ぐに俺を見ながらそう聞いてきた。その表情にはいつものおちゃらけた雰囲気は微塵も感じられない。
そんなサクラの態度を見て、俺は明日香から聞いたことを素直に答えていいものかと少し迷った。
だけどここで聞いてないと言ってしまえば、サクラは揉めていた内容に対して誤魔化しを入れてくる可能性はある。それを考えると、やはり嘘や誤魔化しを入れずに直球勝負をする方がいいのかもしれない。
「ああ、小雪を飼っちゃいけないって言ったらしいな。どうしてなんだ?」
「それは……それが明日香のためだから」
サクラは俺から視線を外したあと、少し悲しそうな表情で小さくそう呟いた。
いつもはおちゃらけたやつではあるけど、意味もなくああいったことをするやつではない。だからこそ、今回の騒動の意味が俺には分からないのだ。
そもそも小雪を他の人に飼ってもらうのが、なんで明日香のためになるのだろうか。いやそれよりも、小雪を飼い続けることが明日香にどんな悪影響を及ぼすと言うのだろうか。
「サクラ、ちゃんと説明してくれないか? 協力できることならするからさ」
「……幽天子は基本的に生前の記憶を持っていない。でもなにかの切っ掛けで前世を思い出すことがある――って話をしたのを覚えてるかな?」
そういえば、だいぶ前にそんなことを言われた覚えがあるな。あれは確か、明日香が妹になって間もない頃、俺がまだ明日香のことを“明日香ちゃん”と呼んでいた頃のことだったと思う。
「ああ、覚えてるよ」
「幽天子は生前の記憶を取り戻すと、自我を保てなくなることが多いの。それはこの転生プロセスにおいて、もっとも危惧すべき事態。私は無事に明日香を転生させてあげたいの」
サクラの話から察するに、今の明日香にとって小雪を飼い続けるという行為自体が、明日香が壊れる切っ掛けになるということなのだろう。
「まあなんとなく言いたいことは分かるけど……でもさ、それでもなんで小雪を飼うのがいけないかが分からないんだよ」
どれだけ考えを巡らせても、どうしても分からない。
だって小雪を飼うってだけの行為が、今の明日香を壊してしまうほどのなにを思い出させるのかが分からないからだ。
「それは…………」
サクラは言い辛そうにして黙り込んでしまう。
こうなるとどうしても知りたくなるのが人の性というもので、俺はその内容をどうしても聞き出したくなった。
「なあサクラ、仮に協力するにしても、内容を知らなきゃ説得のしようもないんだぜ?」
そう言うとサクラは熟考しながらも小さく『そうだよね……』と呟く。
そしてしばらくしてからなにかを決意したかのように何度か頷き、俺の方へと顔を向けた。
「――分かった。涼太くんには話しておくよ」
サクラはそう言うと、俺にベッドに横たわるように指示してきた。
ただ話をするだけなのにベッドに寝る理由が分からないが、とりあえずその指示どおりにベッドへと横たわる。
「これでいいのか?」
ベッドに横たわってそう言うと、頭上で飛んでいるサクラはウンウンと頷きながら俺の側に近づいて来た。
「さっきは話すって言ったけど、実際に私から詳しい説明はしない」
「えっ? それじゃあどうやって――」
「だから涼太くん、あなたの目で直接見て来て。そして知って、あの子の悲しみを……」
俺の言葉に被せてそう言うと、サクラが目の前に自分の人差し指を突き出してきた。
そこから淡く青い光が放たれると、それを見た俺は一瞬にして意識がまどろみ、そのまま別の世界へと落ちるように意識が遠のいて行った。




