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妹と病院へ向かいました。

 季節の移り変わりは早いもので、ついこの間までは暑い暑いと口走っていたというのに、今では少し風が吹くだけで肌寒く感じてしまう。

 11月も半ばに入ってくると、人だけではなく街の様相もがらりと変化する。

 夏場はたくさんあった人影は少なくなり、街を新緑で彩っていた木々の葉は枯れ落ち、やせ細った枝が露出していてどこか寒々しい。そんな変わりゆく風景を感傷的センチメンタルな気分で見ながら、俺は家へと帰っていた。

 最近は学園へ通学する時には琴美と一緒のことが多いが、帰りは部活動に入ってない俺はいつも1人。別にそれを寂しいとは思わない。

 だって昔から帰りはずっと1人だったし、慣れてしまえば寂しいとも感じなくなる。慣れというのは便利なものだ。


「ただいま」


 家に着いても部屋には向かわず、真っ直ぐにリビングへと歩いて行く。

 こちらの声に反応がないということは、明日香はまだ学校から帰って来ていないのだろう。


「おかしいな……」


 最近は帰って来るとひょこひょこと玄関までやって来ていた小雪だが、ここ数日はどうも様子が違う。なにがどう違うのかと言われれば返答に困るが、なんとなく元気がないように見えるからだ。

 最初は猫だから気まぐれを起こしただけとも考えたが、うちの小雪はどこの猫よりも猫らしくない。それを考えると、やはりおかしい気がしてくる。


「小雪ー?」

「にゃ~ん……」


 台所とリビングを繋ぐ出入口から、フラリとリビング側に入って来た小雪。

 そのままフラフラと歩いて来た小雪は俺の足下でピタリと止まり、その場で座り込む。


「んー、やっぱり少し元気がない気がするな」


 足下に居る小雪を両手で抱え上げてじっと顔を見てみる。だが人間ならともかく、猫の表情を見たところでなにがどう違うかなど俺には分からない。

 そのまま小雪を連れてソファーへと座り、太ももの上に小雪を座らせる。


「具合でも悪いのか?」

「うにゃ~ん……」


 そんなことを聞きながら小雪を撫でていると、いつもより弱々しい返事を返してきた。

 いや、別に小雪は返事をしたわけではないかもしれないけど、とりあえず俺の問いかけに答えたんだと思っておこう。


「ただいまー。お兄ちゃーん、帰って来てる?」

「リビングに居るぞー」


 小雪の身体を撫でながら、玄関から聞こえた明日香の呼びかけに答える。

 するとスリッパを履いてトタトタと歩いてくる音がリビングへと近づいて来た。


「お兄ちゃん、小雪は居る?」

「ああ、太ももの上に居るよ」

「そっか、良かった」


 安心したように小さく息を吐いたあと、明日香はランドセルをソファー横の床に置いてから俺の真正面のソファーに座った。


「小雪、大丈夫?」

「にゃ~ん……」


 その呼びかけに頭を上げて一声鳴くと、小雪はひょこっと身体を起こして俺から離れ、明日香の太ももの上へと飛び乗った。


「やっぱりちょっと元気がないかな?」

「そうだな、ちょっといつもとは違う気がするよな」


 やはり明日香も小雪の異変には気づいているようで、太ももの上に乗って元気なく丸まっている小雪を心配そうに見つめている。


「とりあえず、明日にでも動物病院に連れて行こう」

「うん」


 明日香は心配そうに小雪の頭を撫でながら小さく頷く。

 そして眠ってしまった小雪をソファーに寝かせてから、俺たちはいつもどおりの日常を送った――。




 その日の23時過ぎ。夕食を済ませてお風呂に入ったあと、自室にある机の一角を根城に変えてすやすやと眠っているサクラの横で、俺はパソコンを使って調べ物をしていた。


「ほほう……」


 パソコン画面に表示されている記事を読みながら、俺は小さく頷いていた。なんの記事を見ているかと言うと、猫の異変や病気について。

 こうして見ていると猫の病気についての書き込みは多く、内容も知らなかったことばかり。その中でも特に目を引いたのが、猫風邪というものだ。

 俺は風邪ってのは人間だけがかかる病気だと思っていたが、書き込まれた記事でその猫風邪の症状を見ていると、くしゃみ、鼻水など、人間の風邪と変わらないような症状を見せるらしい。

 今のところ小雪には見られない症状だけど、猫風邪の潜伏期間などを考えると一応気をつけておくべきだろう。


「とりあえずメモっておくか」


 もしもの時のためにと、検索した内容から一つの内容をメモ帳に書き写し始める。


「――お兄ちゃん、起きてる?」


 一通り検索した内容をメモ帳に書き終え、そろそろ日課のギャルゲータイムへと移行しようかと思った24時前。

 コンコンと部屋の扉を叩く音がしたあとに、明日香の元気のない声音こわねが聞こえてきた。


「起きてるよ、どうかしたのか?」


 ゲームを起動させようとしていた手を止め、扉の方を見てそう答える。

 するとガチャっと音を立てて扉が小さく開き、明日香が扉の隙間からちょこっとこちらを覗き込んで遠慮がちに部屋へと入って来た。


「お兄ちゃん、小雪の様子がおかしいの」

「小雪の様子が? 分かった。ちょっと見に行ってみるよ」


 とりあえずどのように様子がおかしいかを見てみないといけないので、俺は急いでリビングへと下りて行った。

 小雪はいつもリビングを根城にしているので、そこに小雪専用の寝床を作っている。

 俺は急いで小雪が居るであろう寝床を覗いてみたが、そこに小雪の姿はなかった。


「あれ? 明日香、小雪はどこなんだ?」

「えっ? おかしいなあ、さっきまではここに居たのに」


 2人であちこちを見回していると、台所の方からチリーンと鈴の高い音色が聞こえてきた。それは間違いなく、小雪の首輪についている鈴の音だ。

 その音を聞いて台所へ向かうと、そこにはフローリングの床にベッタリと寝そべる小雪の姿があった。


「こんなところでなにやってんだ?」

「にゃ~ん……」


 そう言って小雪の身体に触れた時、俺はその異状に気づいた。


「身体が熱いな」

「本当だ。凄く熱い」


 明日香も小雪の身体にそっと触れ、その異状を確認する。

 寒さには弱い方であるはずの猫が、冬の冷たくなったフローリングにベッタリと寝そべるなんておかしいとは思ったけど、この身体の熱さを冷ますためにそんなことをしてたんだろう。

 とりあえず他に目に見える異常はないかと小雪を観察していると、今度は短い間隔でくしゃみを始めた。


「お、お兄ちゃん、小雪どうしちゃったの?」


 突然出始めた小雪の異状に対し、明日香が凄く不安げで心配そうな声でそう尋ねてくる。正直、俺は獣医ではないので小雪にどんな異状が起こっているかなど分からない。

 だけど先ほどまでネットで見ていた記事の内容などを考えると、おそらく猫風邪ではないかと思える。

 猫風邪の潜伏期間もネットで見た限り、2日から10日くらいの間と書いてあったし、小雪の様子が少しおかしいと思い始めた期間から考えると、十分にその可能性はあるだろう。


「多分だけど、猫風邪にかかってるんだと思う」

「小雪は大丈夫なの?」


 明日香は更に不安げな表情を強くしながら俺を見てくる。

 はっきり言って楽観視はできないと思う。人間社会では風邪は治らない病気ではないけど、猫風邪は相当に治り辛いものと載っていたからな。


「とりあえず病院に連れて行こう。なるべく早めに対処しておいた方がいいだろうからな」

「で、でも、こんな時間に病院が開いてるの?」


 明日香がそう言うのも分かる。時間は既に24時を過ぎているし、普通の動物病院は既に閉まっているだろう。だけど俺はこんな時のために調べ物をしていたんだ。


「大丈夫だ。今から病院に小雪を連れて行って来る」

「わ、私も行く!」


 本来なら時間も遅いし、家で待っててもらう方がいいとは思うが、家に明日香だけを残して行くのもそれはそれで不安だ。俺は止む無く明日香の要望を受け入れ、急いでタクシーを呼んでから出かける準備を済ませて小雪を連れて行く用意をする。

 そして準備を済ませてから玄関で明日香と小雪を待たせ、外でタクシーが来るのを待った。外はさすがに冷え込みが厳しく、油断していると今度は俺まで風邪をひきかねない感じだ。

 そんな外の寒さに身を震わせていると、遠くで車のライトが光っているのが見え、その光を放つ車がこちらへと向かって来るのが見えた。

 やって来ていたのがタクシーであることを確認した俺は、玄関で待っている明日香に声をかけてから自宅前に止まったタクシーに急いで乗り込む。

 そしてタクシーで20分ほどの救急診察外来をやっている動物病院へと向かい、そこで小雪を診てもらった。

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