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幼馴染に会いに行きました。

 色々なことを考えながら眠れない夜を過ごし、ついにはそのまま朝を迎えてしまった。カーテン越しに見えるその明るさは、外が晴れ渡っていることを表している。

 深夜にサクラからアドバイスを受けたとはいえ、やはりどうすればいいのかという答えは出ていない。

 しかし今の俺にできることは、琴美に直接事の真相とその理由を聞いてみることくらいだろう。

 とりあえずベッドから起き上がり、朝食の用意をするために一階へと下りて行く。

 今日は休日だからか、まだ明日香は寝ているようで、家の中はシーンと静まり返っている。聞こえてくる音といえば、外から聞こえるすずめのチュンチュンというさえずりくらい。

 台所にある冷蔵庫から麦茶を取り出してコップへと注ぎ、それをグイッと飲み干してからなにを作ろうかと再び冷蔵庫の中を覗き込むが、ちょうど買い置きの物がなくなってきているせいか、冷蔵庫の中に大した材料は残っていなかった。


「少し買い出しに行かないとな」


 俺は残っていた卵と数枚のベーコンを取り出して朝食を作り始めた。

 フライパンをガスコンロの上に載せて中火で軽く温め、その上にベーコンを投入する。

 するとベーコンから染み出した油がパチパチと音を立て、少しずつ縮んでいく。

 片面が程よく焼けたところでひっくり返し、そのままベーコンの上に割った卵の中身を落とす。


「――おはよ~う、お兄ちゃん」


 焼けていく卵の黄身が徐々に固まってきていた時、明日香が眠そうに目を擦りながら台所へと入って来た。


「おはよう、もうすぐ朝食ができるから顔を洗っておいで」

「うん」


 小さな欠伸を出したあと、明日香は一言そう返事をして洗面所へと向かって行った。


「にゃ~ん」


 いつの間にか足下に来ていた小雪が、俺の足にじゃれつきだした。作っている料理の匂いに誘われて来たのだろう。


「ちょっと待っててな、これが焼けたらすぐに餌の用意をするから」

「にゃ~」


 そう言うと小雪はそのまま大人しくその場に座り、尻尾を左右に振りながら餌が出てくるのを待っていた。ホントに聞き分けの良い猫で助かる。


「――お待たせ小雪、たくさん食べな」

「にゃ~ん」


 焼きあがったベーコンエッグを皿に乗せた俺は、そのまますぐに小雪の餌皿へいつものキャットフードを入れてあげた。

 すると小雪は俺の方を見上げ、まるでお礼でも言うかのように一鳴きしてから餌を食べ始める。

 美味しそうに餌を食べている姿を横目に見つつ、リビングのテーブルまでベーコンエッグの乗った皿を運んで行く。

 ご飯は炊くのが面倒だったので、昨日の余りを電子レンジでチンしたやつだ。


「おまたせ明日香」

「ありがとう、お兄ちゃん」


 顔を洗ってさっぱりとした様子の明日香が、既にリビングのソファーに腰を掛けて待っていた。

 俺は持って来た皿を丁寧に木製のテーブルへと置いていく。


「明日香、インスタントになるけど味噌汁はいるか?」

「うん、欲しい」

「じゃあ作ってくるから先に食べてていいぞ」

「ありがとね、お兄ちゃん」


 台所に戻って引き出しにあるインスタント味噌汁を取り出す。

 親が小さい頃のインスタント味噌汁は種類も少なく、具などワカメ以外はほぼ入っていないような物が多かったらしいが、最近では減塩だの具だくさんだのと、それこそ様々な種類の味噌汁がある。人類の物に対する発想やひらめきというのは、実に凄いものだと感じてしまう。

 小さなお椀にインスタント味噌汁を入れ、そこに熱いお湯を注いでから一つずつリビングへと持って行く。途中で転んだりしたら危ないからな。

 それから2人でいつものように朝食を摂り、食べ終わってから片づけをしたあと、俺は明日香が由梨ちゃんの所へ行くのを見送ってから外出するために着替えを始めた。


「――涼太くん、どこかにお出かけするの?」

「ああ、ちょっと琴美の家まで」

「そっか」


 サクラは一言そう言うと、なにやら満足げにウンウンと首を縦に振っていた。


「そういえば最近は明日香について行って見守りをしてないみたいだけど、大丈夫なのか?」

「そのへんは大丈夫だよ。前の失敗を活かして、今は別の形での見守りをしているから」

「そっか、まあよろしく頼むよ」

「あれれ? 『本当に大丈夫なのか?』とか聞かないの?」


 サクラがなんとも意外そうな表情でそう聞いてくる。

 確かに普段の素行の軽さから不安な気持ちが出てしまうこともあるけど、サクラの明日香を思う気持ちに嘘はないと思っているし、実際サクラは明日香をとても可愛がってくれているから、きっと大丈夫だと思う。


「ああ、聞かないよ。サクラを信じてるからな」

「涼太くん……うん! 任せておいてよ!」


 サクラは少し嬉しそうにしながらドンッと胸を叩いて見せた。その姿はなんとも頼もしく、自信に満ち溢れている。


「おう、任せたよサクラ。じゃあ行って来る」

「頑張れ! 涼太くん!」

「おう!」


 着替え終わった俺はサクラの声援を受けて家をあとにした。時刻は午前10時を少し過ぎたところ。

 少し涼しい風が吹いている外をゆっくりと歩きながら、俺は琴美の家へと向かって行く。

 俺の家と琴美の家は距離的にそう離れていない。現にこうしてゆっくり歩いているのに、もう琴美の家が視界に入ってきている。

 そして琴美の自宅前へと辿り着いた俺は、玄関のチャイムを目指して足を進めようとした。


「…………」


 しかしいざ玄関の方へ進もうとすると、俺の足はまるで重いかせでもつけられているかのように動かなくなった。

 俺はかつてない程に緊張していた。そりゃそうだ……いくら幼馴染とはいえ、もうずっと長い間この家を訪ねたことはなかったのだから。

 言ってみれば、どの面下げて行けばいいんだろうか――と言った感じなわけだ。


「――あれ? 涼太くん?」


 琴美の家の前で色々と悩んでいると、突然左側から涼やかな声がかけられた。

 俺はビックリしながらもその声がした方に視線をやる。


「やっぱり涼太くんだ! 久しぶりだねー!」


 そこには黒のスーツを身にまとった琴音ことねさん――つまり琴美のお母さんの姿があった。


「お、お久しぶりです」


 俺は琴音さんを見てから慌ててお辞儀をする。

 すると琴音さんはにこにこしながら近づいて来て、俺の頭の上に手を乗せてポンポンとしながら再び話を始めた。


「本当に久しぶりね。確か最後に会ったのは……中学生二年生の進路相談の時だったかな? いやー、本当に大きくなったね」

「そ、そうですかね?」


 確かに琴音さんと最後に会ったのは進路相談の時だったと思うが、あの時からそう大して時間は経っていない。だから大きくなったねと言われるほどの成長はしていないと思う。


「うんうん、なかなか男らしくなってるじゃない」


 そう言ってペタペタと上半身のあちこちを触る琴音さん。こういうところは相変わらずみたいだ。


「ところで今日はどうしたの? うちの前でぼーっとしちゃって」

「あ、いや、あの……琴美――じゃなくて、琴美さんに用事があって」


 俺はたどたどしくもそう答えた。久しぶりだからか妙に緊張してしまう。


「あれっ? 涼太くんて今は琴美のことを“琴美さん”て呼んでるの?」

「えっ?」

「確か昔は琴美って呼んでなかったっけ?」

「いやまあ、確かにそうですけど……」


 確かに小さい頃は琴音さんの前でもそう呼んでいたけど、さすがに長い間まともな交流がなかった相手の母親を目の前にして、その娘の名前を呼び捨てにできるほどの度胸はない。


「まあいっか。で、琴美に用事らしいけど、今は居ないと思うよ?」

「どこかに出かけてるんですか?」

「うん、確か図書館に行くとか言ってたわね」

「そうだったんですね。じゃあ、図書館に行ってみます」


 琴音さんにペコリと軽くお辞儀をし、図書館へ向かうためにきびすを返した。


「涼太くん」


 ほんの少し歩いたところで名前が呼ばれ、俺は何事かと琴音さんの方を振り返った。


「涼太くん、私たちが引越しするってことは知ってるよね?」

「はい、昨日妹からその話を聞きました」

「えっ!? 琴美から聞いたんじゃないの?」

「はい、琴美さんからはなにも……」

「まったくもう……ちゃんと直接言いなさいって言っておいたのに」


 なにやら驚きながらもブツブツと呟いている琴音さん。

 そしてしばらくブツブツとなにかを呟いたあと、はあっ……と息を吐き出してから琴音さんは俺を再び見据えてきた。


「ねえ、涼太くん。琴美が居なくなったら寂しい?」

「えっ?」


 突然の思いがけない質問に、俺はかなり動揺した。そんな俺を琴音さんは至って真面目な表情で見つめている。

 普段ならこういう時は口ごもってなにも言えなくなるか、それなりに無難な回答を提示してその場を逃れようとするが、今回ばかりはそんな気は毛ほども起きなかった。


「はい、俺は琴美に居なくなって欲しくありません」


 琴音さんの顔をしっかりと見ながらはっきりとそう答えた。


「うん、やっぱりその呼び方がしっくりくるね」

「あっ! いや、その……」

「涼太くん。小さな頃と今の関係性が変わったとしても、琴美と涼太くんが幼馴染だったことは変わらない。あの子は今でも、そのことを大事にしている。そのことを忘れないでね」

「はい」

「うん、いい返事。引き止めて悪かったわね、いってらっしゃい!」

「ありがとうございます」


 会って話したからと言って、なにができるわけでもないと思う。けどそれでも、なにかができるかもしれない――という気持ちがまったくないわけでもなかった。

 俺は琴美と会うために図書館へと向かって歩き始める。

 どうなるか分からない未来に立ち向かうため、自分の望む未来に近づけるために。

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