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妹から話を聞きました。

 楽しかった夏休みも終わり、二学期が始まってそろそろ1週間が経つ。

 夏の暑さがまだまだ続く外では、燦々《さんさん》と輝く太陽がその光の下に居るものすべてを容赦なく熱している。

 その熱気は外だけに留まらず、こうやって室内で授業を受けている俺たちにも色濃い影響をもたらしていた。勉強するのは別に苦ではないけど、この暑い環境での授業というのは正直辛いんだよな。

 教室にあるエアコンは滅多なことでは稼働しないと聞いていたとおり、入学してからまだ5ヶ月ほどではあるが、一度もこのエアコンが稼動しているのを見たことがない。

 いくらエコロジーを叫んでいるご時世とはいえ、こういう時にエアコンを使わないなんて、ただの宝の持ち腐れとしか思えないんだよな。


「明日香、大丈夫かな」


 開け放った窓の外へと視線を向け、誰にも聞こえないような小さな声でぽつりとそう言葉を漏らす。

 夏休み前に3週間だけしか学校に行ってない明日香にとっては、これからが学校生活の本番と言ってもいいだろう。

 この1週間は特に何事もなく過ごせているようだが、やはりそれでも心配にはなる。まあ学校には由梨ちゃんも居るわけだし、過剰に心配する必要はないだろうけどさ。

 外に向けた視線を黒板へと戻し、再び先生の言葉に耳を傾ける。

 そしてふと視線を黒板の中心の上部、そこに設置されている丸型の壁掛けアナログ時計へ向けると、あと5分で授業が終わることを指し示していた。

 小学生の頃から思っていたけど、授業中の残り10分とか5分ってのは、認識してしまうとどうしてこうも長く感じてしまうんだろうか。

 俺はそんなことを思いながら、アナログ時計の秒針が進んでいくのをじっと見つめていた――。




「涼くん、ちょっといいかな?」


 授業も終わって10分間の小休憩に入った時、椅子に座ったままウーンと背伸びをしていた俺のところに琴美がやって来た。


「えっ!? あっ、ああ、どうしたの?」


 不意に琴美から声をかけられて動揺してしまい、それを取りつくろうかのようにしてコホンと咳払いをして平静を装う。


「えっと、あの…………」


 いったいどうしたのだろうかと身構えていたが、琴美はなにやらごにょごにょと口ごもったまま、視線をあちこちに泳がせていた。


「どうしたの?」

「えっ!? えっとあの……今日はいい天気だよね」

「えっ? まあ、そうだね」


 確かにいい天気ではあるけど、いい天気過ぎて暑過ぎるくらいだ。俺としては少し曇ってくれてもいいと思う。


「えっと……さっきの授業、難しかったよね」

「うーん、確かに難しかったけど、さっきの授業は琴美の得意分野じゃなかった?」

「えっ? そ、そうだったね……」


 どうも琴美の様子がおかしい。多分誰が見たっておかしいと思うだろう。

 そのおかしな態度を見ていれば、なにか言いたいことがあるのだろうということくらいは察しがつく。

 そういえば小さな頃の琴美も、なにか言い辛いことがあるとこんな風に口ごもっていた気がする。


「なにか言い辛いこと?」

「あうっ……」


 どうやら図星だったらしく、琴美は“なんで分かったんだろう”――と言った感じの驚いた表情をしていた。

 昔から琴美は、思っていることや感情が表情に出やすかったからな。まあそうは言っても、小学校に上がってしばらくしてからはまともに遊んだりもしてなかったから、そのへんは変わったのかもしれないと思っていたけど……どうやらそのあたりも昔のままだったみたいだ。


「じ、実はね――あっ……」


 ようやく決心がついたのだろうけど、琴美がなにかを話そうとした瞬間、次の授業が始まるチャイムが学園内に鳴り響いた。


「あの……ごめんね。やっぱりなんでもないから」


 琴美はそう言うと、しゅんとしながら自分の席へと戻って行く。

 なにを言いたかったのかは気になるところだけど、そろそろ先生も来るし、話を聞くのはあとからでもできるだろうと、この時はそう思っていた。

 だけどそのあとはなぜか妙にタイミングが合わず、琴美と話す機会を作ることはできなかった。


× × × ×


 その日の夕刻、学園から帰ってリビングのソファーでのんびりとしていた俺は、思わぬ形で琴美が言いたかったであろうことを知ることになった。


「それって本当か!?」

「う、うん、間違いないよ。だって琴美お姉ちゃんから直接聞いたんだもん」


 明日香からもたらされた話を聞き、俺は愕然がくぜんとする。

 その内容とは、琴美が引越しをする――というものだった。


「そんな…………」

「お兄ちゃん、琴美お姉ちゃんからなにも聞いてないの?」

「あ、ああ。聞いてない」


 どうやら明日香の話を聞く限り、夏休みに入って間もなく引越しは決まっていたらしい。


「明日香、琴美が引っ越す日はいつなのか聞いてるか?」

「えっと……確か9月いっぱいまでこっちに居るって言ってたから、10月には引っ越すんじゃないかな?」


 マジかよ……てことはもう、3週間も経たないうちに引っ越すってことじゃないか。


「どうして言ってくれなかったんだ……」


 そんなことを思わず呟いてしまったが、冷静に考えれば琴美が俺に引っ越すことをあらかじめ言う必要はない。

 幼馴染とは言え、それも肩書きだけのようなものだし、幼馴染としての交流なんて小学校に入って以降はほぼなかったようなものなんだから。


「せっかく仲良くなれたのにお別れだなんて……」


 どういう経緯があったからかは分からないが、琴美と明日香は結構仲良しになっていた。いつの間にか明日香は、琴美を“琴美お姉ちゃん”と呼ぶようになっていたしな。

 明日香からもたらされた情報を聞いた俺は、まるで魂が抜けたように茫然自失になり、夜になってベッドに入ったあともまったく寝つけないでいた。

 琴美がこの街から居なくなる……それは高確率で今生こんじょうの別れとなる可能性が高い。

 そんなことを考えていると更に心がざわつき、眠るどころではなくなってくる。

 なんとかできないものかと考えてみるが、そもそも引越しの理由すら知らない俺にその方法を考えつくわけもない。仮にそれを知ったとしても、高校生の俺にはどうしようもないだろう。


「――涼太くん、どうかしたの? 溜息なんてついて」


 何度目になるか分からない溜息を吐いた時、どこからか戻って来たサクラがそう聞いてきた。

 ちょうど良いと機会だと思い、俺はベッドから上半身を起こして心の中のモヤモヤした感覚一つ一つをサクラに話してみた。


「――なるほどね、そんなことがあったんだ」

「ああ。なあサクラ、俺はどうしたらいいと思う?」

「そんなこと、私に分かるはずないじゃない」


 サクラは俺の問いかけにあっさりとそう答えた。しかしその言葉に冷たさは一切感じない。


「涼太くん自身が分からないことが、私に分かるはずないもん。それに涼太くんがなにもしていないのに、どうにかなるわけがないじゃない?」

「うっ……」


 正論中の正論。痛い所を突かれた俺は、ぐうの音も出なくなってしまう。


「個人がやれることなんて限られてるじゃない? 自分がなにをしたいのか、どうしたいのか、どうなってほしいのか。涼太くんは琴美ちゃんに引っ越してほしくないんでしょ?」


 気まずく思いながらも、サクラの言葉に小さく頷いた。

 いつものおちゃらけたサクラとは違い、発する言葉が妙に重みを持っている気がする。


「だったら足掻いてみたら? 自分が望むようにするには、なにかをしてみるしかないんだから」


 サクラは至って真剣に言葉をつむいでいく。

 その様はまるで、弟を気にかけるお姉さん――と言った感じの印象を受けた。


「結局人は自分のために行動を起こして、それが結果として他人のためになってるってことがほとんどなの。もちろん逆の場合もあるけどね。ただ人って、ほとんどは自分のためにしか動けない生き物だってことは事実だと思うの。でもそれは、決して悪いことじゃない。だって人生の主役は、みんな誰でも自分なんだもの。自分が幸せであるようにしたいと思うのは当然だと思う。だから私が言いたいのは、自分が幸せであるために最善を尽くせ――ってことかな」


 いつもと雰囲気の違うサクラの言葉に妙に納得させられる。

 確かに人は、すべからく自分のためにしか動いていない生き物だと思う。他人のために動くとは言っても、それも結局は自分の自尊心や満足感などを得るため。行き着くところは自身のためなのだと。

 今回の場合もそうだ。俺は琴美とお別れしたくない。

 だけど琴美が引越しについてどう思っているかが分からない以上、俺がどんな行動を起こしたとしても結局は自分のための行動になる。

 だけどサクラの言葉を聞いて決心はついた。このままモヤモヤとしているくらいなら、とりあえずなにかをしてみようと。

 完全な自己満足にしかならないとしても、やるだけのことをやったのなら、きっとそれなりに納得がいくはずだから。


「ありがとな、サクラ。ちょっと気分がすっきりしたよ」

「私はお姉さんだからね。涼太くんももっと私を頼ってくれていいんだよ?」


 さっきの真面目さはどこへやら、サクラはいつものようにおちゃらけた感じで擦り寄って来る。


「はいはい、頼りにさせてもらうよ。サクラお姉さん」


 そんなサクラのノリに乗ってそう答えると、サクラは満足そうにウンウンと頷いていた。

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