妹たちとキャンプに行きました。
夏休みも残すところ数日で終わりを迎える頃、俺たちは地元から少し離れたキャンプ場へと来ていた。
「わあー、結構広いキャンプ場だね」
空には澄渡る青色と、大きな入道雲の白が見える。まさに夏の代表的な空模様と言えるだろう。
そんな中、目の前に広がるキャンプ場の敷地を見渡しながら目を輝かせているのは、幼馴染の姫野琴美。俺が密かに想いを寄せている相手だ。
「お兄ちゃん、琴美さん、早く早くー!」
活き活きとした笑顔で元気良く俺と琴美を手招きしているのは、妹の明日香。明日香は由梨ちゃんと手を繋ぎ、本当に楽しそうにしている。
そしてそのすぐ近くには、同じクラスの男子が2人。予定では女子4名、男子6名でのキャンプになるはずだったのだけど、他の子たちは用事ができてしまったとのことで、結果として女子2名、男子2名に引率が俺と琴美ということになった。
本来は琴美も来る予定ではなかったんだけどな。
ではなぜ琴美がこのキャンプに参加することになったのかと言うと、それはだいぶ前に俺が熱中症と風邪で寝込んだ際に、琴美が面倒を見てくれた時の話になる。
あの時、明日香が琴美に『料理を教えてほしい』と言って2人で料理を作っていたのだが、その時に明日香が事情を話し、琴美にも保護者の1人としてキャンプについて来てほしいと頼んでいたらしい。
そして俺がこの出来事を知ったのは、つい先日のこと。
明日香が琴美にそのことを頼んだ時にはまだ予定人数でのキャンプになるはずだったので、保護者として同行する俺が大変だろうと思い琴美に応援を要請したらしい。兄の苦労を考えてそこまで気を回すとは、なんとできた妹だろうか。
琴美が居るというのが俺にとって最大の緊張要素ではあるが、同時に嬉しくも感じていた。
明日香と出会う前の俺なら、きっと琴美との接触を避けていただろう。まあそれ以前に、明日香が居なければこんな話にすらなっていなかったと思うけどな。
俺がこうして琴美に対する想いに少しだけ素直になれたのも、きっと明日香のおかげなんだと思う。
「行こう、涼くん」
「お、おう」
琴美に手を引っ張られながら、俺は明日香たちのもとへと向かう。
「お兄ちゃん、今日はどこにテントを張るの?」
「明日香、楽しみなのは分かるけど、まずはお店で昼食を摂ってからな」
「は~い」
「ふふっ、明日香ちゃん可愛い」
ちょっと残念そうな表情をする明日香を、微笑ましい笑顔で見る由梨ちゃん。本当に仲の良いコンビだ。
「よし、じゃあお店まで行こうか」
俺は全員の先頭に立って敷地内にある食事処へと歩き始める。
このキャンプ場は小さな頃に両親と何度か来たことがある場所だが、中学生以降は一度も来ていない。そのせいか見覚えのない施設も多くなっていたから、事前にこのキャンプ場の情報をパソコンで調べておいて本当に良かったとつくづく思う。
パソコンでこのキャンプ場の地図を見て驚いたのだが、数年前のキャンプブームなどの影響があったせいか、だいぶキャンプ場は拡張されていて、キャンプ初心者から上級者まで様々な人たちが楽しめるようにと、かなり配慮された作りに変わっている。
キャンプに来ている他の人たちに時折視線を向けながら進み、ほどなくして俺たちは敷地内に一つだけあるファミレスへと着いた。
「――由梨ちゃん、これはね、こうやるとジュースが出てくるの。何杯でもおかわりしていいからね」
「凄い……でも、何回もおかわりして大丈夫なのかな?」
敷地内にあるファミレスに入って一息ついていると、俺たちが座っているボックス席の近くにあるフリードリンクコーナーで、明日香がファミレス初体験の由梨ちゃんに向かって楽しそうに説明をしていた。
その説明を受けている由梨ちゃんの反応が初めてファミレスに訪れた時の明日香と被って見え、凄く懐かしく感じてしまう。
ファミレスでは明日香たち同級生組みで一つのボックス席に、そして俺と琴美の2人で近くのボックス席に座りのんびりと休憩をしていた。
「明日香ちゃんと由梨ちゃん、可愛いね」
俺と同じように明日香と由梨ちゃんのやり取りを見ていた琴美が、にこっと微笑みながらそう言ってくる。
「そうだな」
素直に答える俺の反応を見て、琴美はもっとにこやかな笑顔を浮かべる。なんだか気恥ずかしいな。
「あっ、そう言えば今回は明日香が無理を言ってごめんな」
「引率のこと? そんなこと気にしないで、私も楽しみにしてたんだから」
「そ、そっか……それなら良かったよ」
琴美がこう言うんだから、きっと本当にそうなんだろう。
だけどそんな好意に溢れた言葉を聞いていると、俺は変な期待を抱いてしまいそうになる。その言葉が絶対に違う意味だと分かっていたとしても……。
そして仲良くお喋りをしている4人を見守りつつ、1時間ほどをファミレスの中で過ごした。
× × × ×
「結構種類があるもんだな」
「これだけあると目移りしちゃうね、涼くん」
ファミレスを出てから今日テントを張る予定の場所に行く前に、俺たちは貸し出し用のテントが置いてある場所へと来ていた。
俺が小さな頃は至ってシンプルなピラミッド形のテントしかなかったのに、今は様々な形や柄のテントが貸し出されている。
男女に分かれてテントの写真や大きさの詳細が載ったファイルを見ながら、どれにするかをそれぞれ選んでいく。
「あっ、これ可愛い~」
明日香が声を上げて指差していた場所を上から覗き見ると、そこには草原の中に佇む羊の写真がプリントされたテントがあった。
「ホントだ、可愛い~」
それを見た由梨ちゃんも同調して声を上げる。
確かに可愛いかもしれないが、これだと芝生なんかで使うと色々紛らわしそうだよな。使われている羊のイラストがリアル写真なだけに、絶対に見間違いをする人が出そうだ。
色々と迷っている明日香たちとは違い、男子2人組みは既にどのテントにするかを決めていた。
男子2人が選んだテントはいかにもこの年頃の男子が好みそうなもので、ハンモックテントと言うらしい。今では宙にテントを張ることができるんだから、現代技術の発達っての凄いもんだよな。
かく言う俺も、このハンモックテントにはかなり興味をそそられていた。まるでガキの頃に作っていた秘密基地を思わせるからだ。
しかしまあ、そんなことを考えてワクワクしている俺もまだまだお子様だと言うことなのだろうか。
間もなくして明日香たちも本日使うテントが決まったようで、それぞれにテントの部品を持ってキャンプ場へと移動を始める。
ちなみに明日香たちが選んだテントは、最初に気に入っていた羊の写真がプリントされたテントだ。
そして今日使うテントを選び終えた俺たちは、早速テントを張る場所へと移動してから準備を始めた。
「――よし明日香、そのハンマーでゆっくり丁寧にこの杭を地面に打ち込むんだ」
「うん!」
本来なら俺がしてやった方が早いのだろうけど、せっかくのキャンプ体験なのだから、危なくない範囲で明日香たちに色々なことをやらせることにした。
カンッ! カンッ! と、リズム良くハンマーを杭に打ちつける音が周囲に響く。初めてにしては上出来な動きだ。
そんな明日香の様子を見ながら、由梨ちゃんも同じように別の場所の杭をハンマーで地面に打ちつけていく。
由梨ちゃんの横では琴美がしっかりと様子を見てくれていた。
「「――できたー!」」
出来上がったテントを見て明日香と由梨ちゃんが、ほぼ同時に声を上げる。
そして完成したテントの中へ2人は嬉しそうにしながら荷物を持って入って行った。
「やれやれ……琴美、2人のこと頼むよ。俺は男子用のテントを張って来るから」
「了解だよ、涼くん」
そう言って俺は女子のテントが張られている場所から少しだけ離れた場所にある森へと入り、ハンモックテントの設置に取り掛かる。
さすがにこのタイプのテントを張るのは初めてなので、テント張りを教えてくれる係員さんの指示と手助けを受け、なんとかハンモックテントを張ることができた。
このハンモックテント、六角形の中央部分から頂角が20度くらいの二等辺三角形が、等間隔で三つついているような感じのテントになっている。
中央の六角形部分は集団で談話などができる場所になっていて、眠たくなったら個室になっている二等辺三角形部分に移動して寝ることができるという構造だ。
まるで子供の頃に夢見た、秘密基地を彷彿とさせる構造にかなりワクワクしてしまう。
そして一通りの準備を終えたあと、俺たちはキャンプ場にある遊べる水場へと向かった。
× × × ×
「川は浅くても危ない場所があるから気をつけるんだぞー?」
テントを張り終わった俺たちは、大事な荷物だけを持って敷地内にある渓流へと来ていた。
ここは一部の深くなっている場所に侵入防止用のロープが張られ、浅い場所での水遊びができるようになっている。
持って来た荷物を川辺の近くに置き、明日香たち4人はさっそく水遊びを始めていた。
「「「「ハーイ!」」」」
俺の言葉に元気良く返事をする4人。
とりあえずその様子を見守りながら、手に持っていたペットボトルへ口をつける。
「あっ、琴美も一緒に遊んで来ていいよ?」
「ううん、私もここで涼くんと一緒に見てるよ」
「そ、そっか……」
にこやかにそんなことを言いながら、俺のすぐ隣に座る琴美。こんな風にされると、思わず勘違いを起こしてしまいそうになる。
そんなことを思いつつ、渓流で楽しそうに水をかけあったりして遊ぶ明日香たちを見ていた。
そういえばこうやって明日香が友達と遊ぶ姿を見るのは、前に由梨ちゃんとプールで遊ぶのを見て以来だ。
まあその友達の中に男子が居るってのは未だにモヤモヤするけど、明日香は楽しそうにしている訳だし目を瞑るとしよう。それにこれは、明日香が順調に友達を増やせているという証拠でもあるしな。
「子供がこうやって遊んでる姿って可愛いよね」
にこにこしながら明日香たちが遊ぶ姿を微笑ましそうに見ている琴美。
「琴美って昔から子供好きだったもんな」
「うん、大好き!」
「琴美がお母さんになったら、旦那さんの3倍は子供を溺愛しそうだよな」
「えー!? そんなことないよ? ちゃんと旦那さんも同じくらい愛しちゃうよ?」
少し頬を膨らませているその表情が可愛らしくてたまらない。
こうしてキャンプに一緒来て琴美と話をするなんて想像もしてなかったけど、明日香が琴美を誘ってくれたことを心から感謝したいと思う。
「涼くんてさ、いいお父さんになりそうだよね」
「えっ? ど、どうして?」
「だって明日香ちゃんの面倒もちゃんと見てるし、みんなにも優しいし。明日香ちゃんに勉強も教えてあげてるんでしょ?」
「まあ、ある程度はね」
最近は前と違って明日香に勉強を教える機会は少なくなった。なにせ自分で勉強をする術を覚えてからは、余程のことがない限り自力で勉強を進めているからだ。
寂しくもあるけど、その成長ぶりは喜ぶべきだろう。
「それに見てたら分かるんだ。明日香ちゃんがとっても幸せだってことが。それはきっと涼くんが居るおかげなんだと思う」
「そうかな?」
「うん、絶対にそうだよ」
自信満々な感じでそう断言する琴美。その自信がどこからくるのか分からないが、それでも嬉しく思う。
でもそれは、言ってくれた人が琴美だからかもしれない。
「お兄ちゃーん! 琴美さーん! 一緒に遊ぼー!」
川のせせらぎの中で遊ぶ明日香が大きく両手を上げ、ブンブンとその両手を左右に振りながら俺たちを呼ぶ。
「やれやれ、行くか」
「可愛い妹のお願いだもんね」
ちょっと意地悪な笑みを浮かべながら、俺の顔を覗きこんでくる琴美。
「からかうなよ」
恥ずかしさから赤くなっているであろう顔を琴美から背け、荷物を少し移動させてから明日香たちの居る場所へと向かった。
靴を脱いで持って来ていたサンダルに履き替え、川の流れへと足を入れる。遊び場所の水深は相当に浅く、俺の足首ほどまでしかない。
しかし水深が浅い分、水の流れは速い。その流れの速さが足下を滑り抜けて行く水をより冷たく感じさせる。
「みんな、ちょっとそのまま遊んでてくれ」
俺は足に感じた水の冷たさでちょっと思い立ったことがあり、川から出てある物を購入するために早足でその場所へと向かった――。
「ただいまー」
「お兄ちゃんお帰り。わあっ、大きーい!」
戻って来た俺が抱えている物を見て、明日香が目を輝かせる。
「それを買いに行ってたんですね、お兄さん」
「そういうこと」
俺はビニール紐でくくられたスイカを持って川の中へと入る。
そして適当な大きさの石に紐の一部分を結び付けて重石にし、スイカが少しだけ頭を覗かせるくらいの深みがある場所に沈めた。
「遊んだあとのおやつにしような」
「さすが涼くんだね!」
琴美もスイカを食べれるのが嬉しいのか、親指を立てて俺へと向けてくる。
そして2時間ほど川遊びに興じたあとで川の流れに沈めていたスイカを取り上げ、広げたゴミ袋の上にスイカを置いてからスイカ割りを始めた。
「明日香ちゃん、もうちょっと右! そうそう!」
張り切って明日香をスイカのある位置まで誘導する由梨ちゃんたち。
ちなみにスイカを割るための棒は、森に落ちていた適当な太さと長さの木を拾って来て持たせている。
「よしっ! そこだ明日香!」
「え――――――――いっ!」
勢い良く振り下ろされた木の棒は、スイカの真上へと一直線に向かって行く。
そしてスイカの頂点に木の棒が当たると、ボコッ――という鈍い音を立ててその部分が少しだけ砕けた。
「やったー!」
振り下ろした木の棒がスイカに当たった手応えを感じたようで、明日香は興奮した様子で目隠しのタオルを取り、万歳をしながら喜んでいる。
「やったね明日香ちゃん!」
由梨ちゃんが大喜びしながら明日香に駆け寄って行く。
そして明日香は持っていた棒とタオルを地面に放りだし、由梨ちゃんと一緒に手を握り合って喜んでいた。よっぽど嬉しかったんだろう。
まあスイカ割りなんて初めての体験だろうし、これくらい楽しんでくれた方が準備した側としては嬉しいもんだ。
「よーし、じゃあ次は由梨ちゃんいってみようか!」
「はいっ!」
明日香が割ろうとしたスイカは上の部分が少し砕けただけで、完全に割れたわけではない。まだまだスイカ割りを楽しむには十分だ。
俺は明日香が使っていた棒を拾い上げ、由梨ちゃんに手渡した。
そして明日香は地面に落ちているタオルを拾うと荷物を置いている場所へと走り、その手荷物の中から新しいタオルを取り出してから由梨ちゃんへと手渡す。
「ありがとう、明日香ちゃん。ちょっとだけこれを持っててくれないかな?」
「うん」
タオルを受け取った由梨ちゃんは、目隠しをするために木の棒をいったん明日香へと預けた。由梨ちゃんは受け取ったタオルを自分でキュッと結んで目隠しをする。
そして準備が整うと、明日香は持っていた棒を由梨ちゃんの右手へと持たせた。
「ありがとう、明日香ちゃん」
そしてスイカ割りのスタート位置まで明日香が手を引っ張って誘導し、いよいよ由梨ちゃんのスイカ割りが始まる。
今回のスイカ割りでは、定番のスタート位置でぐるぐると回転させることはしていない。
ある程度安定した足場を選んでいるとはいえ、ゴツゴツした石などもそれなりにあるし、やはり危険はあるからな。なにより純粋にスイカ割りを楽しんでもらうだけなら、ぐるぐると回る必要はない。
「行くねっ!」
そう言って棒を前に構え、ゆっくりと進んで行く由梨ちゃん。
「由梨ちゃん、少し左だよっ! そう! 次はそのまま真っ直ぐ進んで!」
さっきとは違い、今度は明日香が一生懸命に由梨ちゃんをスイカの前へと誘導している。
そしてみんなの誘導が上手いおかげもあり、由梨ちゃんはほどなくしてスイカの前へと辿り着いた。
「由梨ちゃんそこよ! 思いっきり振り下ろしちゃえー!」
「分かったよ、明日香ちゃん! ええ――――――――いっ!」
大きく上へと振りかぶった腕を振り下ろした由梨ちゃんの棒は、綺麗な縦一文字を描いて目前のスイカへと命中する。
だが明日香と一緒で力が足りないせいか、スイカには当たったもののやはり上の部分が少し砕けただけだった。
「やった……当たったー!」
「由梨ちゃんすごーい!」
そう言って再び2人は手を取り合って喜び合う。
彼女たちにとってはスイカが綺麗に割れることよりも、とりあえず当たることが重要だったのだろう。それはそれでスイカ割りの楽しみ方だ。
そしてスイカを本格的に割る役目は、残り2名の男子に任されることになる。
最初に挑戦した男子である日比野くんは、スイカに当たりこそしたものの、少し当たる部分が横にずれたせいか完全に割るには至らなかった。
日比野くんはずいぶん悔しそうにしていたが、その気持ちは分かる。男ってのはこういうことにマジになる生き物だからな。
その悔しそうな日比野くんに『任せとけ!』と言って、もう1人の男子である宮下くんが棒を持ってスイカに挑む。
宮下くんはみんなの誘導を受けてスムーズにスイカの前まで行き、見事にスイカを割って見せた。
そして見事に割れた――と言うより、砕けたスイカをみんなで分け合って食べる。
日比野くんと宮下くんは器用にスイカの種を出していたが、明日香と由梨ちゃんはそうはいかないようで、だいぶ種出しに苦戦していた。
そう言えば明日香は、家でスイカを食べてる時もこんな感じだったな。
女の子2人のちょっと不器用な食べ方に、思わず笑みがこぼれてしまう。
「あーっ! お兄ちゃん笑ってる!」
「本当だ、お兄さんひどいですよー!」
「えっ?」
「もうっ! お兄ちゃんにはスイカあげないんだからね~」
「明日香ちゃんの言う通りです! お兄さんのスイカは没収で~す」
「えっ? ちょっ!?」
そんなことを言いながら、俺が持っていたスイカを奪って走り去って行く2人。
「ま、待てよ2人とも!」
「待たないもーん!」
「待たないでーす!」
俺は元気に逃げて去って行く2人を追いかける。
くそっ……日頃が運動不足だからか、逃げる明日香と由梨ちゃんにまったく追いつけない。我ながら情けないもんだ。
こうして川での水遊びとスイカ割りを楽しんだ俺たちは、いよいよキャンプのメインとも言える夕飯作りへと突入していった。
× × × ×
キャンプにおける楽しみというのは色々あるだろうけど、中でもみんなで一緒に作る料理というのは格別な楽しさと大変さがあると思う。
どうも最近のキャンプではバーベキューなどが主流らしいが、俺にとってのキャンプ料理と言えば、昔から変わらずカレーだ。
「明日香、俺は他の準備をしてくるから、由梨ちゃんと琴美と一緒に野菜の準備を頼むな」
「はーい!」
元気良く返事をし、野菜が入った袋を調理場へと持って行く。
俺は男子2人を連れてかまどで使うための薪を取りに行き、適当な量の薪を持ってから、薪割り場で小さめの手斧を使って薪をちょうどいい大きさに割っていく。
日比野くんと宮下くんは最初こそ上手く薪を割ることができなかったが、10分も経つ頃には慣れたようで、それなりに上手く薪を割りながら楽しんでいるようだ。こういうのもキャンプの醍醐味と言えるだろう。
しばらく2人が薪を割る姿を見守ったあと、割った薪をかまどの所まで運ぶのを2人に任せ、俺はご飯の準備をすることにした。
キャンプにおけるご飯作りは相当に神経を使う。失敗すれば今日の食事はカレーのルーだけ――なんてこともありえるからだ。それだけはなんとしても避けたい。
実際に小学校の頃に学校行事で行ったキャンプでこの惨劇は起きたことがあるんだが、あの時にご飯作りを担当していたやつのやっちまった感は半端ではなかっただろう。
「――よし、とりあえずこんなもんかな」
輪郭に丸みがあるアイマスクのような形の飯盒を二つ用意し、それぞれに二合分の研いだお米を入れて適量の水に浸す。
そしてまだ火の焚かれていないかまどの上の網に飯盒を置き、そのまま30分ほど放置。その間に明日香たちの様子を見に行ったり、日比野くんたちと一緒に他の具材の準備を進める。
そしてみんなで準備を始めてから1時間ほどが経った頃、ようやくカレーを作るための準備が整った。
琴美たちが切った野菜はきちんとした大きさで整えられていて、彼女たちの几帳面さが垣間見れる。
俺はみんなが見ている前で一つのかまどに薪を組み入れ、丁寧に火を点ける作業を開始した。
最近は火つけの際に便利なゲル状の着火材なんて物もあるが、もちろんそんな便利道具は使わない。最初っから便利な道具に頼るのは好きじゃないからな。
小さな枝を束にして新聞紙で巻いたものにライターで火を点け、それを薪を使って組んだ隙間へ突っ込む。
種火が小さめの薪に徐々に燃え移ると、かまどの上に取りつけられた網の網目から煙が立ちのぼってきた。
そして小さな薪へと燃え移った火は、周りにある大きな薪へと燃え移りながら少しずつ火力を増していく。
「――まっ、こんなもんかな」
「「「「「おーっ!」」」」」
ある程度火力が安定したところで立ち上がってそう言うと、全員から感嘆にも似た声と共に拍手をされる。
「涼くん凄いね!」
「昔はよくキャンプに行ってたからな。それを覚えてただけさ」
予想外に琴美に褒められ、俺はちょっと照れながらそう答える。
好きな女の子にこう言われるのは正直嬉しい。人生、なにがどういう風に幸いするか分からないもんだ。
「あ、あの、僕にもやり方を教えて下さい!」
「僕も!」
その様子を見ていた男子2人が、興味津々にそう申し出てくる。
「分かった。じゃあ隣のかまどにも火をつけるから、そっちは2人に任せるよ」
男子ってのはこういった作業をやりたがるもんなんだよな。俺も男だからよく分かる。
「とりあえず2人で火を点けてみて、俺は後ろで見てるから。明日香と由梨ちゃんはこっちのかまどでカレー作りを頼むね」
「「はーい!」」
「琴美、2人の面倒を見ながらカレー作りを頼める?」
「了解です!」
こうして担当を決め、いよいよカレー作りが始まる。
目の前ではかまどに薪を組み始める男子2人の姿。さっき俺がやるのを見ていたとはいえ、そう簡単にはいかないだろう。
明日香と由梨ちゃんは施設から借りてきた道具で楽しそうに玉ねぎを炒め始め、琴美はそんな2人をにこやかな表情で見守っている。
そしてなんとか薪を組み終えた男子2人が火をつけ始めてから約20分、ようやく薪に火を点けることに成功し、点いた火を前にして大喜びしていた。
それからかまどの火を前に大喜びをする男子2人に食器を用意してもらいつつ、調理の様子を見守ってもらうことにした。ある程度の準備が終わってしまえば、作り手以外はなにもすることがなくなる。黙って待つのも時には必要だ。
「――あっ!? 琴美さん、飯盒から水が吹きこぼれてますよ!」
「あっ、ほんとだ!」
明日香たちの様子を見ていた琴美が、慌てて軍手をつけてから飯盒に手を伸ばそうとする。
「琴美待って! 飯盒はそのままでいいから」
「えっ? そうなの?」
俺が発した声を聞いて、琴美の伸ばしていた手がピタッと止まる。
「うん。ご飯が上手く炊けるかは、ここからが勝負なんだよ」
飯盒の上に乗るサイズの石をあらかじめ用意していた俺は、それを蓋の上へゆっくりと乗せる。
「これでよし」
「へえ、そんな風にするんですね」
蓋の上に乗せられた石がカタカタと音を立てながら蒸気で押される様子を見て由梨ちゃんが感心する。
「お兄ちゃんは本当に物知りだよね」
「あはは、まあ伊達に昔キャンプをしてたわけじゃないからな」
妹のそんな賛美の声に少し照れてしまう。
俺は照れくささを誤魔化すように飯盒の置いてあるかまどの前に座り、火力の調整を始める。
しばらくして飯盒から蒸気が出なくなってきた頃、二つの飯盒をかまどから下ろして裏返しにし、そのまま15分から20分ほど蒸らす。
それからご飯が丁度いい感じで蒸しあがる頃に明日香たちにはカレーを仕上げてもらい、屋根つきの木製テーブルがある場所へと運んでもらう。
そして陽も落ち始めた18時半過ぎ、俺たちはみんなで晩御飯を食べ始めた。
「――美味しい!」
美味しそうに盛られたカレーをスプーンですくって口へと運んだ琴美がそう声を上げると、明日香と由梨ちゃんは嬉しそうに微笑んでいた。
「本当に美味いな、それにいつものカレーとなにか違う感じがする。まろやかと言うかなんと言うか……」
「お兄さん鋭いですね。実はこれが入ってるんです」
そう言って由梨ちゃんが見せたのはヨーグルトの容器だった。
「あー、それで少し風味が違うんだな」
そういえば明日香たちがカレーを作っている最中なにやらコソコソしていた時があったが、おそらくあの時に入れていたのだろう。それにしても、外でこうやって食べるカレーはいつもより更に美味しく感じるから不思議だ。
雰囲気のおかげもあるとは思うけど、自分たちで苦労して作った物をみんなでワイワイ騒ぎながら食べるから更に美味しいのかも知れない。
しばらく忘れていたこの感覚に、俺は少しだけ懐かしさを感じていた。
× × × ×
晩御飯を済ませてから後片づけをし、施設にあるシャワーで汗を流してからしばしの休憩をしたあと、俺たちは小高い丘に建てられた簡素な展望台へと来ていた。
夏とはいえ21時にもなるとさすがに辺りは真っ暗だ。
「あそこにある凄く明るい星が分かるかな? あれがこと座のベガって言うんだ」
空の暗闇に輝く星を指差しながら、俺は有名な夏の大三角について琴美を除く4人に説明をしていた。
「そしてベガの左斜め下にあるもう一つの明るい星が、はくちょう座のデネブ。そのずっと右の方にある明るい星がわし座のアルタイルで、この三つの星を線で結んだのが夏の大三角ってわけだ」
「「「「へえ~」」」」
琴美を除く4人が説明を聞いて空を見ながら声を上げる。
「ちなみにベガは七夕伝説のおりひめ星で、アルタイルはひこ星。そしてその二つの星の間に見えるたくさんの星が天の川なの」
俺の説明につけ加えるようにして、そう説明してくれる琴美。昔から天体については詳しかったからな。
「琴美さんもお兄さんと一緒で物知りですね」
由梨ちゃんが補足説明をしてくれた琴美に向かい、羨望の眼差しを送る。
「涼くんほどじゃないけどね。私は昔から星とかが好きだったから、いつもよく眺めて勉強している内に覚えちゃったの。だからこれだけは涼くんに負けない自信があるのよ?」
そう言って微笑みながら俺の方をチラッと見てくる。
「確かに天体なんかの知識では琴美に負けるだろうな」
俺の言葉に琴美は少し嬉しそうにしながら照れ笑いを浮かべていた。
「よし! じゃああとは天体に詳しい琴美先生にご説明をお任せするとしましょうかね」
「えっ? えー!? そ、そんなのないよ涼く~ん」
「これだけは俺に負けない自信があるんだろ? じゃあ大丈夫さ」
「もうっ、涼くんのいじわるっ」
少し膨れっ面を見せたあと、ブーブーと文句を言いながらも、琴美は様々な星について楽しそうに説明をしてくれた。
俺は明日香たちと一緒に琴美先生の天体講座にしばらく耳を傾けていた――。
「ねえ、ちょっといいかな?」
20分ほどで話も終わった頃、琴美が小声で俺に話しかけてきた。
「えっ? うん」
明日香たち4人は少し離れた位置で空を指差しながら話をしていた。
俺は琴美に手を引っ張られ、明日香たちとは真逆の位置に移動する。
「綺麗だよね、星」
琴美は俺の方を向くことなく、キラキラと星が輝く空を見てそう言う。
チラリと横に向けた視線の先に見える横顔。その表情はどこまでも穏やかに見え、そんな琴美の表情を見ているだけで、自分の心臓がドキドキと鼓動を速めていくのが分かる。
「あ、ああ……綺麗だよな」
いつまでもその顔を見ていたいところではあったけど、流石にそれは無理だった。そのまま見つめていたら、この心臓の音が琴美に聞こえるんじゃないかと思ったからだ。
「――ところでどうしたの? なにか話でもあった?」
星を見つめたまま一向になにも話さない琴美にそう声をかけた。
「……星ってさ、宇宙にあるずっと昔の光を私たちは見てるんだよね」
「そうだな、中にはもう星そのものがないのもあるだろうし」
「もしも遠い遠い別の星に私たちみたいな生命が居たとして、その星にこの地球の光が届く時にはもう、私たちは地球に居ないんだよね……」
「そうだな」
そう言うと琴美は少し寂しげに頭を下げた。さっき星の話を聞かせてくれていた時と違い、妙に声のトーンも小さい。
「私たちの命は本当に目の瞬きくらいの一瞬の出来事なんだよね」
「宇宙規模で考えるとそうだな」
「そうだよね。だとしたら、私の悩みなんかちっぽけなものかもしれない」
「……なにか悩んでるの?」
そう聞くと琴美はなにも言わずに再び空を見上げた。
俺は琴美からの返答を待ったが、しばらくしてもその答えが返ってくることはなかった。
「――あのさ、もしなにかを悩んでいるんだったら……俺でよければ相談に乗るからさ」
「ありがとう、涼くん」
沈黙していた琴美は俺の方を振り向き、いつもの優しげな微笑みを浮かべてそう言った。
「琴美さーん! ちょっといいですかー?」
後ろの方で由梨ちゃんが琴美を呼ぶ声がする。
「はーい! なにかなー?」
琴美は返事をしながら呼ばれた方へと向かう。
俺はと言えば先ほどの琴美の物言いが気になり、その場を動けないでいた。
でも明日香たちを前に再び楽しげに話をする琴美を遠目に見ていると、そんな俺の心配も杞憂なのかもしれないと思えてくる。
「お兄ちゃーん! お兄ちゃんも来てー」
今度は俺が明日香に呼ばれ、その呼びかけに手を振りながら応えて歩いて行く。
色々と分からないこともあるけど、今はこの時間を楽しもう。
こうして俺たちの楽しい夏のキャンプは、美しい星を見た思い出と共に過ぎ去って行った。




