妹を泣かせてしまいました。
夏休みもそろそろ半分を迎えようとしていた頃、俺は夕陽が沈みつつある街中を明日香を捜して走り回っていた。
今日の昼頃から街中を捜し回っているわけだが、以前とは違って今の明日香の行動範囲は分からないほどに広く、捜し回るにしても手掛かりもなく捜し出すのはほぼ不可能に近い。
それは俺にとって、砂漠に落とした指輪を探し出すくらいに難しいことと言える。
「くそう……暑いな」
陽が落ち始めたとはいえ、夏の暑さは収まる気配を感じさせない。今夜も寝苦しい夜になるだろう。
俺は地面へと流れ落ちる汗を、手に持ったままのハンカチで拭う。こうやって汗を拭くのは、今日でいったい何度目だろうか。
手に持つハンカチは今までの汗を吸い取っていて、既にその役目を果たせなくなってきている。
「ふうっ」
炎天下の中をずっと走り回っていたせいか、俺はかなりの疲れを感じていて、さすがに水分補給をしないとマズイと感じて近くにある公園へと向かった。
重くなった身体でフラフラと歩いて公園前に辿り着いた俺は、そこにある自動販売機で冷たい水を買って喉を潤す。
「あーっ！ 生き返るー！」
思わずそう口にするほど、冷たい水が身体の中に染み渡って行く。
俺は手にしたペットボトルの水をちびちびと飲みながら公園へと入り、その中央にある大きい木の下の水飲み場へと向かう。
水飲み場でハンカチを洗い、少し冷たくなったハンカチを首元へと当てる。そのハンカチから伝わる冷たい感覚が、火照った身体にとても心地よい。
それに大きな木の陰になる部分に居るおかげか、吹いてくる風も幾分か涼しく感じる。
「やっぱり俺が悪かったよな……」
自分の至らなさと幼稚さを反省し、途方に暮れる。
俺が明日香を捜し回っている理由、それは今朝のある出来事が原因だった。
× × × ×
今日の早朝。ラジオ体操へ行く為に早起きした明日香が元気に階段を下りて行く音を聞いて目を覚ました俺は、そのまま二度寝することなく水を飲む為に階段を下りて台所へと向かった。
今年の夏はまた一段と暑く、夜になってもその暑さは猛威を振るい続けていた。そのせいもあるのか、目覚めた時に飲む１杯の水はとても美味しく、シャキッと目覚めるにはこれが一番効果的だと思える。
喉を潤したあとでリビングへと移動し、ソファーに寝転がってテーブルの上にあるテレビリモコンのスイッチを押す。
いつもはこんなに早い時間からテレビを見ることはないけど、こうしていつもの活動時間外にテレビを見ると、懐かしい番組がちょこちょこ再放送されていて、ついついそのまま見入ってしまう――。
「ただいまー」
番組を見始めてから３０分ほどが経った頃、明日香が元気良く帰って来た。
「お兄ちゃーん」
どうやら明日香は俺がまだ自室で寝ていると思ったらしく、そのまま階段を駆け上がって行った。
「お兄ちゃーん、どこ～？」
部屋に俺が居なかったからか、明日香はそう言いながら階段を下りて来た。
俺はちょうど明日香がリビングの出入口付近まで来た時に声を上げ、リビングに居ることを伝える。
「ここに居たんだね」
明日香はソファーに寝転がる俺を発見すると、そのまま向かい側のソファーに腰掛けた。
「お兄ちゃん、相談があるの」
その言葉に身体を起こして明日香の方を向く。
最近は明日香の興味を持つ範囲も広がり、こうしてお願い事をされることも少なくはなかった。
「相談てなんだ？」
「えっとね、夏休みの終わり頃なんだけど、お友達とキャンプに行こうって話しになったの。行ってもいいかな？」
明日香の交友関係は夏休みの間も少しずつ増えているようで喜ばしいことだが、同時に寂しくもあった。
だが明日香の笑顔を見ていると、そんな俺の寂しさも些細なことだと思えてくる。
「由梨ちゃんと一緒に行くのか？」
「うん。由梨ちゃんも一緒だし、クラスの男子も一緒だよ。キャンプに誘ってくれたのも同じクラスの男子なの」
「なぬ？」
クラスの男子も一緒だと？
てっきり女の子だけで行くのだろうと思っていた俺は、クラスの男子が一緒だということを聞いて思わず眉間にシワを寄せてしまう。
「何人で行く予定なんだ？」
「えっとね、女子が私を含めて４人で、男子が６人だったかな」
明日香は指折り数えながら人数を言っていく。
それにしても、男女のバランスが悪い。女子の方が多いならまだしも、男子が多いというのは良くない。
それに、誘ってきたのが男子からってのも気にかかる。
「それでね、お兄ちゃんに――」
「駄目だ」
俺が明日香の言葉に被せるようにそう言うと、その言葉が意外だったのか、明日香はかなり驚いているような表情を見せた。
「えっ？ ど、どうして？」
どうしてもなにも、そんな得体の知れない男子連中が居る所に行かせるなんてとんでもない。
「どうしてもだ」
「それじゃあ分からないよ、お兄ちゃん。理由を聞かせてよ……」
確かに理由を言わないのは明日香も納得しないだろうとは思ったが、その理由が男子が一緒だから――なんて言える訳がない。
「とりあえず、駄目なものは駄目なんだ」
そう言ってこの話題を無理やりに終わらせようとし、俺はテレビへと視線を移す。
「楽しみにしてたのに……みんなと、お兄ちゃんと――」
明日香のか細い声が聞こえて視線を向けると、明日香は涙を浮かべて身体を震わせていた。
「あっ、ごめ――」
「お兄ちゃんのバカっ！ お兄ちゃんなんか大っ嫌いっ！」
その様子を見てさすがにマズいと思った俺は、急いで明日香に謝ろとした。だけどその言葉は、明日香からの一言で遮られてしまう。
そして明日香は涙を浮かべたままリビングを走り出て行ってしまった。
「大っ嫌いって……」
本来ならすぐにでも追いかけて謝るべきなんだろうけど、初めて明日香にそんなことを言われ、地味に――いや、相当に激しくショックを受けていた俺は、その場から動けずにいた。
それからお昼頃になるまでは、自分がいったいなにをしていたのか、ほとんど記憶にない。覚えていることと言えば、ただひたすらに自分のしたアホな行動や言動を後悔していたことだけ。
そして俺は明日香を泣かせてしまったことを激しく後悔するあまり、居ても立っても居られなくなり、部屋で着替えてから明日香を捜しに外へと飛び出した。
