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妹はやっぱり甘えん坊でした。

 俺は2人がお風呂に入っている間に家を出て片道10分ほどの位置にあるコンビニへと向かい、そこで人数分のアイスにちょっとしたお菓子やジュースを買って家へと戻った。


「――あっ、もうお風呂から出てたんだね」

「あっ、お兄さん。お先にお風呂ありがとうございました」


 家に帰ってリビングへ行くと、そこには明日香が持っている可愛らしい猫のデフォルメイラストが描かれた黄色のパジャマを着た由梨ちゃんがソファーに座っていた。


「いえいえ。はい、お風呂上がりのアイスだよ。好きなのを取っていいから」

「いいんですか? ありがとうございます」


 差し出した袋の中からソーダ味のアイスキャンディーを選んで取り出す由梨ちゃん。


「冷た~い」


 台所へと向かった俺の耳に由梨ちゃんの明るい声が聞こえてくる。

 風呂上りのアイスってのは本当に美味しいもんだ。冬場でもたまに食べたくなるしな。

 冷凍庫に自分と明日香のアイスをしまい、お菓子とジュースを持ってリビングへと戻る。


「それにしても、相変わらず明日香は長風呂みたいだな」

「明日香ちゃんて、いつもお風呂長いんですか?」

「そうなんだよ。いつも最低1時間は入ってるんだ。それにこの前なんか、風呂の中で寝てたんだよ」


 手に持っていたお菓子とジュースをテーブルに置き、由梨ちゃんの向かい側に座る。


「ふふっ。明日香ちゃん、可愛いですね」

「まあ手のかかるところもあるけど、可愛い妹だよ」


 実際に妹が居なかった俺には、明日香が居なければ一生こんな感覚を味わうことはなかっただろう。


「明日香ちゃん、とても幸せそうですよね」

「そうだといいんだけどね」

「絶対にそうですよ。だって明日香ちゃん、いつも楽しそうにお兄さんの話ばかりしてますから」

「えっ、そうなの?」


 なんだかそんな話を聞いてしまうと妙に気恥ずかしくなってしまう。

 それにしても、明日香はいったい俺のどんな話をしているんだろうか。非常に気になるところだ。


「明日香はどんな話をしてるの?」

「話の内容ですか? そうですね……明日香ちゃんには内緒ですよ? きっと恥ずかしがっちゃうと思うので」


 にこっと微笑み自分の唇に人差し指を当て、内緒のポーズをとる由梨ちゃん。

 俺がその言葉にウンウンと頷くと、由梨ちゃんは早速話を始めてくれた。


「例えば『今日お兄ちゃんが料理を焦がしちゃったんだよ』とか、『朝起こしに行ったらベッドから落ちてた』とか、そんな日常のちょっとした出来事が多いですね」


 くすくすと笑いながらそんなことを聞かせてくれる由梨ちゃん。

 明日香さ~ん。俺のことを話してるのは分かったけど、そんな恥ずかしい出来事をさらすのは止めようねえ。


「なんだかろくでもない内容だな」


 俺は思わず苦笑いを浮かべる。

 外でそんなアホみたいなことを話されてるかと思うと、ちょっと恥ずかしくなってしまう。


「もちろんお兄さんの良いところだってたくさん話してますよ? 例えば『お兄ちゃんに勉強を教えてもらった』とか、『お兄ちゃんが頭を撫でてくれた』とか。だからそんな話を聞いてると、明日香ちゃんは本当にお兄さんが好きなんだな~って分かるんです」

「そうなの?」

「そうですよ。そうじゃないと、あんなに楽しそうにお兄さんのことを話せる訳がありませんから」


 そういうものなのかなと思いつつ、俺は由梨ちゃんに質問してみた。


「ねえ、由梨ちゃん。拓海さんてどんな人?」

「…………とても優しい人ですよ。人見知りだった私の面倒をちゃんとみてくれて、学校にも行かせてくれましたし。ちょっと頑固なところがあるけど、いい兄さんです」


 由梨ちゃんは小学生にしては言動がやや大人びている。丁寧と言うかなんと言うか。

 だけどそれが由梨ちゃんらしいとも思ってしまう。

 でもこうして話している時に見せる柔らかな笑顔を見ていると、やはり年相応の女の子なんだなと思える。


「そっか、それじゃあちゃんと仲直りしないとダメだよ?」

「あっ、やっぱり知ってたんですね」


 苦笑いしながら照れくさそうにする由梨ちゃん。


「まあね、仲直りしたくてハンバーグの作り方を習ったんでしょ? しっかりやるんだよ?」

「はい、頑張ります。お兄さんには全部お見通しなんですね」


 全部と言うほどではないけど、ある程度は察しがついていたからな。まあ喧嘩の理由も理由だし、すぐに仲直りできるだろう。


「でもこうやって幸せでいると、余計に寂しくなるんですよね」


 由梨ちゃんの口から出た言葉は、プールで初めて拓海さんと知り合った時に聞いた言葉と同じだった。


「あっ、ごめんなさい、急にこんなことを話して。でも、いずれ兄さんとお別れする日が来るかと思うと…………」


 由梨ちゃんの言いたいことは分かる。けど、今の俺にその言葉に対する返答をすることはできない。

 2人の間に少しだけ沈黙の時間が流れる。お互いになにを言えばいいのか探り合っている感じだった。


「――お兄ちゃーん、お風呂あがったよ~」


 ちょうど良いタイミングだと言うべきだろうか。

 由梨ちゃんが着ているパジャマとは色違いの空色のパジャマを着た明日香が、さっぱりとした表情で髪の毛を拭きながらリビングへと入って来た。


「おう、じゃあ入ってこようかな。由梨ちゃん、そこのお菓子、明日香と自由に食べていいからね」

「ありがとうございます」


 由梨ちゃんも明日香が良いタイミングで来てくれたことに安心しているように見えた。


「明日香、冷凍庫にアイスが入ってるから食べていいぞ」

「ありがとう、お兄ちゃん」


 俺はリビングを出て風呂場へと向かう。

 そして明日香たちが着ていた洋服などを洗濯機へと入れて動かす。

 俺の洋服はもちろん入れない。年頃の女の子は男の服と一緒に洗われるのを嫌がると聞いたことがあるからだ。

 俗に言う、お父さんの洋服と一緒に洗わないでよねっ! 的な感じの、女の子の心理を読み取っての行動なわけだが……もしも将来結婚して娘ができて、その娘にこんなことを言われたら俺は大泣きする自信がある。

 そう考えると、父親って損なもんだよな。母の日は大々的にテレビでも言ってるのに、父の日の存在感て妙に薄い。

 そんな父親になるかもしれない自分を想像すると、ちょっと悲観的になってしまう――。




「あららっ」


 約15分ほどで風呂から出た俺がリビングに戻ると、そこにはソファーで肩を寄せ合って寝ている2人の姿があった。

 なんだかこの姿を見ていると、仲のいい姉妹のように見えるから不思議だ。

 もしもこの2人が姉妹だったら、間違いなく由梨ちゃんがお姉さんだろうな。

 そんなことを思いながら起こさないようにゆっくりと由梨ちゃんを抱え上げ、明日香の部屋へと運ぶ。

 年頃の女の子に触るというのは個人的に抵抗もあるけど、放っておいて風邪でもひかせたら拓海さんに申しわけないからな。

 明日香の部屋に着いた俺は、そっと由梨ちゃんをベッドに寝かせて掛け布団をかけた。

 穏やかに寝息を立てるその寝顔のなんと穏やかなことだろうか。拓海さんが由梨ちゃんと居て幸せだと言うのがよく分かる。

 俺は由梨ちゃんを起こさないように気を遣いながら静かに部屋を出て、リビングのソファーで眠る明日香のもとへと向かう。


「――んっ……おにい、ちゃん?」


 リビングに戻ってソファーに寝ていた明日香を抱え上げようとしたその時、明日香が刺激で目を覚ましてしまった。


「悪い、起こしちゃったみたいだな」

「由梨ちゃんは?」

「今さっき明日香のベッドに運んで寝せてきたよ」

「そっか……」


 それを聞いてなんだかねたような顔をする明日香。

 俺は身体を起こした明日香の隣に座り、少し話を始める。


「なあ明日香、今日ちょっと変だぞ? なにかあったのか?」


 その言葉を聞いた明日香は、更に口をアヒルのようにしてねた様子を見せる。


「明日香、お兄ちゃんは超能力者じゃないんだから、なにかあるなら言ってくれないと分からないぞ?」


 そう言うと明日香はチラチラとこちらを見ながら、なにかを言いたそうにモジモジしだす。

 明日香のこういった態度は非常に分かりやすい、誤魔化すのが下手と言うか素直と言うか。

 だけど元が素直なだけに、なにについて拗ねたり怒ったりしているのかが分かり辛いタイプだ。

 一見すると素直なタイプはそういうのも分かりやすいと感じるかもしれないが、実はそうでもない。

 なぜかと言うと、素直であるがゆえに、なにが原因でそうなっているのか――という選択肢の幅が非常に多くなるから。

 もっと簡単に言うと、なにについて拗ねたり怒ったりしているのか、その原因が多すぎて逆に分からないと言うことだ。


「だって、由梨ちゃんと楽しそうにしてたから…………」

「由梨ちゃんは明日香の友達なんだから、仲良くするのは当然だろ?」

「そうだけど……なんだか由梨ちゃんと話してる時のお兄ちゃん、凄く楽しそうだった」


 その言葉を聞いた俺は明日香の不機嫌の原因がなんとなく分かった。

 今日の明日香が見せていた妙な態度は、由梨ちゃんと話したりしている時に多く見られた。つまりこれは、由梨ちゃんに対するちょっとした嫉妬のようなものだったということだろう。


「つまりなんだ? 明日香は自分より由梨ちゃんの方が好かれていると思った……とか?」


 少し恥ずかしそうな表情を浮かべて小さくコクンと頷く明日香。

 まったく……この妹さんはどこまでも甘えん坊だな。

 そんなことを考えると、俺は自然と口元が緩んだ。


「お兄ちゃんも由梨ちゃんみたいな子がいいでしょ?」


 隣に居る明日香の頭にポンと手を置き、優しく撫でる。


「あっ……」

「誰かと比べても仕方ないだろ? 明日香は明日香、由梨ちゃんは由梨ちゃんなんだから。確かに由梨ちゃんはとってもいい子だけど、明日香だっていい子だ。それは比べられるもんじゃない。違うか?」

「…………」


 俺の言葉に押し黙る明日香。もう少し具体的な説明をした方がいいのかな。


「う~ん……由梨ちゃんにも拓海さんが居るけど、明日香は拓海さんと俺とを比べて、“どっちがいいお兄さん?”って聞かれたらどう答える?」

「どっちがいいかなんて言えない。だって、どっちもいいお兄ちゃんだもん」

「だろ? それと同じことさ。俺だって比べられない。だけど明日香のことが大事なのは確かさ」

「お兄ちゃん……うん、分かった」


 どうやら納得してくれたらしく、すっきりとした満面の笑顔を見せてくれる。


「さあ、もう遅いから明日香も寝るんだぞ?」

「うん、あの……」

「なんだ?」

「……今日はお兄ちゃんと一緒に寝ていいかな?」


 やれやれ、この妹は本当に甘えん坊だな。でも今日は由梨ちゃんに構いっぱなしだったし、今回は特別だ。


「分かったよ。お兄ちゃんは飲み物飲んでくるから、先に寝てていいよ」

「うん!」


 元気よく返事をして部屋を出て行く明日香。

 俺は軽くリビングを片づけながら、就寝するための準備を始める。


「――お兄ちゃん」


 片づけを始めて1分もしない内に部屋を出て行った明日香が戻って来て、廊下側の出入口から顔を覗かせる。


「なんだ? どうかしたか?」

「明日香ね、お兄ちゃんの妹で良かった」


 明日香はそう言うと、にこっと微笑んでから二階の部屋へと上がって行った。


「お兄ちゃんの妹で良かった――か」


 世の中にはもっといい兄貴がたくさん居ることだろう。それでも俺で良かったと言ってもらえた。それは素直に嬉しいことだ。

 俺はそんな幸せを噛みしめながら台所へと移動し、冷蔵庫の中から取り出した冷たい麦茶を飲む。

 急速に温まった身体に、冷たい麦茶が染み渡る感覚が心地良い。

 そして麦茶を飲み終えてからリビングへと戻り、リビングの電気を消してから窓のカーテンを閉めるために近づいて空を見ると、そこからわずかな星々が見えた。

 星に願いを――というのがあるけど、俺もつい願ってしまう。それが無理なことと分かっていても。

 この幸せがずっと続きますように――と。

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