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妹の友達が泊まりに来ました。

「ただいまー」


 明日香ツンデレ事件が片づいた日の夕方。リビングでテレビを見ていた俺の耳に、帰宅した明日香の声が玄関の方から聞こえてきた。

 ふと部屋の掛け時計を見ると、時計の針はもう17時を指し示している。

 もうこんな時間かと思いながらソファーから立ち上がり、夕飯の話をしようと玄関の方へと歩いて行く。


「お帰り明日香――って、あれっ? 由梨ゆりちゃん?」

「こ、こんにちは、お兄さん。今日はお世話になります」


 ライトブラウンでショートカットの明日香とは違い、黒髪で少し緩いウェーブのかかったロングヘアーの由梨ちゃんが、ペコリと頭を下げて丁寧に挨拶をする。

 それにしても、“今日はお世話になる”とは、いったいなんのことだろうか。


「由梨ちゃん、少し待っててね」

「う、うん」


 そう言って緊張気味の由梨ちゃんを玄関に待たせると、明日香は靴を脱いで家に上がり、そのまま俺の手を引っ張ってリビングへと向かう。

 そしてリビングに入ると同時に俺は明日香に声をかけた。


「明日香、由梨ちゃんが言ってた“お世話になる”ってなんのことだ?」

「あのね、お兄ちゃん。今日、由梨ちゃんを泊めてもいいかな?」


 玄関に居る由梨ちゃんに聞こえないようにと、小声でそう聞いてくる明日香。


「由梨ちゃんを? どうしたんだ急に?」


 そんな明日香に釣られ、俺もつい小声でそう聞き返してしまう。


「由梨ちゃんね、お兄ちゃんと喧嘩しちゃったんだって――」


 とりあえず話を聞いてみると、明日香が由梨ちゃんの家へ遊びに行った時には既に拓海さんと喧嘩をしたあとだったらしく、そのまま由梨ちゃんに手を引かれて向かった公園で一緒に遊んでいたそうだ。

 しかしいつもの帰る時間になっても由梨ちゃんが家に帰りたがらないので、困った明日香はそのまま由梨ちゃんを我が家に連れて来たとのことだった。

 喧嘩の理由についても明日香に聞いてみたのだけど、由梨ちゃんがそれを話したがらないらしく、明日香にも分からないらしい。

 まあどこにでもある兄妹喧嘩なのだろうけど、あの温和な拓海さんと喧嘩になるというのが驚きだ。


「うーん……まあとりあえず、由梨ちゃんに上がってもらおうか。いつまでも待たせたら悪いし」

「うん」


 俺はそのままリビングのソファーに座り、明日香は由梨ちゃんを玄関に迎えに行く。


「すみません、お邪魔します」

「待たせてごめんね、由梨ちゃん。狭いところだけど、ゆっくりしていってね」

「は、はい。ありがとうございます」


 由梨ちゃんと会うのはこれが初めてではないけど、かなり緊張しているように見えた。


「明日香、お兄ちゃんちょっと部屋に行くから、由梨ちゃんをしっかりともてなしてあげてな」

「うん!」


 由梨ちゃんを明日香に任せて部屋に戻り、机の上に置きっぱなしにしていた携帯を手に取る。

 画面のロックを解除すると2件の着信が来ていて、その2件ともが拓海さんからのものだった。つい先日、プールで知り合った時に連絡先を交換していたのが早速役に立ちそうだ。

 着信履歴から電話番号を表示し、拓海さんへと電話をかける。

 そしてプルルルルッ――と3回ほどコール音が鳴ったあと、拓海さんが電話口にでた。


「あっ、涼太くん! 良かった……電話したけど出ないからどうしようかと思っていたところだよ」


 電話口からは慌てた感じの拓海さんの声が聞こえてきた。


「すいません、拓海さん。携帯を部屋に置きっぱなしだったもので」

「そうだったんだね。あっ、そうだ! 早速で悪いんだけど、聞きたいことがあるんだよ」

「由梨ちゃんのことですか?」

「やっぱりそっちに行ってるのかい!?」


 “やっぱり”ってことは、拓海さんもなんとなくこちらに来ているとは思っていたみたいだ。


「はい、来てますよ。それで今日、うちに泊めてほしいらしいんですが――どうしますか?」

「そうか……由梨のやつ、まだ怒ってるんだな」

「いったいなにがあったんですか?」


 俺は拓海さんに喧嘩の原因を聞いてみた。とりあえず原因くらいは分かってないと、下手な発言をして地雷を踏む訳にもいかないからな。

 その質問に拓海さんは朝の喧嘩のいきさつを話し始めた。


「――そういうことだったんですか」


 拓海さんから喧嘩の理由を聞き、俺はどうしたものかと眉間にシワを寄せる。


「分かりました。とりあえず今日は我が家で預かりますよ」

「すまない涼太くん、迷惑をかけて」

「いえ、明日香も友達のお泊まりは初めてですし、由梨ちゃんにとってもいい経験になるかもしれませんからね」

「ありがとう。由梨をよろしく頼みます」


 丁寧に由梨ちゃんのことを頼まれたあとに電話を切り、俺はリビングへと下りて行く。

 理由はどうあれ、明日香にとっても由梨ちゃんにとっても初めての体験だ。楽しい思い出になるようにしてあげたいと思う。


「――ごめんね、由梨ちゃん。せっかく来てくれたのに席を外してて」

「あっ、いえ、そんなことはないです。気にしないで下さい」


 ぎこちない笑顔を浮かべてそう答える由梨ちゃん。まずは俺に慣れてもらえるようにしないとな。


「明日香、由梨ちゃん。これから夕飯の買い物に行くんだけど、一緒に行かないか?」

「えっ? でも、お邪魔になりませんか?」

「大丈夫だよ由梨ちゃん、一緒に行こうよ!」


 にこやかな笑顔で由梨ちゃんの手を握る明日香。その行動に困惑している由梨ちゃんの固い表情が和らいでいく。


「よし、じゃあ行こうか」

「はい!」


 元気に返事をする由梨ちゃんと、にこやかな笑顔を見せる明日香と一緒に家を出てスーパーへと向かう。

 俺が先頭、その後ろに明日香と由梨ちゃんがついて来る形で歩きながら、俺は由梨ちゃんという人物を知ろうとたくさん話しかけていた。

 そんな俺に対し、由梨ちゃんはたどたどしくもしっかりと答えてくれる。なんだかそんな由梨ちゃんを見ていると、少し前の明日香を思い出す。

 俺はとても懐かしい感覚と共に微笑んでいた。


「むう……」


 そうやって由梨ちゃんと話をしていると、横に居る明日香がむくれた表情で俺の背中部分の服を掴んできた。


「ん? どうした明日香?」


 視線を明日香に向けてそう尋ねると、『なんでもない』と言って掴んでいた服から手を離す。

 そして家を出てから15分ほどしてスーパーに着いた俺たちは、夕食をなににしようかと迷いながら商品を見て回っていた。


「――由梨ちゃん、なにか食べたい物はある?」

「えっ? 私ですか?」

「お兄ちゃんお料理上手だから、なんでも作ってくれるよ?」

 自慢げにそう語る明日香に気恥ずかしさも感じるが、同時に嬉しくもある。

「ははっ。まあ、なんでも作れるかは分からないけど、とりあえず言ってみてよ」


 その言葉に由梨ちゃんは、うーんと唸りながら悩んでいる。よほど好きな物が多いのだろうか。

 それから約2分ほど悩んだ末に、由梨ちゃんはなにかを思い立ったかのようにして顔を上げて答えた。


「ハンバーグを作って欲しいです。大丈夫でしょうか?」


 ハンバーグか、少々面倒だが作れないことはない。


「いいよ、じゃあハンバーグにしよっか」

「ありがとうございます」

「お兄ちゃんの作るハンバーグ、すっごく美味しいんだよ」


 おいおい明日香、そんなにハードルを上げて俺が失敗したらどうするんだよ。これはいつも以上に気が抜けないな。


「よしっ、じゃあハンバーグの材料を取りにいくぞー!」

「おーうっ!」

「お、おーう」


 作る物が決まればあとは早い、俺たちは目的の材料を取りに各場所を回る。

 それからほどなくして材料を集め終わった俺たちは、会計を済ませてスーパーを出て行く。

 持っている携帯の時間を見ると、既に18時半を表示していた。普通なら遅く感じる時間だが、夏場はこの時間でも外は明るいのでそんな感じを受けない。


「お兄さん。私、なにか荷物を持ちます」

「そう? じゃあ、これをお願いしようかな」

「はい」


 重い物は渡せないので、由梨ちゃんには玉ねぎが入った袋を手渡した。


「ありがとう、由梨ちゃん」

「あっ……」


 袋を手渡したあと、俺は由梨ちゃんの頭を優しく撫でた。明日香にもよくやっていたことだが、つい癖でやってしまう。

 由梨ちゃんは頭を撫でられながら、顔を紅くして俯く。由梨ちゃんのそんな姿も、少し前の明日香を思い出させてくれる。


「お、お兄ちゃん! 私もなにか持つよ!?」

「えっ? あ、ああ、じゃあ明日香にはこれを持ってもらおうかな」


 突然大きな声でそう言ってきた明日香に少々驚きながらも、俺は牛乳とパン粉が入った袋を手渡す。


「さて、帰ろうか」

「えっ!? うん……」


 なぜかしゅんと俯いて寂しそうにする明日香。

 さっきからちょっとおかしいなと、そんなことを思いながら3人で家へと戻る。


× × × ×


 家に帰ってからすぐ、俺は夕飯の準備を進めていた。

 そんな俺の隣では、まな板と包丁を用意してたまねぎを切ろうとしている由梨ちゃんの姿がある。

 本当は俺が調理する間、明日香と由梨ちゃんにはくつろいでもらおうと思っていたけど、調理道具を用意している最中、『私にハンバーグの作り方を教えて下さい』――と、由梨ちゃんがお願いをしてきた。

 とりあえず料理を教わりたい理由を聞いてみると、由梨ちゃんは少し顔を紅くしてこう答えた。『兄さんが好きなんです。ハンバーグ』――と。

 最初はその申し出に驚きもしたけど、理由が理由なだけに、俺はそれを受け入れた。


「――そうそう! そんな感じだよ、由梨ちゃん」

「はい!」


 俺の言ったとおりに、由梨ちゃんはまな板の上の玉ねぎに切れ込みを入れていく。

 由梨ちゃんは料理自体が初めての挑戦らしく、俺は道具の使い方から材料の切り方までを丁寧に教えていた。


「お、お兄さん、なんでこんなに涙が出てくるんですか?」

「玉ねぎを切ると涙が出ちゃうんだよ。だから急いで処理しないといけないんだ」

「そ、そうなんですね」


 涙を浮かべながら必死で玉ねぎに切れ込みを入れる由梨ちゃん。料理初心者には辛いかもしれないけど、これをしないとハンバーグは作れない。


「ううっ」


 それでも玉ねぎが相当目にみるらしく、由梨ちゃんは包丁を置いてから両手で目を押さえてしまった。

 はたで見ている俺でもかなり目にきているんだから、由梨ちゃんはもっとキツイだろう。


「よし、ちょっと裏技を使おうか」

「裏技ですか?」


 由梨ちゃんは目を押さえたままで顔を上げて俺の方を向く。


「うん、ちょっと待っててね」


 俺はこんな時のためにと、準備しておいた物を冷蔵庫から取り出しに行った。

 そして由梨ちゃんの目がある程度回復するまで待ったあと、再び玉ねぎにを切る作業へと戻る。


「――あっ、本当にさっきより目に沁みなくなりました」

「でしょ?」

「はい、凄いです」


 俺は由梨ちゃんが包丁で玉ねぎに切れ込みを入れる度に、横から霧吹きの水をかけていた。

 玉ねぎの目に沁みる成分は気化しやすく、水に溶け込みやすいという性質がある。だから玉ねぎを切る度に横から霧吹きをしてやると、そんなに目に沁みることなく作業ができるわけだ。


「よし、じゃあ次はそれをみじん切りにしよう。最初にお手本を見せるから、あとから同じようにやってみてね」

「はい、よろしくお願いします」


 由梨ちゃんは俺の手元を観察するようにじっと視線を送ってくる。その様子から、彼女の上手にハンバーグを作りたいという真剣さが伝わってくるようだ。

 そんな由梨ちゃんの熱意と想いに応えようと、俺も真剣に作り方を教える。

 そして由梨ちゃんは料理が初挑戦にもかかわらず、俺が教えたことを上手に吸収していった。

 こうして由梨ちゃんと一緒にせっせとハンバーグ作りにいそしみ、そのハンバーグ作りが終盤へと入った頃、明日香にお皿を用意してもらおうとリビングと台所を繋ぐ出入口に目を向けた時、その出入口からこちらの様子をうかがうようにしてこちらを覗き込んでいる明日香と視線が合った。


「どうしたんだ明日香? そんな所で」

「あっ、ううん……なんでもないよ」

「そうか? まあちょうど良かった。明日香、みんなの分の食器を用意してくれないか?」

「うん、分かった」


 素直に食器を用意し始める明日香だが、なんとなく元気がないように見える。


「明日香、どうかしたか? ちょっと元気がないように見えるけど」

「えっ!? そ、そんなことないよ?」


 無理矢理に作ったような笑顔を浮かべ、いそいそと誤魔化すように食器を用意していく。

 明日香の様子が変だとは思いつつも、俺はとりあえず料理の仕上げの方を優先し、間もなく出来上がった料理を前に3人で少し遅めの晩御飯タイムを開始した。


「味はどうかな? 明日香ちゃん」

「――うん、凄く美味しいよ! 由梨ちゃん」

「本当! 良かった」


 自分の作った料理を美味しいと言ってもらえるのは、作り手にはとても嬉しいことだ。それが初めての料理なら、なおさらのことだろう。


「うん、確かに美味しいよ。初めてでこれだけできれば十分だね」

「ありがとうございます。お兄さんが丁寧に教えてくれたおかげです」

「いやいや、由梨ちゃんが真剣にやっていた結果だよ」

「お兄さん、優しいですね」

「そうかな?」


 柔らかい笑みを浮かべて俺を見てくる由梨ちゃんを前に、俺は少し照れてしまう。

 そしてその時、ふと視界に入った明日香の表情がどこか寂しげだったのを覚えている。

 こうして食事を終えた頃には20時を過ぎていて、3人で片づけをしたあと、明日香と由梨ちゃんには先にお風呂に入ってもらった。

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