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妹の性格が変わりました。

 夏休みというのは実にいい、先のことを気にせずに夜更かしができるというのがたまらない。

 普段の休日と違い、明日も明後日も休みだから、心置きなく好きなことができる。まさに学生の内でしか味わえない、至福の時間と言えるだろう。

 そんな貴重な時間を、今日も朝早くから――いや、正確には前日の夜から妹系ギャルゲーに費やしている。

 明日香が俺の妹になってからは積みゲーが増えてたからな、この夏休みで全部消化しないと。

 俺はマウスをクリックしながら軽やかにゲームを進めていく。


「それにしても、変だよな……」


 俺はパソコン画面に映るゲームのCGを前に、少々考えごとをしていた。

 最近の俺が考えごとをしている時は、だいたい明日香のことについてなんだが、今回もご多分に漏れずにそうだ。


「明日香のやつ、なにか変な物でも食べたんじゃないだろうな」


 視線を移した先にある窓のカーテン。その隙間から射し込む朝陽は、徹夜明けの目には眩しすぎる。それでも朝になってカーテンも開けないってのは、いくらなんでも不健全だろう。

 ヘッドホンを外し机に置いて椅子から立ち上がり、ゆっくりと背伸びをしながらカーテンを開けに行く。


「うおっ!? 眩しっ!」


 カーテンを全開にすると、先ほどよりも更に眩しい光が俺の目を強く刺激する。

 窓から視線をらして部屋にある丸型の掛け時計に目をやると、時刻は午前8時を指し示そうとしていた。


「そろそろ来る頃か」


 夏休みに入って1週間。時間を確かめた俺は、おもむろに自室の出入口の扉をじっと見た。

 部屋の中からは掛け時計の秒針が進む音だけが聞こえ、外からは雀のチュンチュンというさえずりが聞こえる。

 そしてそんな中、一つの大きな音が紛れ込んできた。ドタドタと急ぐように階段を駆け上る音だ。

 その音は階段を登り終えると徐々にこちらに近づき、俺の部屋の前でピタリと止まる。すると数秒ほど間が空いたあとに声が発せられた。


「お兄ちゃん、まだ寝てるの?」

「起きてるよ」

「起きてるなら早く下りて来てね、朝ご飯冷めちゃうから。あっ、勘違いしないでよね? 別にお兄ちゃんのために作ったわけじゃないんだから。自分のを作るついでに作っただけなんだから」

「分かってるよ」


 そう答えると再び明日香の足音が聞こえて遠ざかって行く。


「やっぱり変だよな……」


 夏休み3日目くらいから、明日香はずっとこんな感じだ。毎朝8時頃に俺を起こしに来ては、さっきと似たようなセリフを言って行く。

 他には入浴時に着替えを持って来てくれた時も、“洗濯物をたたむついでに持って来ただけ”とか、ことあるごとにこんな感じのセリフを言うようになった。

 なんて言うか、いわゆるギャルゲーに登場するツンデレと言われるタイプが言いそうなセリフをそのまま言っているような感じだ。それもやたらとテンプレート的なものを。


「やっぱりちゃんと聞いてみた方がいいか」


 色々と考えながら部屋を出て、明日香が待つリビングへと向かう。


「――お兄ちゃん遅いよ」

「わりいわりい」


 ぷくっと頬を膨らませる明日香。前までこんな表情を見せることはなかっただけに、俺にも戸惑いはあった。

 ある種の反抗期的なものかとも考えたが、明日香の様子を見ていると、どうもそういう感じではない気がする。

 明日香がこのような感じになってから色々と観察していたんだが、明日香はそのセリフじみたことを言う度に、俺の方をチラチラと見て様子をうかがっているからだ。まるで自分の行動に対する俺の反応を気にしているかのように。


「なあ明日香、なにかあったのか?」

「えっ!? な、なんで?」


 思いもよらない質問をされたからなのか、明日香の声は上ずっていて、酷く動揺しているように見えた。


「いや、ここ数日の様子がちょっとおかしいと思ったんでな」

「な、なにかおかしかった?」


 なんとも意外そうな顔でそう聞き返してくる明日香。まるで自分が思い描いていた反応とは違う――と言った感じの戸惑いを明日香から感じる。


「まあ、おかしいよな」


 むしろおかしくない部分を探す方が難しいくらいだ。


「そんな……」


 手に持っていた箸をテーブルに置き、力なくうなだれる明日香。なにがそんなにショックなんだろうか。


「いったいどうしたってんだ?」

「お兄ちゃん、ゲームの妹が好きなんでしょ?」

「ぶっ!?」


 俺は慌てて口元を手で押さえた。

 いったいなにを言い出すんだ。思わず食べていたご飯を吹き出すところだったじゃないか。


「ゲホゲホッ! な、なんだよ突然!?」

「やっぱりそうなんだ……」


 先ほどよりも更に顔を深く俯かせる明日香。どう見ても落ち込んでいるようにしか見えない。


「まてまて! その質問と俺が聞いたことにはなんの関係があるんだ?」

「あのね――」


 明日香はここ数日の奇っ怪な言動について話しをてくれた。

 それはお友達の由梨ちゃんとプールに行った翌日のことだったらしい。

 その日、俺はゲームの徹夜明けでパソコンゲームを表示したままベッドで熟睡してしまっていた。

 俺としては30分ほど仮眠をする予定だったのだが、そのまま数時間ほど寝てしまい、その時に開きっぱなしにしていた妹ゲーを明日香が目の当りにしてしまったらしい。

 しかも間の悪いことに家に帰って来たサクラと遭遇し、『涼太くんってこのゲームの妹たちが大好きなんだよね~』と言われたとのことだ。確かにサクラの発言については、特に間違ったことは言ってない。大好きだからな。

 問題なのはサクラが明日香にそれを言ってしまったということだ。

 それを聞いた明日香はゲームの妹が気になるあまり、俺が寝ている間にそのゲームをこっそりとプレイしたらしい。どおりで目が覚めた時、見覚えのない場面が映し出されていたわけだよ。

 しかも明日香は話の途中、『そんなに大好きな妹がたくさん居たら、お兄ちゃんにかまってもらえなくなっちゃうもん』――と言っていた。

 つまり明日香はゲームの中の妹たちを自分なりに研究し、それを模倣もほうすることで俺に好かれる妹になろうとしたらしい。なんとも可愛らしい話じゃないか。


「――まあ話は分かったけど……ちなみに明日香、なんでよりによってツンデレキャラクターをチョイスしたんだ?」


 他にも明日香が模倣しやすいキャラクターはたくさん居たはずだ。なんでよりにもよって、普段の明日香とは真逆のツンデレをチョイスしたのか、その理由が俺には分からなかった。


「お兄ちゃんがやってたゲームの続きをやってて覚えたの」


 しゅんとしながら俺を見る明日香。

 ああ……確かにツンデレ妹の攻略ルートを進めてたな。つまりはタイミング的にそうなったということか。


「それでね、ゲームをしてた時にサクラが教えてくれたの。お兄ちゃんは“ツンデレキャラがお気に入り”だって」


 サクラのやつ、またいらんことを明日香に教えやがって。それにしても、アイツはなんで俺がツンデレキャラクターが好きだって知ってんだ。


「あ、あのな明日香、サクラの言ってることは全部デタラメなんだ。信じちゃダメ」

「そうなの?」


 なんだか少しほっとしたような表情を見せる明日香。

 まあツンデレキャラってのは、三次元リアルにおいては鬱陶うっとうしいだけだからやらない方がいい。


「お兄ちゃんは、明日香のこと好き?」


 にわかに紅く頬を染め、上目遣いでそんなことを聞いてくる。

 妹って兄貴にこんなことを聞いてくるものなのだろうか。妹が居る兄貴は至急、俺にそのあたりのことを教えてほしい。


「そ、それは……」

「嫌いなの?」


 俺を見つめてくるその瞳が、段々うるうるとしてきていた。


「き、嫌いな訳ないだろ!? 好きに決まってるじゃないか!」

「本当に?」

「もちろん!」


 その言葉を聞いた明日香は満面の笑みを浮かべる。

 なんだか会話だけ聞けば、恋人同士がやるような会話にも聞こえるが、そのへんは気にしないようにしておこう。


「明日香はいつものままでいいんだよ。ゲームキャラクターの真似なんかしなくていいんだ」

「うん、分かった」


 テーブルに置いていた箸を手に取り、明日香はすっきりとした表情で再びご飯を食べ始める。

 俺もそれを見て安心し、晴れやかな気持ちで再びご飯に箸を伸ばす。

 明日香も簡単な物だが料理を覚えてくれたおかげで、ずいぶんと俺の苦労も軽減できている。本当にできた妹だ――。




「今日も由梨ちゃんと遊ぶのか?」

「うん」


 朝食後、洗い物を済ませた明日香は出かける準備を整えて外出しようとしていた。ついこの間まで一緒に居ても外に出るのを怖がっていたってのに、大した成長だ。


「車には気をつけるんだぞ? それと、あまり遅くならないようにな」

「はーい! 行って来まーす!」

「いってらっしゃい」


 元気に出かけて行く明日香、本当にそこいらに居る女の子と変わらない。

 今まで俺にべったりだった明日香が、こうやってお友達と遊ぶために出かけるのは嬉しいことではある。だがその反面、ちょっとした寂しさがあるのも確かだった。

 うーん、俺って結構シスコンなのかもしれない。

 そんなことを考えながら、俺は再び妹ゲーをすべく部屋へと戻る。

 これからはとりあえず、寝る時はしっかりとパソコンをシャットダウンして寝ることにしよう。明日香がまた妙な妹キャラにならないように。

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