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妹がお友達と遊びに行きました。

 明日香が小学校に通うようになってから3週間が過ぎ去り、今日からいよいよ夏休みの始まりを迎えていた。

 この3週間は俺が危惧きぐするようなことは特に起こらず、至って平和――いや、正確には一つ大事件があった。それはサクラが風邪をひいて寝込んだこと。

 こう聞くとなんだ風邪か――と思われるかもしれないけど、あれは結構大変な出来事だった。平和だった3週間の中で、絶対に忘れられないような体験をした1日だったけど、まあその話は置いておこう。


『なんでサクラまでついて来るんだよ』


 ギラギラと灼熱を思わせる熱線を浴びせる太陽が輝く中、俺は電柱の陰に隠れて汗を流しながら、こっそりと明日香のあとを追っていた。


『なんでって、私は見守り隊だよ? 明日香と涼太くんを見守るのが役目なんだから』


 サングラスを外して決め顔をするサクラ。カッコイイことを言っているようだけど、サクラの目を見ればそれが建て前だというのはすぐに分かる。

 そりゃあこんなにも好奇心に満ち溢れた目をしていたら、それに気づかない方がおかしいと思う。


『どうでもいいけど、邪魔だけはするなよ?』

『アイアイサー!』


 いつも返事だけはいいんだよな、返事だけは。

 外していたサングラスを再びかけ、冬場に着るような薄茶色のロングコートに身を包んでいるサクラ。

 本人は『尾行と言えばこれだよね!』――と言っているが、その様は半端ではない違和感を放っている。

 本人はテレビドラマに出てくるような刑事や探偵なんかを真似ているつもりなんだろうけど、俺から見れば怪しい不審者にしか見えない。

 それにしても、夏場にそんな格好で暑くないのだろうかと思ってしまうが、サクラわく、『私は暑さや寒さを調整できるからね』――とのことだ。

 壁抜けが出来ることもそうだが、サクラたち妖精はこの世の物理法則なんかを任意に無視したり変更したり出来るらしい。

 サクラはサラッと軽くそんなことを言っていたけど、それって滅茶苦茶凄いことだよな。コイツを本気で怒らせたら恐いかもしれないと、わりと本気で恐怖してしまう。


「あっ、やばっ! 明日香を見失っちまう!」


 サクラとそんなやり取りをしている内に、明日香がかなり遠ざかってしまっていた。俺はそれを見て再び尾行を開始する。

 はたから見れば俺も十分に怪しげな行動をとっていると言えだろう。

 そして俺とサクラがいったいなにをしているのかと言うと、まあなんと言うか、明日香の保護者としての見守りだ。別にストーキングをしてるわけではない。

 明日香にばれないようにと物陰に隠れながら、こっそりとあとを追って行く。

 今日は明日香がお友達と初めて遊ぶ約束をしたとのことで、本来は記念すべき日なのだが、俺には少しだけ気にかかっていることがあり、こうして明日香のあとを追っているというわけだ。

 あれは夏休みが目前に迫った最後の休日、明日香が珍しく欲しい物があると言ってきたことが始まりだった。

 詳しく話を聞くと、友達と夏休みにプールへ行く約束をしたというではないか。なんとも喜ばしいことなので、俺はあまり深く考えもせずに明日香と一緒に水着を買いに行き、ご希望の水着を買ってあげた。

 そして昨日の夜、いつものようにギャルゲーをしていた時、『明日香って女の子とプールに行くの?』とサクラが聞いてきた。

 俺はその問いかけに対し、そりゃあ、女の子の友達に決まってるだろ。と答えたのだけど、サクラは続けて『なんでそう言い切れるの? もしかしたらボーイフレンドかもしれないじゃない』――などと不吉なことを口走った。

 明日香が小学校に通い始めて3週間。その短い期間に、まさかそんなことがあるわけがない――などと思っていたその時、俺がやっていたゲームに1枚のCGが表示された。

 そこには出会ってから2週間の親友の妹とプールデートをしている主人公の姿があり、それを見た俺は、なんとなく妙な不安にられてしまった。まあそういった経緯があり、こうして明日香の様子を見守ろうという結論に至ったわけだ。

 別に相手が男だったら邪魔をしようとか、そういうわけではない。

 ただその……相手が男だったらどんな相手かを確かめておくのも保護者である俺の役目だろうと思っただけだ。


『あっ、涼太くん。明日香が建物に入って行くよ』

『よし、サクラ。俺は水着に着替えて来るから、その間の監視を頼むぞ!』

『サクラにお任せでっす!』


 勇ましく敬礼をして飛び去って行くサクラ。

 それから急いで建物内へと入って男子更衣室で水着に着替えた俺は、室内プールへと移動して物陰から明日香を捜していた。

 はたから見ればただの怪しいやつだよな。さて、明日香はどこに居るんだろうか。

 周辺を見渡しながら明日香を捜していると、プールの出入口から買ってあげた黄色の水着を着た明日香がやって来るのが見えた。


「おっ、来たな」


 にこやかな笑顔で室内プールへと入って来る明日香。


「な、なん……だと?」


 明日香のかたわらにはイケメンの長身男性が居て、明日香を優しくエスコートしていた。


「あ、明日香に彼氏ができた!?」


 明日香の手を引きながらまずは浅いプールへと入るイケメン。

 そう言えば明日香って、泳ぐの初めてだったもんな。

 イケメンにエスコートされる明日香の表情はにわかに紅く染まっていて、俺はその様子を見てモヤモヤしてしまった。


「――なっ!?」


 それから少し様子を見ていると、プールの中を歩いていた明日香が足を滑らせたらしく、それを抱き止めたイケメンと明日香の顔がキスできそうなほどに近づいた。


「けしからん!」


 俺は我を忘れて明日香の方へと走りプールへと入る。


「――おっと!」

「あっ、すみませんねー」


 イケメンに偶然を装って体当たりし、明日香から遠ざける。


「お、お兄ちゃん!?」

「や、やあ明日香、偶然だな」


 我ながらわざとらしいとは思うけど、我を忘れていた俺にできる対処はこれしかなかった。


「もしかして、明日香ちゃんのお兄さんですか? 初めまして」


 特に驚く様子もなく、イケメンはこちらに手を伸ばして握手を求めてくる。


「どうも、初めまして」


 俺は“にこやか”に笑顔を浮かべ、イケメンが差し出してきた手を握る。


「明日香、こちらは?」


 多分この時の俺は、かなり表情がひくついていたと思う。


「あっ、紹介が遅れました。僕は――」

「兄さん、どうかしました?」


 突如こちらに向かってそう呼びかける声がし、俺はその声がした方へと視線を移す。

 そこには明日香の登校初日に声をかけ、一緒にお昼ご飯を食べてくれた緩いウェーブのかかった黒髪ロングヘアーの女の子が居た。


「えっ? 兄さん?」


 俺は明日香を見ながらイケメンと女の子を指差す。


「はい。僕は由梨ゆりの兄で、“篠原拓海しのはらたくみ”と言います。よろしくお願いします」

「あっ、桐生涼太です。よろしくお願いします」


 いまいち状況が掴みきれていない俺に拓海さんは話があると言い、妹の由梨ちゃんに明日香と遊んでるように告げると、室内プール内のカフェへと俺を誘った。


「――改めまして、よろしくお願いします。桐生涼太くん」

「あっ、こちらこそよろしくお願いします。篠原さん」

「拓海でいいよ、桐生くん」


 篠原さんはこう言うが、その落ち着きようからはどう見ても年上にしか見えない相手をいきなり呼び捨てになどできない。


「いや、呼び捨てはちょっと……」

「そっかそっか。じゃあ拓海くんでも、拓海さんでも、どちらでもいいよ」


 どちらにしても名前で呼ばせるのは変わらないわけか。


「じゃあ、俺――いや、僕も名前で呼んでもらっていいです」

「うん。じゃあよろしくね、涼太くん」

「はい、拓海さん」


 そう言って俺は改めて拓海さんと握手を交わした。


「涼太くんのことはさっきサクラさんから聞いたけど、まさかこんなに早く会うことができるとは思わなかったよ」

「ははは……」


 俺は思わず乾いた笑いを漏らす。

 妹に彼氏が出来たのかと思ってあとをつけて来た――なんて言えないからな。


「あれっ? 今サクラって言いましたか?」

「うん、言ったよ」

「な、なんでサクラを知ってるんですか!?」


 俺は椅子から立ち上がり、思わず前のめりになってしまった。


「涼太くん、落ち着いて」

「あっ、す、すいません」


 いかん、ついつい驚いて声が大きくなってしまった。

 俺はコホンと咳払いをし、静かに席へと座る。


「僕もサクラさんと会ったのはさっきが初めてなんだ。ここに入る前に明日香ちゃんを物陰から見ているサクラさんを見かけてね」


 拓海さんはここまでの経緯を丁寧に話し、自身と由梨ちゃんについても話をしてくれた。

 その話には素直に驚いてしまったのだが、拓海さんは俺と同じ立場だった。それはつまり、由梨ちゃんも明日香と同じ幽天子だったということだ。

 ちなみに拓海さんが明日香を幽天子と知ったのは、さっきサクラに会った時らしい。

 そして拓海さんの口振りでは、どうも由梨ちゃんは明日香が幽天子だということに気づいていたみたいだと言っていた。


「――拓海さんはいつから由梨ちゃんと?」

「僕が由梨と出会ったのは、今から半年くらい前かな――」


 拓海さんは由梨ちゃんと出会ってからの半年間を、簡単にだが聞かせてくれた。

 その話を聞く限り、やはり相当の苦労があったようで、俺と拓海さんは苦労話をして共感しあった。


「――由梨は人見知りが激しくてね。最初は友達をつくるのに苦労してたんだけど、先日『友達とプールに行く約束をした』って嬉しそうに言ってね。そしたらお友達もプールが初めてだからって聞いたから、泳ぎを教えるために今日は一緒に来たんだよ」

「そうだったんですね」


 ああ、勘違いとはいえ、さっきの自分の行動が恥ずかしい。


「涼太くん。僕はね、由梨と過ごす日々が幸せなんだ。でも、幸せであればあるほど怖くなる」

「怖くなる?」

「そう。涼太くんも知っているとは思うけど、幽天子はこの世に転生する条件を満たすために僕たちと一緒に居るんだ」


 日常を普通に送っているとつい忘れそうになるけど、拓海さんが言うように、明日香は幽霊なんだよな。


「転生に必要な条件がどんなものなのかは分からないけど、それが満たされた時、僕は笑顔で由梨を送り出してあげられるんだろうか……」

「…………」


 拓海さんのその呟きに、俺はなにも答えられなかった。


「あっ、ごめんな涼太くん。さあ、由梨たちをずっと放って置いたら怒られるから、そろそろ行こうか」

「ですね」


 このあと明日香たちのところへと戻った俺は、4人で楽しくプールで遊び、とても楽しい夏の1日を過ごした。

 ちなみに偵察を任せていたサクラは任務を忘れてプールで遊んでいたらしいので、帰ってから洗濯ばさみ1日干しの刑に処した。

 そしてその日の夜、俺は再びあの夢を見た。とても嬉しく、とても悲しいあの夢を――。

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