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妹の様子を見に行きました。

 あと3週間ほどで夏休みに入ろうかという今日、明日香は小学校へ初登校となる。

 最初は夏休み終了後に行かせようかと思っていたのだけど、明日香が問題なく学校生活を送れるか様子を見るのに3週間という期間はちょうどいいかと考え、思い切って行かせてみることにした。明日香も早く学校に行きたがっていたしな。


「忘れ物はないか?」

「うん!」


 俺が昔使っていたランドセルを背負い、嬉しそうにしている明日香。

 まさか大事に取っておいたランドセルが、こうして役に立つ日がやってくるとは思ってもいなかった。

 もちろんランドセルは俺なりに改修をしてある。黒色だったランドセルを明日香の要望どおりに空色に塗り変え、少しくたびれた部分もネットの情報を参考に手直しをした。

 新品を買ってやれば手っ取り早いけど、この使い古した感じが小学校五年生ってのを演出するにはちょうどいい。


「サクラ、抜かりはないだろうな?」

「もっちろん! 涼太くんが言ったとおりにしておいたよ。大変だったんだからね」


 自称巨乳の胸を張り、自慢げにしているサクラ。

 今回の学校へ行こう計画を遂行するにあたり、サクラの協力は必要不可欠だった。俺がサクラに頼んで実行してもらったこと、それは明日香に関する記録の捏造ねつぞう

 当然ながら、明日香は小学校に行くのは今日が初めて。だからこれまでの記録をサクラに捏造してもらったわけだ。

 なるべく不自然にならないよう、明日香は身体が弱く、長期欠席をしていたことにしてもらった。


「サクラ、例の件は大丈夫か?」

「もちろん。でも、本当によかったの?」

「ああ、明日香もそれを望んだしな」


 そしてもう一つ、俺がサクラに頼んでいたことがある。

 それは“明日香に友達が居るということにはしない”――ということ。サクラの力を使えば友達が居るようにすることも可能らしく、そうした方が明日香がスムーズに学校生活を送れるとは思った。

 だけど俺は、そうすることを良しとしなかった。友達は与えられるものではなく、自分でつくるものだから。

 まあ俺だって友達は決して多くはないから、偉そうなことを言えた義理ではないけど、明日香はこれまで一生懸命頑張ってきたんだ。友達だってきっと自分でつくれる。

 もちろん明日香の意見を無視はできないから、この件についてはちゃんと話をして、どうしたいかを直接明日香には聞いた。

 その時の明日香は悩む様子もなく、『私、自分でたくさんお友達をつくるよ!』と即答した。なんとポジティブな妹だろうか。


「傘、忘れるなよ?」

「うん、ちゃんと持ったよ」


 学校に行く記念にと買ってあげていた猫プリントつきの新品の傘を手に持ち、玄関でソワソワしている明日香。せっかくの登校初日が雨降りだっていうのに、なんとも楽しそうだ。

 そういえば俺も、小学生の頃に新しい傘とかを買ってもらった時には今の明日香みたいにウキウキしていたような気がする。

 俺は当時の自分と今の明日香を重ね合わせ、少しだけ微笑む。


「じゃあ行こうか」

「うん!」


 表向きには久しぶりの登校ということになっているので、俺も一緒に小学校まで行くことにしていた。担任の先生にちゃんと会って挨拶をしておこうと思ったからだ。

 自宅から小学校までは、片道15分ほど。霧雨が降る中を、明日香は傘をさしながら楽しそうに歩いている。

 何度か通った道だけど、今の明日香には新鮮に見えているのかもしれない。

 まだ登校する子供たちも少ない中を、ゆっくりと歩いて学校へと向かう。

 そして小学校へと着いた俺たちはすぐに職員室へと向かい、明日香のクラス担任と会った。

 明日香のクラス担任は俺が在学していた時には居なかった若い女の先生だったけど、とても物腰が柔らかく、優しそうな人で安心した。


「――では、明日香をよろしくお願いします」


 必要な話を済ませた俺は、明日香を担任の先生に預けて職員室を出ようとした。

 少し振り返ると明日香が小さく手を振っているのが見え、俺も小さく手を振り返して職員室をあとにする。


× × × ×


「こんな時間に涼くんと会うなんて珍しいね」

「そ、そうだね」


 い、いかん、緊張で声が上ずりそうになる。

 明日香を小学校へと送ったあと、学園へと向かう途中で偶然にも琴美に出会い、一緒に通学路を歩いていた。


「なにか急ぎの用事でもあったの?」


 なにやら興味津々な感じで俺の顔を覗きこんでくる。

 その仕草がとても可愛らしく、俺はつい、その顔に見惚れそうになってしまう。


「あっ、いや、今日は明日香が久々に学校に行く日だったからさ、一緒について行ってたんだよ」

「明日香ちゃん、体調良くなったの?」

「うん。最近は調子が良かったから、本人が行きたいって言ってね」


 仕方がないこととはいえ、嘘をつくというのは気が引ける。しかも相手が琴美だからか、その罪悪感は更に増す。


「そっか、良かったね。また学校に行けて」

「ありがとう」


 久しぶりに琴美と通学し、一時の甘美で胸が苦しい感覚を味わっていた。

 そんな一時を過ごしたあと、俺は学園でいつものように授業を受けていたが、やはり明日香のことが心配になり、どこか授業に集中できないでいた。


「――明日香、上手くやってるかな」


 お昼休み前の最後の授業が始まって間もなく、俺は窓の外を見ながら小さく呟いた。

 勉強は全然大丈夫だと思うけど、クラスメイトとは仲良くできているだろうか。


『そんなに心配なら、様子を見に行けばいいのよ』


 突然聞こえてきた声に、俺は思わず辺りを見回してしまう。


『こっちよ、涼太くん』


 次に聞こえてきた声は、なぜか聞こえてくる方向が分かった。

 俺の席は教室の窓側、その最後方さいこうほう。その窓の外側から、サクラがにこにこしながらこちらを見ていた。


『驚かせるなよ』

『あはは、ごめんね』


 特に悪びれる様子も見せず、サクラはにこっと笑っている。

 まったく、心臓に悪い妖精だ。驚きのあまり心臓麻痺を起こしたらどうすんだよ。天生神が死神にジョブチェンジになるぞ。


『でっ? 明日香の様子を見に行かないの?』


 そんなことを考えていた俺に、サクラが再びそう聞いてくる。

 コイツは俺が魔法使いかなにかとでも思ってるのだろうか。今のこの状況で、そんなことができるわけないだろうに。


『あのなあ、見て分かると思うけど、俺は今授業中なの。どうやって様子を見に行けってんだよ』


 サクラの呑気な問いかけに、少しだけイラついた感じで答える。

 するとサクラはニヘッと笑みを浮かべてこう言ってきた。


『そんなの簡単だよ。私が涼太くんと入れ替わればいいんだから』


 そのなんとも怪しげな響きに、怪訝な表情をしてサクラを見る。


『それはつまり、お互いの意識を入れ替えて、身体を一時的に借りる――みたいなことか?』

『まあそんなところかな』


 漫画なんかではよく見るシチュエーションだが、サクラの不気味な笑顔を見ていると非常に不安になってくる。

 しかし明日香の様子を見たいという思いがあった俺は、少し悩んだ末に結論を出した。


『――分かった。入れ替わってくれ』

『オッケー! じゃあ、いっくよー!』


 言うが早いか、サクラは少し距離をとったあとで俺に向かって突撃してきた。


『お、おい、なにやってんだ!? あ、危ないっ!』


 目前に迫ったサクラが俺にぶつかった瞬間、自分の意識がフワフワと浮き上がる感じがした。


『あ、あれっ?』


 気がつくと俺は宙にフワフワと浮いていて、窓に映る自分の姿はサクラになっていた。


『もうっ、あんまりジロジロ見ないでよねっ! 涼太くんのエッチ!』


 目線を下にやると、そこにはムッとした表情の俺が居た。正確にはサクラの意識が入った俺の身体と言うべきか。


『これで明日香の様子を見に行けるのか?』

『うん、でも気をつけてね。他の人には見えないけど、幽天子である明日香には“その姿が見えちゃう”から』

『ん? 別に明日香に姿が見えても問題ないんじゃないか?』

『そう? 涼太くんがそれでいいならいいけどね』


 例え姿が見えたとしても、明日香にとってはサクラが様子を見に来ただけにしか映らないだろうしな。


『じゃあ、ちょっと行ってくる』

『いってらっしゃーい』


 恐る恐る窓に手をつくと、その手はまるで前方の窓などないようにスルリと突き抜ける。どうやらいつものサクラがそうであるように、壁などの障害物を抜けられるようだ。

 俺はそのまま勢いよく飛び立ち、明日香の居る小学校へと向かう。


「おー、凄い景色だな!」


 外はいつの間にか雨もあがり、青空が広がり始めていた。そんな広がり始めた青空を飛び回り、普段の自分では決して見ることが出来ない位置から街を眺める。


「これがいつもサクラが見ている風景なんだな」


 空を飛ぶのは人類の夢であり希望でもあると思うが、自分の力で飛ぶ感覚ってのはこういうのもなんだなってのを、俺は今、身をもって体験している。この感覚、正直クセになりそうだ。


「――おっ、もう着いたか」


 サクラの身体は思ったよりもスピードが出るようで、普通なら学園から小学校までは片道30分以上はかかる位置を、わずか3分ほどに短縮できていた。

 障害物がない空を移動できるメリットってのは凄いもんだなと、素直にそう感じている。


「えーっと、明日香の居るクラスは五年三組だったな」


 昔の記憶を頼りに壁を突き抜け、明日香が居る教室へと向かう。

 間もなく目的の五年三組の教室に着いた俺は、明日香を捜して教室の真上からゆっくりと身体を回転させて教室内を見渡す。

 どうやら今は算数の授業らしく、みんな静かにプリントの問題を解いていた。

 そしてちょうど教室の真ん中辺りの位置に明日香が居るのを見つけた俺は、素早く明日香の真上へと移動してから勉強の様子を覗き見る。

 プリントに書かれている問題は、以前に明日香とやった問題の応用。明日香はプリントの問題を前に少々考え込んでいるようだったけど、冷静に答えを導き出して解答していた。

 そうそう、それでいいんだ。

 俺は明日香が問題を解いていくのをじっと見守っていた。

 最終的に2問ほど間違えてはいたが、出来としては十分だ。今日帰ったら、間違えていた部分をちゃんと教えよう。

 そのままちょっとした授業参観気分で様子を見続け、あっという間にお昼になった。


「――桐生さん、良かったら一緒にご飯を食べませんか?」


 ランドセルからお弁当を取り出してモジモジとしていた明日香のところに、黒髪の緩いウエーブがかかった腰まで伸びるロングヘアーの女の子がやって来た。


「い、いいの?」

「はい、一緒に食べましょう」


 明日香は嬉しそうにお弁当を机の上に置いた。

 その女の子は自分の椅子を明日香の席まで移動させて向かい合って座ると、持ってきた弁当の蓋を開ける。

 その様子を見た明日香も、続いてお弁当の蓋を開けた。


「わあー、桐生さんのお弁当、可愛いですね。お母さんが作ってくれたんですか?」

「ううん、お兄ちゃんが作ってくれたの」

「ええっ!? お兄さんがこれを? 凄いですね」


 そんな女の子の言葉を聞いた周りの子たちが、興味津々に明日香のお弁当を覗きに来る。


「「「可愛い~!」」」


 お弁当を見に来た女の子たちから、口々に可愛いと称賛を受けるお弁当。

 思えばこの日のためにキャラ弁の作り方を研究し、作れるように特訓していたわけだが、その中でも今日の弁当は傑作中の傑作で、家に居る飼い猫、小雪をモデルにした猫キャラ弁当を作ったわけだ。

 キャラ弁は小学生にウケがいいと聞いていたけど、これは予想外の好評。明日香が友達を作るいい切っ掛けになればと思って作ったが、頑張った甲斐があった。

 楽しげにクラスメイトとご飯を食べる明日香の様子を見ていると、俺まで本当に嬉しくなってくる――。



 あっと言う間に終わったお昼休みあとの最初の授業は体育らしく、体操着に着替えた明日香が一生懸命に逆上がりをしていた。


「えいっ! えいっ!」


 逆上がりは初めての経験だからか、かなり苦戦しているようだ。

 俺は再び頭上から見守りつつ、心の中で応援していた。


「もう1回――えいっ!」

「頑張れ――――!」

「えっ!?」


 思わず気持ちが入り込んでしまい、つい大声を出してしまった。

 明日香は驚いた表情で俺が居る空を見上げている。黙って見守るつもりだったけど、こうなってしまっては仕方がない。


「頑張れ明日香! もうちょっとで逆上がりができるから!」


 明日香は俺の応援を聞くとにっこりと笑顔で頷き、再び鉄棒に向き合う。


「えいっ! え――――いっ!」


 気合の入った大きな声と共に勢い良くぐるりと回る明日香の身体。


「やった……できたー!」

「やったな明日香!」


 俺は賞賛の拍手を送り、それを見た明日香が満面の笑みを浮かべる。

 そして次の瞬間、俺の意識は急速に薄れ始め、なにかに引き寄せられるようにして途切れた。


× × × ×


「んん――」


 目覚めて辺りをゆっくり見回すと、そこはベッドの上だった。


「あっ、桐生くん。もう大丈夫?」


 少し離れた位置に座っているのは、花嵐恋からんこえ学園の養護担当の宮野先生だ。


「俺……なんでこんな所に?」

「覚えてないの?」 


 宮野先生の心配そうな表情の意味が分からず、俺は首を傾げる。

 そして俺は先生からここに居る理由を聞き、すべてを理解した。


『――サクラのドアホ――――――――ッ!』


 サクラに聞こえるようにと、心の中で力の限りそう叫ぶ。

 宮野先生から聞いたところによると、サクラは俺と入れ代わったあと、かなり無茶苦茶なことをしていたらしい。

 授業中に突然弁当を食べ始めたり、先生に解くように言われた問題に珍解答をかまして驚かせたりと、とにかく酷い内容だったと聞いた。

 いつもと違う様子に心配になった琴美と先生が、俺を保健室まで連れて行って寝かせたらしいけど、本当になんてことをしてくれたんだ……サクラのやつ。

 その後、授業に復帰した俺は周りの連中の妙な視線に晒されることになった。

 くそっ、サクラめ。帰ったら洗濯ばさみで羽を挟んで、俺たちの洗濯物と一緒に一晩干してやるからなっ!

 俺はクラスメイトの痛い視線を浴びながら、午後の授業を必死で耐えた――。



 授業が終わり放課後のホームルームが終わった瞬間、俺は逃げるように教室を出て学園を飛びだした。

 そして学園を出てしばらくした所で、いつものようにのんびりと歩き始める。


「――お兄ちゃん!」


 そしてしばらく帰路を歩いていると、学園に一番近い最寄り駅の通りで、なぜか明日香と会った。

 小学校と俺の通う学園は完全に真逆の方向にあるのに、明日香がここに居るというのはおかしい。


「なんでこんな所に居るんだ?」

「お兄ちゃんを待ってたの」


 小学校が終わったあと、わざわざここまで来て俺の帰りを待ってたってことか? 嬉しいとは思うけど、ちょっと危ないな。


「そっか、ありがとな明日香。でも今度からは、学校が終わったら真っ直ぐ家に帰らなきゃダメだぞ?」

「うん」


 素直に頷いて返事をする明日香。俺はそのまま明日香を連れて自宅へと歩いて行く。


「学校はどうだった?」

「とーっても楽しかった!」


 にこにこと笑顔を浮かべ、今日あったことを話し始める明日香。どうやら無事に初日を終えられたらようで良かった。


「――それでね、お兄ちゃんが作ってくれたお弁当をね、みんなが可愛いって褒めてくれたの!」


 自宅への帰り道、本当に楽しそうに今日あった出来事を話して聞かせてくる明日香。

 そんな明日香の楽しげに話す様をにこやかに見ながら、俺はその話に耳を傾けていた。


「そっかそっか、また作ってやるからな」

「うん! 楽しみだなあ」


 嬉しそうに微笑む明日香を見ながら、次はなんのキャラ弁を作るかなと考えていたその時、明日香が急に足を止めてこう言ってきた。


「あのね、お兄ちゃん。今日は応援してくれてありがとう」

「えっ?」

「体育の逆上がりの時、明日香を応援してくれたでしょ?」

「な、なんで分かったんだ?」

「だって、お兄ちゃんの姿が見えてたもん」

「見えてたって……サクラの姿じゃなくて俺の姿が?」

「うん」


 なるほどな。これがサクラの言っていた、“その姿が見えてる”ってことだったのか。


「ごめんな、明日香。お兄ちゃん、明日香のことが心配になってさ。サクラに頼んで様子を見に行ったんだよ」

「どうして謝るの? 明日香、とーっても嬉しかったよ! 明日香、お兄ちゃんだーい好きだもん!」


 そう言って俺の右腕を両手で抱き包んでくる明日香。


「えへへっ」


 可愛らしく笑みを浮かべる明日香を見ながら、俺はそのまま自宅への道を歩く。

 明日香と出会ってから、俺は心が温かくなる時間をたくさん感じるようになった。

 そして俺は、いつまでもこんな時間が続くような感覚をいだいていた。

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