もののけもよう 其の一――雪ん子――
投稿用小説の世界観をリンクさせ、
短編として書いてみました。
もののけもよう 其の一――雪ん子――
筆名・峨嵯 後走
ありとあらゆる命に溢れた、この世界。
されども、あなた方の知る世界とは少し異なります。
まず、似通ってる所と云えば、極東の――とある島国、その長い歴史の中で『平安』と呼ばれる時代の文化でしょうか。建築様式から風俗まで、人間どもは幽玄の美と言ってますけどね。そして、そんな世界を『宸世』と讃え、誇っています。そもそも、皇を取って民とし民を皇となさん、との讃岐院が――まぁ、成り立ちを語れば長くなるので、このくらいに致しましょうか。
では、大きく違う所と云えば――そう、私のような命無きモノどもも、多く棲んでおります。
怪物、妖怪、化け物、様々な括られ方がありますが、この世界では総じて[もののけ]と呼ばれ、恐れられています。時には奉られ――、時には狩られ――、私達と人間どもの関係は、悠久の時の流れによって激しく揺れ動きました。
しかし、最近は良好になって来ている――と、言えるでしょう。
さて――と、此度は、人間どもの生活に欠かせない必需品となっている、[もののけ]の小娘の話をしますか。
「ユカちゃん、今日もお勤め、ご苦労さんだねぇ」
木戸を開閉して入ってきたのは、薄着した中年のおばちゃん。たぶん、生まれて二十五年は経ってるんじゃないかな。漁師の女房をしているらしいよ。漁師の女房って何かも分からないし、名前も覚えてないけどね。
言っとくけど――あたしは別に、馬鹿じゃないよ。物を知らないだけ。教えてもらえないだけ。でも、さすがに自分の名前は知ってる。ユキカって言うの。みんな言いにくいから、ユカって呼ぶんだけどね。
「はい、これ。お願いねぇ」
あたしの前に差し出された、蓋の開いた木箱。中には鯛という赤いお魚が三匹、ぴくりとも動かず、横たわっている。漁師の女房って、お魚を持ってくるお仕事なのかなと、思う。
「………………はい」
木箱を両手で持ったあたしは、それに向かって強く息を吐いた。そして、吐き終えると咳き込む。いつも通りに――。
「いつもありがとねぇ」
カチコチに凍った中身を見て満足そうに頷いたおばちゃんは、同じような木箱が積み上げられた場所まで持って行き、一番上に置いた。もちろん蓋は閉まっている。
「じゃあ、がんばってねぇ」
そう言ったおばちゃんは、ぶるっと身体を震わせながら、再び木戸を開閉して立ち去る。
「………………けほ」
物を凍らせる時だけ、ちょっと咳き込んでしまう。ずっと前に一度だけ来た、なんたら陰陽博士って偉そうな人間が言うには、咳をするのはあたしだけ――んで、癖のような物なので心配無いらしい。
「………………はぁ」
だいぶ、呼吸が落ち着いてきたので、溜め息をついて仰向けに寝っ転がると、ちゃりっと右足の鎖が鳴った。あたしが逃げないように、人間が取り付けた物――。なので、あたしはここから一歩も出れない。出ようとも思わないけどね。今は暑いようだし。
天井の茅葺をじっと見る。ここは、地面に掘った穴の上に立てられた小屋。村のエラい人が言うには、地下水の気化熱によって外気より冷涼である為、食べ物の保存には最適である――らしい。
あたしは、雪ん子って種類の[もののけ]だから、この建物の中を冷やすのがお仕事。人間達はここの事を『氷室』とか『冷蔵庫』って呼んでるね。
食べ物の保存は、人間どもにとって永遠の主題【テーマ】でもあるようです。
冷凍保存は、非常に高い技術が必要とされますし、平安時代の文明程度しかない『宸世』の人間どもにはとてもとても、実現する事はかないません。
だからこそ、私達のような[もののけ]に利用価値を見出したのでしょうか。
ただ――、この雪ん子の小娘は微妙な立場のようです。もうすぐ反抗期でも迎えるような年頃だと思うんですがねぇ――雪ん子、雪女の力は、結構強いですから――さてはて、どうなる事やら。
では、此度はこれで失礼したく存じます。
何年ぶりかになるかは分かりませんが、執筆活動復活に向けたリハビリのつもりで、3時間で書き上げました。
短編のアイデアが浮かび、最後まで書く事を目標に、一気にやってみました。
と言うのも、以前、アイデアが浮かんだものの、執筆を途中で切り上げ、一ヵ月後に再開しようとしたら、全く書けなかったという経験があったからです。
「鉄は熱い内に打て」とあるのは、本当だったんだなと実感しました。
あと、自分は三人称が得意なのですが、一人称にあえて挑戦してみました。
ひょんな事から、アイデアが浮かんだら、また今回のように書きたいですね。