参
新入生だというのに、すでに制服は着崩しているし。
わかりやすい、わかりやすすぎる不良だ。
昔はユリがいじめられそうになったら、すぐに助けに来てくれたのに。
“大丈夫か?!ユリ!!”……って、必ず聞いてくれたのに。
今では母親譲りの綺麗な顔が妙な迫力を生み、元々の負けず嫌いの性格も助けてこの界隈を騒がせる暴走族のリーダーになってしまった。
ユリは諦めて、いかつい黒いバイクに乗ると康介は学園に向けて走り出す。
こんなことなら、髪をまとめてくるのだったと後悔した。
ユリの腰まで長い黒髪が、風になびいて周りの物に当たりそうで怖い。
康介はそんなこともお構い無しに、スピードをどんどん上げた。
「はっ、早くありません……!?」
「あー?!聞こえねーなー!!」
嘘つきー!!聞こえているくせに!
皇麟学園は、バイクだと十五分で着いてしまう。
たったそれだけの時間なのに、ユリはすごく疲れていた。
急いで乱れた髪や制服を整えていると、康介はバイクを近くの駐輪場に止めてくると言ってまた走らせていった。
その間にユリは、挨拶の最終打ち合わせをするべく職員室へ向かう。
なんだかんだと、早く着いてしまったので時間は余裕があったが。
遅くなるよりはいいだろうと、寄り道をせずにまっすぐ向かった。
「あっ、ユリ〜!」
やけに高く、可愛らしい声が聞こえた。
見ると校舎の中から、目がクリクリでふわふわの髪をした子犬のような男子学生が、ユリのところまで走ってくる。
大きく手を振って、ユリの名前を連呼するものだから……、思わず他人のフリをしたかったが、生憎今の時間は全然人がいない。
無視するのもアレなので、軽く微笑んで手を振り返しておいた。
「おはようユリ!会いたかったっ」
「おはようございます、生徒会長」
神野春と書いて、(じんのはる)と読む。
皇麟学園、現生徒会長にして風紀取締役実行委員会会長という、長ったらしい肩書きをお持ちのすごい人だ。
……見た目からして、とてもそうは見えないが成績は常に上位をとっているし、生徒からも慕われている。
(無邪気な性格やお菓子大好きなところなど)
今日は、生徒会の仕事の一環で新入生代表の挨拶をするユリと最終調整を行う為に、朝早く学園に来ていた。
……本当は、別の目的もあった訳なのだが。
「ユリ!今日はお菓子ないの?」
「申し訳ありませんが、今日はお店に行っていないのでケーキも和菓子も、持っていません」
「え〜!?……ユリがくれるお菓子、すっごく美味しいから好きなのになぁ〜……」
誤解してはいけない。
何も好き好んで、この人にお菓子を差し上げている訳ではないのだ。
アリスと藍月堂の常連客なだけである。
しかも決まって、ユリがバイトの時にやってくるだけである。
他意はない。
たとえ、学校が始まるまでの休み期間中、ほぼ毎日彼が訪れていようとも。
きっと他意はないのだ。
「春、急に駆け出さないでください。転んだらどうするんです?」
「大丈夫だ!俺は運動神経はいいから、転ばない!!昨日も階段で転んだけど、ちゃんと着地できたぞ?」
それはー……確かに、運動神経はいいかもしれないが。
階段で転ぶこと自体、避けられなかったのだろうか?
色々とツッコミたかったが、後々面倒になることは目に見えていたので、何も言わないでおくことにした。
「おや、花宮さん。いらっしゃったんですか……すみません。私の視界に入らなかったもので、気づきませんでした」
ユリのことを常にアウトオブ眼中、をモットーとしている生徒会副会長兼、風紀取締役実行委員会副会長と……またさらに覚えづらい肩書きを背負っている偉いお方。
神代秀暁と書いて、(かみしろひであき)と読む。
ストイックな黒縁眼鏡がキラリと光り、高身長なのでユリを見下ろす形となる。
「お気になさらないで。私はあなたの大切な生徒会長様と、楽しく歓談させていただいていましたから。何一つ、気にすることなどありませんでした」
「そうですか、あなたの図太い神経を案じるなど、私もまだまだという訳ですね。今後は、一切気にかけることなどしないようにしましょう」
ピクピク、ピキピキ。
ニコニコ、ウフフ。
そんな恐ろしい音が飛び交う中で、声をかけられるのは会長しかいないとわかりきったことなのだが。
当の会長は、二人のやりとりに飽きて自前のお菓子を食べるのに夢中になっていた。
――――――なぜ、こんな関係図になったのかというと。
あれは、アリスと藍月堂が春の新作フェアーを開始した日のことだった。
その日もユリは、売り子として表販売を行っていた。
初日ということもあり、なかなか売れ行きは好調で次々と売れていく中、さすがに休憩を取らなければユリが倒れる勢いだったので、休憩時間をもらった時のこと。
お店から少し離れた場所で、子供の泣き声が聞こえたのだ。
どうしたんだと、急いで声が聞こえる場所に走ってみると。
小さな男の子と、中学生くらいの男の子が一緒になってわんわんと泣いていた。
慌てて駆け寄ってみると、二人の間にバラバラになったクッキーが落ちているのを見つける。
……なんとか話を聞こうと、二人の男の子に話しかけるも小さな男の子しかまともに話せない状態だった。
泣きじゃくりながらも、男の子はこうなった経緯を話してくれた。
大きい男の子が、小さな男の子が持っていたクッキーを見てフラフラと近寄って来て、驚いた拍子に落としてしまったらしい。
お母さんにあげる為に、お小遣いを貯めて買ったクッキーだからこんな風になってしまって泣いていたという訳だった。
対する中学生くらいの男の子は、なんと高校生だという。
美味しそうなクッキーを見つけて、思わず近づいてしまったようで。
いきなり近づいたはずみで、男の子がクッキーを落とし、もう食べられない状態になってしまったことが悲しくて、あんなに泣いていたというのだ。
『なら、お姉ちゃんと一緒においで?お姉ちゃんが新しいクッキーあげる』
『本当!?』
『あなたがお母さん思いのいい子だから、今回だけ特別。お母さん、喜ぶといいね?』
『うん!』
ニパッ、と笑う男の子が可愛くて……ユリは手を繋ぎ、一緒に歩きながら「こんな弟がいればいいなー」と密かに思っていた。
ちなみに、高校生の男の子も一緒についてきている。
なぜかというと、元々アリスと藍月堂へ行こうとして迷子になっていたそうだ。
ならばついでと、一緒に行くことになった。
『僕、幸也って言うの!お姉ちゃんとお兄ちゃんはなんていうの?』
『私はユリって言うのよ、よろしくね幸也くん』
『俺は春!よろしくな幸也、ユリ!』
いきなり呼び捨て……思わず顔を引きつらせたが、相手は年上のようだし詳しく突っ込むのも面倒だし。
ということで、三人仲良くお店に戻ってきたら例の陰険性悪眼鏡が春を見つけて飛びついてきた。
春の目が赤いことに気づいた秀暁が、一番泣かせそうな可能性が高いというだけでユリを必要以上に疑い、因縁をつけこうして二人の間で戦いの火蓋は幕を開けた。
「春はお菓子が大好きですから、洋菓子と和菓子のお店で節操なしに働くあなたが気になっているだけのことです。決して、あなた自身が好かれているだなんて勘違いしないように」
「あら、お菓子を与えなければ「口うるさい、俺が嫌いなことばっかさせる!」と言われてしまう方より、マシだと思いますけど?大変ですよねー?会長の従兄弟でお目付け役で、それを抜きにしても会長のことが大好きなのに報われない」
ふっ、とユリは鼻で笑う。
ほぼ毎日、副会長に嫌味を言われ続けてさすがにユリも我慢の限界を超えていた。
春に聞けば、なんでも答えてくれるのでお菓子で釣っていろいろ聞き出したのだ。
……半ば、秀暁に対する愚痴になっていたが。
「春!あなたは花宮さんに何を言ったんですか?!」
「うぇっ!?お、俺は何も言ってないぞ!!」
いきなり話を振られ、展開についていけてない春はなにがなんだかさっぱり分かっていなかった。
ブンブンと、頭を大げさに振って違う違うと弁明している。
……しかし、聡明で名高い副会長様には分かっていた。
きっと、話したことを忘れているのだと。
お菓子に釣られ、お菓子を食べながら話したから内容まで覚えていないのだ。
「春」
「なんだ?」
「当分、アリスと藍月堂に行くことを禁止します!!」
「えぇっ!!?」
雷が落ちた時の衝撃を浴びたような、ものすごい顔になっていた。
ぷるぷると全身が震えだし、次にダーッと涙を流す。
そのままの状態で、秀暁に詰め寄りポカポカと胸元を殴った。
「なんでだよなんでだよ!!秀暁のバカーーーっっ!!!」
「しばらくの間、新入生歓迎の行事や生徒会の仕事で忙しくなります。あなたも生徒会長兼、風紀取締役実行委員会会長として責務を果たしてもらわなければ!」
そう言われてしまえば、グウの音も出やしない。
ここでさらに駄々をこねて、常日頃食べているお菓子まで禁止にされたらたまらないと、春は泣く泣く承知せざるを得なかった。
「うぅっ……秀暁のケチぃ」
「これでも充分に譲歩していますよ。さぁ、時間が惜しいのでさっさと打ち合わせをしましょう」
中断させたのは、他ならぬあなただろうとユリは顔をしかめる。
だが、少なからずこれから多少なりとも付き合っていくことになるかもしれない人たちだから、ここは辛抱と堪えてみせた。
……三人で校舎の中に入り、そこから通ずる通路から第一体育館の方へ向かう。
やはり時間的に早かったのか、生徒や教師にすら出会うことはなかった。
二人の案内で体育館に着けば、ようやく他の生徒がいるのを発見した。
入学式の準備をしているようで、みな忙しなく動いている。
そんな中、何人かがこちらに気づき小走りでやってきた。
どうやら、生徒会のメンバーのようだ。