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彼女はつれない女王様!  作者: 桐一葉
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桜の並木通りが有名な、人通りがそこそこ多い街中にカントリーで明るい外観の洋菓子店と、そのすぐ隣に並ぶ古式ゆかしい和を象徴した和菓子屋があった。


それぞれのウィンドウに、桜の花をテーマにした菓子がずらりと並ぶ。


それを目当てにやってくるお客の人数は、なかなかに多い。


昔から人気があった二つの店は、今は春ということで合作で作った春のお菓子などを店先で、これまた人気の高い売り子に販売させていた。



「いらっしゃいませー!ただいま、春の合作お菓子フェアー中でーす!」



ニッコリ笑う大和撫子、花宮ユリ。


今年の春から、奨学金で高校に入学する苦学生だ。


着物を着て袴を履いて、その上から白いフリフリのエプロンを身につける。


長い黒髪は、赤いリボンで後ろで一つにまとめて。


その二つの店の人気看板娘は、さっきから長い行列を作る男たちに愛想を振りまき、大量に作られたお菓子を売りさばいていた。


端から見れば、まるでアイドルのコンサート会場のようだが、本人は至って普通の女子高生のつもりだ。


だから、さりげなく手を撫でられても平気でいられるはずもなく……しかし、客商売ゆえに目立ったことは出来ない。


氷の微笑で牽制するしか、ユリに戦う術はなかった。



「ありがとうございましたー!」



大量にあった商品がようやく全部売れて、まだまだ並ぶお客さんに申し訳ありませんと頭を下げ、お店の中に早々に戻る。


そこでお店の中に入るまでの道すがらにも、声をかけてくる男たちにユリはいい加減にウザイと内心思いつつ、気取られないようにため息をつき……やんわりと断り続けて洋菓子店の扉をくぐった。


そこで、他の従業員と仕事のことを話し合っている店長と目が合った。



「店長、全部完売しました。今日のノルマはこれで終了しましたので、藍月堂さんにご挨拶して上がらせていただきます」



「ご苦労様です。今日もたくさん、男の人がやってきていましたね」



ハハハ、と笑う店長だったがユリは乾いた笑いしか出なかった。


笑えただけでもいい方だ。


なんとか笑顔を作って、差し障りない返答をする。



「その分、ケーキはたくさん売れました」



穏やかな人柄で、ご近所のお母様方に人気のある洋菓子店『アリス』の店長、笹川雅臣さん。


世界的に有名な洋菓子大会の賞まで取ったこともある人で、その独創性豊かなケーキを市場の平均値で販売する洋菓子店として、人気を集めていた。


優しくて、頼りになって才能もあるし経営力もあって充分過ぎるほど素敵な人だ。


ユリ目当てで男性は訪ねてくるが、笹川さん目当てで女性が大勢訪ねてくることでも有名なのだ。


お店の中のカフェスペースでは、笹川さん見たさに居座る女性のお客さんも多い。



「そうですね。あなたはまだ若いのに、本当によく働いてくれて……助かりますよ」



ユリはエプロンを取ると、厨房と店内の間にある小スペースにエプロンを収めた。


雅臣は用意していたケーキの箱を冷蔵庫から取り出して、ユリにお土産として手渡す。



「今日も、あなたのお父様やばあやさんのお土産にいくつか持ってかえってあげて下さい。いつもユリさんには、お世話になっていますから」



「ありがとうございます、二人も喜びます。……来週から、私も学校が始まるので終わってからお店に入ることになってしまいますが、今後とも、よろしくお願い致します!」



学校が始まったら、今みたいに朝からフルでバイトをすることが出来なくなってしまう。


それでも、売上アップに貢献していることもあり学校が終わってからお店に入っても、いろいろ考慮してくれる。


おかげで奨学生だとしても、高校に入学することが出来たのだ。


ユリは、深く感謝していた。



「こちらこそ、よろしくお願いしますね」



雅臣に深々と頭を下げて、ユリはお土産のケーキを手に隣の藍月堂に向かった。


ユリの着替えは藍月堂に置いてあるのだ。


表にはまだ、さっきの男たちがうろついているだろうから裏口からこっそりと藍月堂の店の中に入る。


すると、和菓子の職人さんたちが元気よく出迎えてくれて……ユリも負けないくらい元気よい笑顔で、挨拶を返した。



「ユリちゃんお疲れ様!もう完売したんだろ?さすがだよな〜」



「当たり前だ!ユリちゃんはこの街一番のべっぴんさんだぞ!?それこそ全国からでも、男たちが押し寄せて来ても不思議じゃねぇ!」



「ユリちゃんがニッコリ笑ってくれりゃ、仕事の疲れなんざ一発で吹き飛んじまうもんな〜。……という訳で、ユリ大明神様!本日も素敵な笑顔を一つ!!」



「お仕事、お疲れ様でした。来週から私は学校が終わってからお店に来ることになりますが、今後もどうぞ、よろしくお願いいたします!」



そしてご要望の、笑顔を一つ。


たまら〜ん!!といった感じで、職人さんたちが悶絶していると。



「なんです、仕事もしないで!おしゃべりばかりしていないで、ちゃっちゃと手を動かして下さいよ!!」



藍月堂の女将が、騒がしい厨房にやってきて職人たちに渇を入れる。


それに慌て、急いで仕事を再開しユリも女将さんの後に続いて厨房から出た。



「まったく、あの人たちにも困ったものだわ。ユリさんが店に帰ってくるたびに鼻の下伸ばして、仕事の手を止めてしまうんだもの……」



「……すみません」



悩ましげにため息をつき、頭を悩ませる女将。


それに申し訳ないと、顔を伏せてしまうユリにやんわりと言葉をかけた。



「あぁ、ユリさんのせいじゃないのよ。あの人たちが頼りないだけで――――そんなことよりユリさん!」



更衣室代わりの和室に向かう途中の廊下で、女将にがっしりと両手を掴まれたユリはまたか、と内心呆れたような心持ちだった。


迫力のある美人なので、顔アップで詰め寄られると何かとキツイ。



「うちの息子の嫁になってちょうだいな!あのバカ息子も、ユリさんのことは気に入っているし、頭が上がらないからきっと性根を入れ替えて、藍月堂を継ぐ為に頑張ると思うのよ!」



「……何度も言っていることですけれど。私、康介さんのことをそういう風に見ることが出来なくて……悪い方ではないのですが」



女将の一人息子で藍月堂の跡取りの若旦那。


ユリと同じ高校に入学が決まっている、竹川康介。


和菓子屋の跡取りでありながら、和菓子を作るでもなく店の手伝いをするでもなく。


毎夜、街をバイクで乗り回す暴走族のリーダーをやっている。


老舗の跡取り息子がそんなことをっ!!!……と、女将さんの頭痛の種なのだ。



「あの子も来週から高校生だから、今の次期こそ店を手伝わせるチャンスと思っていたんだけどね〜……ユリさんが来ているっていうのに、とうとう休み中は家に帰ってこなかった」



「一度もですか?……大丈夫でしょうか」



「あの子は怪我するような鈍くさい子じゃないし、どうせお仲間のところにでも泊まってるだろうから大丈夫でしょう。……そんなことより、千載一遇のチャンスを逃したことの方が大丈夫じゃないわ!」



今度こそ、縄で縛りあげてでも修行させようと思っていたのにぃっ!!


……そう叫ぶ女将を置いておいて、ユリは和室に入り、私服に着替えた。


着物を脱いできちんと仕舞うと、髪を整え部屋を出た。


すると、ニッコリ笑う女将がいつの間に用意していたのか、手に和菓子を持っていて、それをユリに手渡した。



「お土産よ、お父様と金江さんによろしくね」



アリスの新作ケーキと、藍月堂の自慢の和菓子を手に、ユリは自転車で家路を辿る。


店から自転車で30分の場所に、ユリの家はあった。


父親が華道家ということもあり、純和風の少しだけ広い家だ。


だからと言って、裕福という訳ではない。


父娘二人+ばあやの三人でなんとか暮らしていける程度の収入なのだ。


家は、父方の祖母からもらい受けたものなので家賃の心配はないが。


だが、父親がなんとも頼りない人なので、ユリが大概苦労する。


それでも、父親のことをユリは好いていた。


一人の女性を、自分の妻を……私の母を、愛し続けられている父を、すごい人だとそこだけは素直に感心している。


一途な父を、ユリは尊敬していた。



「ただいま!」



「おかえりユリ!今日もお疲れ様、ばあやがご飯を作ってくれているよ」



「お帰りなさいませ、お嬢様。お勤め、ご苦労様でございました」



「ただいま父様、ばあや」



このばあやは、祖母に仕えてくれていた人で家の中の一切を取り仕切ってくれている人だ。


女将が言っていた、金江さんというのはばあやのこと。


昔から藍月堂の和菓子を贔屓しているので、女将の小さな頃から知っている。


父が産まれたら祖母の代わりに父を育て、その次はユリを育ててくれた人。


今度は祖母の代わりに、父とユリに仕えてくれている。


この家が成り立っているのは、ばあやのおかげと言っても過言ではないのだ。



「これ、アリスの雅臣さんと藍月堂の蓉子さんからよ。父様と、ばあやによろしくって」



「雅臣くんと、蓉子さんが?嬉しいなぁ、いつも気にかけてくれて」



「ばあやも一緒に、後でいただきましょう?藍月堂の新作の和菓子よ、気になるでしょう?」



「あそこは昔から、変わらぬ味と新たな創作を繰り返しておりましたからねぇ。今度はどんなものを作ったのか、楽しみでございますよ」



若い時分から、藍月堂の和菓子に目がないばあやは味にもうるさいことで有名だった。


それが的を得ているものだから、職人たちもばあやに一目を置いている。


たまに女将さんや、職人でもある旦那さんが我が家に意見を聞きにきたりする。


……そのたびに、先ほどのユリを藍月堂の嫁に!という話をユリの父親の和彦に持ちかけるのだ。


普段はのほほんとしている父も、その時ばかりは鬼になる。


幼なじみであった和彦に、女将の蓉子は遠慮がないこともありこの話は昔から延々と続いていた。



「お菓子は、3時のおやつにいただきましょう。今はばあやのご飯が食べたいわ」



「はい、用意してございますよ。手を洗っておいで下さいませ」







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