濡れた足跡
今年の冬は極寒だ。四十を過ぎた私にはとても耐え難い。そんな寒い冬を過ごしていたら思い出した幼き日の話。
私が小学一年生の冬のある夜、両親が飲み会に出掛けて行った。
家人は夕食を用意し、風呂を沸かして行った。私には、年の離れた兄弟が上と下に一人ずついて、三人でテレビを観ながら楽しく夕食を食べた。
普段は口のうるさい家人にあまりテレビを見せてもらえなかったから、この日は三人で夢中になってテレビを観て楽しく過ごした。
言い付けられていた風呂に入る時間をとっくに越えてようやくテレビを観終えて、風呂に入る事にした。上の兄弟が面倒を見てくれながら入ると、既に風呂は冷めてとてもぬるくなっていた。それでも三人で湯船に入った。当時はボイラー式の風呂で、子供が追い焚きをするのには危険だったし、当然上の兄弟もボイラーを使う度胸はなかったのだろう。
しかし、上の兄弟はなんとか風呂のお湯を温め様と、裸のまま台所に行って、電気ポットからコップ一杯のお湯を持って来て湯船に入れた。
対して湯船の温度は上がらなかったが、上の兄弟が私たちのために一生懸命やってくれた思いは伝わった。湯船のお湯より心が温まった。
だが、翌日上の兄弟は家人に酷く叱られた。濡れた足で風呂から台所までの歩き、拭き掃除をしなかったから、若干の足跡が残った事に腹を立てたのだ。
自分たちは飲み会に出掛けていて、上の兄弟一人に幼い子供二人の子守りをさせたことを悪びれもせず、家人は烈火の如く怒った。上の兄弟はすべて自分が悪いと私たちのことを庇って泣きながら詫びさせられた。
現在、残念ながら上の兄弟とは音信不通になっている。どこで生きているかだけはわかっている程度だ。
今年の冬の寒い夜は、特に風呂からあがって硅藻土のマットに足を乗せついた足跡を見る度、上の兄弟が家人に酷い仕打ちを受けていたあの光景を思い出し心が痛む。
すべて上の兄弟は悪くない。悪いのは家人だ。私は上の兄弟にしてもらったコップ一杯の大きな兄弟愛を忘れない。
神様でも何様でも良いが、日常的にそんな仕打ちを受けていた上の兄弟が今幸せであるように、あの酷い仕打ちが報われる人生にしてはくれないだろうか。
極寒の冬、心の闇を1つ思い出している。
兄弟共々温かい春を迎えれます様に。どうかお願いしたい。
せめて兄弟が幸せであります様に。




