受話器と更年期
友達のK美が転職をした。K美と私は同級生。アベノミクス効果で景気が上向きになって来たと言われているが、それは都会の話。片田舎ではまだまだ景気が上向きとは言えず厳しい状況だ。K美はよく転職を決意し、次の職場が決まったなあと感心してしまった。
次の職場はビジネスマナーが徹底している会社らしい。K美は生真面目な性格なので、その社風が気に入ったそうだ。明日は初出社なのだと「私もビジネスマナーをしっかり再教育してもらってくる♪」とハイテンションで言った。
二週間後、K美と会ったらげっそりとやつれていた。明らかに疲れ果てている。生真面目な性格故、新しい人間関係を築くため気を使いすぎてしまい、やつれてしまったのかと思った。
K美曰く、新しい職場は確かにビジネスマナーが徹底されていて、社員同士の言葉使いや話しかけるタイミングも、相手が作業をしている妨げにならない様に気遣っている。中途採用なのに電話応対もかなり厳しく指導されて、とても勉強になったしありがたいと思ったとのことだった。
しかし、K美は納得できないことが起こってしまい、今後この職場で仕事を続けられる自信がなくなってしまったと言った。どんなことが起こったのか、詳しく話を聞いて見た。
K美の仕事は事務仕事である。配属された部署には五十代の女性の上司が数名いた。ビジネスマナーには自信があると豪語するだけあって、立ち居振る舞いも皆上品そうに見えたそうだ。
初出社から数日後、K美は営業担当者Lが行った事務作業に漏れが見つかり、Lに内線で確認したら「数日回答を待って欲しい」と言われた。三日後、K美はLに確認事項はどうなったか改めて内線で話をしていた。すると、K美の直属の課長がK美の背後から突然受話器を取り上げた。K美は内線で話に集中していて、背後に課長がいることに気が付いていなかったのでとても驚いたが、課長は「社長がK美と話がしたいと言っているから、至急社長室へ行って来い。内線は私が聞いておくから」と言って、K美を社長室へ行かせた。課長はLと内線で話を始めた。
K美が社長と話を終え、自分の席に戻ると課長が待っており、Lとの内線の結果を聞いた。
すると、K美がLの漏れを指摘するために、三日前の確認の為内線をしたのに、なぜかLからK美に内線をしたことになっていた。さらにL自身が漏れを発見しK美に指摘して、あたかもK美が確認事項を見逃したことにされてしまったそうだ。K美は反論しようと思ったが、当然Lは社員歴がK美より長い。入社数日のK美とLでは、K美が下手に反論したら余計に反感を買って信頼を失ってしまうと思い、その場では課長の小言を聞いてK美が悪者になることで治めてしまった。
理不尽な扱いをされることは、新入社員に限らず雇用されているものにとっては、ある程度は仕方ないと割り切らなければならないとわかってはいるが、K美はやっぱり納得がいかない。消化不良なもやもやした気持ちで与えられた仕事を進めていたそうだ。
さらに、この直属の課長はどうやら更年期障害の症状が出ているらしく、若い女性社員に対して、少しでも仕事で漏れがあると、当人に向かって頭ごなしに怒鳴り散らしていた。
仕事で漏れがある事は、多少は仕方がないことだと思う。それをいかに最小限に抑えるかが重要であって、漏れが見つかったら直ちに当人に知らせ、訂正するよう指摘する。ここまでは課長のやり方に問題はないだろう。
だが、指摘することに怒りは必要ない。むしろ、ここで怒りが入ると当人は委縮してしまい、再発防止どころか他の作業にも影響するのではないだろうか。言葉の怒りを受けると言う事は、人が思っている以上にメンタル面に大きなダメージを受けるのだ。上司だからと言って、自分の体調不良のはけ口を部下や目下の社員に向けていいはずがない。
しかし、この課長はビジネスマナーが完璧であると思っているが故に、自分の行い全てに自信があるらしく、上司本人はまわりが迷惑だと微塵も感じていないそうだ。
前出のLも上司の怒りを避けたいばかりに、K美に自分の漏れの責任転換をしてしまったのかもしれない。
K美はますます課長の行いに不信感を募らせていった。ビジネスマナーに自信がると豪語しているが、K美がLに内線をしている時に突然受話器を取り上げたことは、ビジネスマナーに反していないのだろうかと益々疑問に感じた。受話器を取り上げるという行為は、人からものを取り上げる事である。これはビジネスマナー以前に人間性に問題があると思い、次第にK美は課長の立ち居振る舞いや言葉一つひとつが下品に見えるようにしまったそうだ。
K美は、入社以来与えられた仕事を早く覚えようと周りが見えなかったが、同僚たちの様子を見ていたら、言葉や立ち居振る舞いは丁寧でもやらされている感があり、心がこもっていない。いわゆる「おもてなし」にはなっていないことに気が付いた。
そう思ったら、K美は何のためにこの会社に転職したのか。この更年期障害の症状のはけ口に自分がいつまで耐えられるか自信がなくなってしまい、さらに同僚たちの心のこもっていないビジネスマナーを自らも習得してしまうことが恐ろしくなったそうだ。
確かに、K美の言っていることは間違いない。更年期障害であってもなくても、ミスを指摘することに怒りは必要ない。心のこもっていない完璧なビジネスマナーより、完璧でなくても心のこもっているビジネスマナーの方が丁寧であると思うし、社外の人間からみても、また一緒に仕事がしたいと思うだろう。会社の繁栄にもつながると思う。
私も何度か転職経験があるが、上司から突然受話器を取り上げられたことはない。話し終えた後、指摘を受けるか話中にメモを渡され、早く話を終わらせるよう促されたことはあった。それが普通だと思うし、内線であれ話中の相手も突然何の前置きもなく会話を寸断されたら驚くのではないか。ビジネスマナー違反である。
K美はそれから数日後、この会社を辞めた。しばらく受話器を取り上げられたショックで、就労とはビジネスマナーとは……と考え込んでしまった様だった。
私は「とんでもないモンスターに出会って大変だったね。でも早く逃げ出せてよかったね。モンスターの悪行に気づけたK美はビジネスマナーをきちんと理解しているからだよ」と言った。K美は力なくうなずいた。数週間後また就職活動を開始し、すぐに新しい就職先が決まった。ビジネスマナーは完璧ではないが、そこそこの人間関係を築ける職場だそうだ。間違っても受話器を取り上げられることはなさそうだと言った。
どんなにビジネスマナーが完璧でも、心がこもっていなかったら、丁寧な言葉はただのセリフ。立ち居振る舞いは品のない行動になってしまうのだと、K美の転職経験から教えて貰った。私は間違っても人に指摘する時ときには、怒りを出さない様にしよう。アラフォー世代の私も、そろそろ更年期障害の症状が出てもおかしくない。今から食生活を見直そう。とりあえず大豆食品を多めに摂取しようか。納豆と、青汁を飲むときに豆乳割にしよう。それから、黒ゴマも良いんだったかな。
更年期障害で他人に怒りをぶつけるってとっても下品なのね。。。私は気を付けよう。間違っても受話器を取り上げるような行為と同等の行為だけはやらない様にしなくては。悪い見本を教えて頂いた。ありがとうK美。大変だったけど、K美に感謝しつつ、K美の就労意識が思ったより早く戻って新たな職場でがんばっている事をうれしく思う。
話中に受話器取り上げるって、かなり異常行動よね。。。モンスター上司恐い。。。




