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ひとびと  作者: はちみつ
はちみつ日記
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53/100

風邪引き先生

資格取得講座の講師の話。

その講座は小さな教室で行なわれた。

週一回、日曜日朝から晩まで机に座り講師から講義を聴いた。十回コースだった。

講座は毎回違う講師が行なった。

その中の一人の講師の話。


 資格取得講座では、皆試験に合格したくて必死で講師の話しを聴いている。

今回参加した講座は、親切なところでは無かったので、講座用のレジュメが配られず、講師がプレゼンテーションやホワイトボードに書いた事を、持参したノートにメモを取っていた。

 早口な講師だと、講師の話しを理解できずにメモを取る事に必死になってしまうこともあり「メモを取るより、じっくり話を聴いてしっかり記憶に残した方が良いのではないか」と思う事もしばしばあった。

 しかし、人の記憶は時間が経てば経つほど曖昧になることは経験上わかっていたので、メモをしっかり取って、講座以外の時間にメモを見直して理解する様にした。資格試験合格のためなら、これくらいの努力は必要なことだと割り切ってがんばった。

 講座も終盤に差し掛かった日、その分野では現役第一人者として活躍されている先生が講座を行なった。

 現役の先生だから、現場のリアルな話が聴けると思い、受講生たちは興味津々だった。

 しかし、この先生はプレゼンテーションを使い講座を進めただけで、現場のリアルな話はしてくれなかった。しかもとても早口で、早く講座を終わらせたいと言った感じでやる気がなさそうだった。

早口で話すから、プレゼンテーションのメモを取り終わる前に途中で次の画面に切り替えられてしまった。

 受講生の一人が「前の画面の内容をメモを取れなかったので、もう一度見せてもらえませんか?」と言ったら、先生は「こんなこと基本中の基本だから、みんな知ってるでしょ? わざわざメモを取る程ではないよ」と言った。受講生たちは唖然とした。

 先生にとっては基本中の基本かも知れないが、私たち受講生は、その基本中の基本を習いに講座に来ているのだ。だから、必死にメモをとる。そもそもわかっていることなら、貴重な休日に時間を割いて講座には来ないだろう。

 その後も先生は、こんな調子で講座を進めた。受講生たちはかき取る事が不可能だと思いメモを取る事を諦めて、先生のとても早口で聴き取りづらいプレゼンテーションを使った講義を聴いた。基本中の基本を習得するために……。

 この日の講座が終わり、駐車場で受講生たちと立ち話をした。

「今日の講座は今までで一番最悪だったね」

「適当にやってる感じが見え見えだった」

「あの人が現場の第一人者なんて、なんだか嫌な感じ」

「勉強するテンションが超下がった」

「たいした人数じゃないんだから、プレゼンテーションの画面印刷してくれたらいいのに」

 みんな言いたいことを言い合って、うっぷんを爆破させた。

先生の早口な口調を真似た人がいて、皆で笑ってしまった。

 

「お疲れ様」と言う声がした。

声がする方向を見たら、講座の女性スタッフと講師が立っていた。

スタッフの女性が明らかに不機嫌そうだった。

どうやら私たちの立ち話を聞かれていた様だ。

スタッフが「先生、今日は風邪気味だったんですよね。帰ってゆっくり休んで下さいね。長丁場の一日本当にお疲れさまでした」と当てつけの様に私たちの方をちらりと見て言った。

「そうだね。一日疲れたよ」と先生は不機嫌そうに鼻声で言って帰って行った。


「ヤバい、私たちの話しどこから聞かれていたのかな?」

「あの様子だと、全部聞かれていたって感じだよね」

「どうしよう、私たち試験に落とされるかな?」

「でも、本当に最悪だったから、悪く言われてもしょうがなくない?」

「マックに行って話せば良かったね」

「風邪引いているから、講座を適当にやっていいわけないよね」

「そうだよ。風邪引いたのは、自己管理ができてないからだよ」

慰め合いの言葉を言い合ったが、先生の悪口を言ったから、試験に落とされるのではないかと、気が気ではなかった。心配事を長々と話していたが、話していても答えが見つかるわけではないので、なるようにしかならないと思い帰った。

 翌週の講座は、また別の講師だった。可もなく不可もなく淡々と講座は進められた。私たちは、しっかりとメモを取った。試験で前回の講師の悪口を言ったことで落とされないために、今まで以上に必死で勉強し始めたのだ。

 講座終了後、試験が行なわれた。私は合格した。他の受講生たちも、講師の悪口を言った影響はなかったのだろうと言う感じの結果だった。

 試験官はあの講師ではなかったし、採点者も別な人だったのかも知れない。

 一先ず安心したが、どんな事情があるにせよ、人の悪口は言わない方が良いと言う事を実感させられた。

 当てつけの言葉を言ったスタッフがこの資格に関わっていて、風邪引き先生の様な人が、この資格の第一人者であるかと思うと、せっかくがんばって合格した資格なのに、価値あるものだと思えなくなってしまった。

 

 後日、講座で一番評判が良かった講師の先生に、合格したメンバーで報告に行った。

 あの講師の事を話した。先生は笑っていた。あの講師は、毎回そんな話が受講者から出るのだそうだ。講師の先生曰く、現場で評価される人と、講座の講師に向いている人はそれぞれ違うとのことだった。

 先生に「あなたたちは、合格してスタートラインに立ったばかりだから、勉強した知識を上手く使える様にしなさい。それから、『人に教えることは自分も学ぶこと』これはどの世界でも使えると思うから覚えておきなさい」とアドバイスを頂いた。


「人に教えることは自分も学ぶこと」私は、講師の様に大勢の人の前で教える事は無いかもしれないが、一人に教えるときでも、自分の体調や気分に左右されず、しっかり教えたいと思った。

 この言葉を頂いたことで、資格試験に合格した価値がやっと見出せた。

 風邪引き先生、その後風邪は治ったのでしょうか?

 もしかしたら、講師の仕事が苦手で講座の日になると風邪を引いている様な症状が出る神経性の病気だったりして……。あの講座は今後も継続されるだろうから、あまり笑えない話である。

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