棒をふりふりチーパッパ
小学生の時の教師の話。
この教師は男性だ。
教師のお気に入りの棒があり、授業中は肌身離さず持っていた。
長さは1mくらいだったと思う。
教師は、棒をいろいろな事に使った。
社会の授業では、歴史上の登場人物の真似に使い、戦の説明では刀に見立て、反対運動ではデモ隊の先頭の武器として使い、棒のお陰で臨場感あふれる授業になった。
だが、一番使用頻度が高かったのは、児童を威嚇することや教師の怒りの発散だった。
教師の気に入らない事があれば、机を思い切り叩く。
教室中に、机と棒がぶつかりあった独特の鋭い音が鳴り響く。
叩いた衝撃音と教師の怒りに驚き、泣きだす児童もいた。
さらに、教師はもう一度叩く。教師はなぜか2度机を叩いた。
この教師は「体罰は愛情だから、必要だ」と言っていた。
実際、本当に殴ることはなかったが、殴るふりは何度もやった。やられた児童はその度に泣いていた。
当時は、本当に殴ったり、叩く教師もいたから、ふりだけでは体罰にならない、児童を恐がらせるだけだと思っていたのだろう。
でも、ふりと叩くことの心に受ける痛みは同じである。体の痛みを感じないだけだ。
だから、ふりでも立派な体罰である。体罰は愛情ではない。犯罪である。
体罰教師は、その後も体罰を続けていた。棒叩きも相変わらず行なわれた。
小学校を卒業してから、20年以上過ぎた。
つい先日、あの教師を見かけた。
様子がおかしかった。挨拶するのを遠慮してしまう程、痩せて青白い顔だった。
棒を振り回していた頃の恐い面影が殆ど消えていた。
後に聞いた話しによると、メンタル面が病んでしまったそうだ。
そういえば、この教師は「人を殴ると殴った方も同じくらい傷つく」と言っていた。
だから、机を叩いたり、殴るふりをしたことが心の傷になって、メンタル面に出たのだろう。相当な回数の体罰を行なっただから、きっと心の傷も重傷に違いない。
良い病院や医師が見つかって快方に向かう事をお祈りしよう…とは思わない。
自分で起こした行為の結果だから、自力でなんとかして頂こう。
チーチーパッパ チーパッパ 私のガッコの先生は棒をふりふりチーパッパ。




