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色褪せる思い出の先に、薄れていた思い出を見つける

作者: 155
掲載日:2026/09/18

 すべてが無駄だったと言うつもりはないし、思いの外悪くないんじゃないかって、今なら言えそう。



 付き合い始めて5年。


 喧嘩もしたけれど、大事にはならずだいたい長くても翌日には仲直りしていた。

 思い返せばラブラブイチャイチャしていたのは付き合いだしてから3ヶ月間くらいだったか。

 その後は落ち着いた感じで、いちゃつき具合も軽めになっていた気がする。


 だからといって、好きさ加減が下がっていたとは思っていない。

 強火でぐつぐつ沸騰していたのが、ちょうどよく中火くらいになった感じといえばわかりやすいかも。


 若いカップルだと1年もすると倦怠期がやって来て、あっと言う間にお別れなんてこともあると聞くが、わたしたちにはそういうのはなかったと思う。

 ちょうどその頃、彼が半年間の長期出張が決まり遠距離恋愛風な状況になったのも関係するかもしれない。

 会いたくても会えないっていうのがいい刺激になって、たまに会えるとかなり燃え上がったものだった。


 出張明けに彼が地元に戻ってきたときには彼から離れたくない、なんて言われて同棲することになったんだっけ。




 同棲すると別れる。

 良く言われるやつだ。


 長いこと付き合っていたとしてもこれまでいいところばかりしか見えていなかったのに、同棲で四六時中一緒にいることになり悪いところまで目にするようになって一気に冷める、みたいな。


 わたしたちの場合、だいぶ前からお互いに無駄な見栄は張らなくなっていたのでけっこう自分の悪いところもさらけ出していたように思う。


 わたしは一見几帳面に見えるらしいが案外ズボラだし、お金にもけちクサいところがあった。その他にもぜったいにダメダメなところはあるに違いない。

 彼は彼で、おおらかそうに見えてたまに狭量なところがあったり、計画性があまりないところなど気になるところはちょくちょくあったりする。


 ただわたしたちはそれを全否定するわけでもなく、だからといって全肯定するわけもなく、直せるところはお互い直して二人して気持ちよく過ごせることだけを考えていた。


 昔の歌にあったが育ってきた環境が違うのだから、互いに違うところがあって当たり前だし、多少の食い違いや温度差などは先に織り込み済みなのだ。



 同棲して初めて知ったこともある。


 彼はかなりマメで、毎日掃除機をかける。わたしなんて週一回かければよかったほうなので助かる。

 代わりに彼は洗濯が下手くそ。いつも服がシワだらけだった意味がよくわかった。だから洗濯はわたしの領分にしてもらった。


 料理はお互いに好きなので、時間がある方が作ることになっていた。

 彼は洋風と中華が得意。わたしは和風とアジアンテイストの料理が得意なので、変に被らずいつも違うご飯にありつけて満足だった。




 たしか日曜の夜だったと記憶している。彼が急にお腹が痛いと言い出した。

 風邪をひいてお腹を壊したとかいうレベルじゃないことは彼の表情を見ただけでわかった。わたしは慌てて救急車を呼んだ。


 虫垂炎。いわゆる盲腸ってやつだったようだ。変に我慢しすぎて一歩間違えば腹膜炎にまでなりそうだったとあとから聞いて血の気が引いたのを覚えている。


 こんな時、いくら恋人で同棲しているからと言って手術の同意書にもその他の書類にも一つもサインができなくて自分の無力さを痛感した。

 彼の実家は遠方だったので、比較的近くにお住まいのお義兄さんに来てもらい、必要書類だけは一通り処理していただいたのは不幸中の幸いだったか。



 これをきっかけにわたしは結婚というものを意識し始めた。


 これまでただ二人でいることに満足していたので、夫婦になるということに何の願望も持っていなかったのだ。

 どうせ紙切れ一枚で何が左右されるというのだろうか、くらいにしか結婚に対する印象を持っていなかったのも事実だったりする。


 でも彼の病気を目の当たりして考え方は変わった。


 病院で、言われた「親族の方でないと、第三者ではだめなんです」の言葉に打ちのめされ、呆然としてしまったのも理由としては大きい。

 わたしは所詮第三者でしかないということに目の前が真っ暗になる。

 仮に彼が今亡くなってしまってもわたしには何もできないし、何一つ残されないんだと考えると震えるほど恐ろしかった。

 これは逆も然りで、わたしが死んでも彼には何も渡せないと思うと切なくなってくる。



 彼の退院後、それとなく結婚のことを話してみた。

 すぐにでも「いいね。そうしよう」とか「プロポーズしなくちゃ」くらいのことを言うだろうと思っていたのに彼の反応は鈍い。


 結婚資金がないことや今後の仕事の話ではぐらかそうとしているのが良くわかった。

 伊達に長く付き合っているわけではないし、彼のクセなども全部把握済みなのだ。

 彼が乗り気でないことに多少のショックは受けたが、病み上がりにする話でもないかとわたしも一旦は引き下がることにする。



 過去に将来の話をしたことがないわけではない。

 同棲初期の頃などは、どこに家を買って子どもは何人いてなどの計画なのか妄想なのかわからない話も良くしていたような気がする。


 しかし、今回わたしが結婚の話をしだした途端、彼の普段の振る舞いが明らかに変わったのがわかった。

 多分本人は上手くごまかせていると思っているに違いないが、わたしから見ればどこをどう見ても不審な行動でしかない。


 結婚の話をした直後から彼の帰宅が僅かだけど遅くなってきたし、無理に誘われたという外呑みの回数も増えている。

 LIMEの返信が遅くなったり、そもそも返事さえなかったりと細かいことを言い出せばキリがない。



 退院後2ヶ月が経っても彼は結婚の話をわたしにしてくることはなかった。

 この間はわたしにとっては彼がどう思っているのかを見極めていた期間だったかもしれないと今では思う。


 わたしの得た結論は――彼は、わたしとの結婚を望んでいない、ということだった。


 もしかしたら、わたしとだけではなく誰とでも結婚する気がないのかもしれない。

 他の誰かとなら、という可能性もあるが、どこの誰だか知らない女と彼が結婚しようとわたしには興味がなかった。



 彼のことはこうなった時点でも好きだったし、尊敬もしていた。


 決して嫌いになったわけじゃない。

 ただちょっと疲れてしまっただけかもしれない。

 だけどこのままあなたと過ごし続けるのは難しい。

 そう思ってしまった。


 一時の気の迷いということもこの期に及んで考えてみたし、時間も置いてみたがわたしのこの思いは変わらずに、むしろ強固なものにしてしまったかもしれない。



 交際5年目の記念の日まであと僅かという日にわたしは彼に別れを切り出した。

 彼は狼狽し、理由をわたしに何度も繰り返し聞いていたが、彼だってわたしが決断した理由など察せるはず。


 やがて彼は静かに頷き別れを了承してくれる。



 同棲していた部屋から荷物を密かに契約してあったアパートに移す準備は整えてあったので遅滞無く彼との離別は進んでいった。


 彼との別れは悲しくもあったが、自分でも驚くほどスッキリしているのには驚いたものだ。

 別れた翌日には職場にごくふつうに出勤し、普段よりも手際良く仕事を処理し、お昼には同僚と美味しいランチまで食べに行った。


 一人の部屋に帰っていくのはさみしいと思うこともあるが、ただ惰性で結婚もしない男と付き合うこともないと思うとなんとなく前を向いているような気がするから不思議だ。

 自分の結婚観がすっかり変わっていることにもおかしくて笑いが溢れる。


 結婚できなかったのは残念に思うが、あの元カレとでは最終的にうまくいくことがなかったと先にわかっただけ儲けものだったと思うことにした。




 半年が過ぎ、1年が過ぎた。わたしももう28歳になる。


 もう元カレのことは思い出すこともないし、何なら顔もおぼろげで、もはやはっきりとは覚えていない。

 もしかしたら道ですれ違っても気づかないレベルかも知れない。流石にそれはないとは思うが。



 ある日1枚のはがきが届いた。

 今どきはがきとは古風だなと思い見てみると高校の時の同窓会の案内だった。卒業後10年の区切りみたいなものだろうか。

 転居時の住所変更一覧表の中に同窓会名簿というのも入れてある。律儀にも都度修正していたおかげでちゃんとわたしのもとにはがきが届いたみたい。


 高校の時の友人たちとはたまに連絡は取っているが会うことなんてほぼなくなったので懐かしくなり、一晩悩んでから同窓会には参加することにする。



 友人たちは結婚していたり既に離婚していたり未だわたしと一緒でシングルだったりと様々であったが概してみんな元気そうだったので安心できた。


 実はわたし、この高校時代に一つだけ心残りがあった。

 好きだった人に告白もせずに卒業してしまったのだ。


 10年ぶりの再会に旧交を温め懐かしさからそんなことまで思い出してしまう。


 さすがに彼も結婚しているかもしれないし、そうじゃないにしろ恋人の一人や二人いるに違いない。

 もし二人いたら幻滅するけど。



 一通り友人たちの間を回って一休みすることにすると、件の彼が会場にいることに気づいた。

 一気に気持ちは10年前に戻ってときめいてしまったが、そこは既に28の女なのですぐに冷静になれる。


 彼の方もわたしに気づき手を振りながらこちらに歩いてきた。


 大人の社交辞令的な挨拶の最中もわたしの目は彼の左薬指をチェックする。

 彼の視線もわたしの左手に向いたので同じくチェックされたのだろう。


 確信には触れずに懐かしい話をしながらお酒が進んでいく。


 一度スマホを紛失したので彼の連絡先も一緒に無くしていて再び連絡先などを交換した。

 今流行りのキャラクターのスタンプなんか送ってもらって年甲斐もなく浮かれてしまう。



 しばらくグラスを重ねると彼もわたしもガードが緩まったのか、お互いぽつりと余計な一言がこぼれてしまった。


 結婚や恋人の話だ。

 いい年した男女が高校生のような駆け引きをしても仕方ない。

 まあ先程までは気持ちだけは高校生の頃に戻っていたが。


 結果としては、お互いに完全にフリー状態だった。


 だから何だというわけではないが、その後彼からとんでもない話を聞かされてしまう。

 高校の時わたしのことが好きだったのに告白できなかった、と。

 そして酒の勢いは怖いもので、わたしも彼のことが好きだったと同じく告白してしまった。


 両片思いは10年の歳月を経て両思いとなって結実する。


 こんな事があっていいのかと思うが事実なのだから仕方がない。


 彼からは結婚を前提に交際してほしいと申し込まれた。

 なんならこのあとすぐに婚姻届を提出しに行ってもいいなんて言われたのには笑ってしまったが。




 正直新しい恋が始まったばかりで今は何も期待していない。

 でも、今度の恋の行く末はまだわからないが、案外といい感じになるんじゃないかって思っている。



 


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