◇4ー1 ドルー宝飾店の白魔術師
アーノルドの生活は規則正しい。基本は王宮と学園の往復だ。
きっちり定刻に寝起きし食事をするのは、それに合わせて仕事をする使用人がいるからである。
身の回りの世話をする侍従、時間に合わせて料理を仕上げるシェフとそれを運ぶ給仕、部屋の掃除をするメイド、外出時には護衛を伴うので、急な予定変更は彼らに負担をかけてしまう。逆を言えば、王族の生活はそれだけ多くの人に支えられているのだ。
その辺の事情はシルビアも理解している。けれど連日、ニャンコ柄のパジャマ、紅茶とスコーンの同じ朝食、学園ではコリンナといちゃつき、放課後の自習、国王夫妻と夕食……と、代り映えしない生活ではいい加減、飽き飽きするというものだ。しかもシルビアは眠らないので、一日がとても長い。
『呪いを解く見通しも立たないし、なんか、すっごく暇なんですけどぉぉぉ!』
シルビアは悶えた。
そんなある日のこと。
めずらしくアーノルドが学園の帰りに寄り道をしたので、シルビアの心は浮き立った。
目抜き通りの裏側にひっそりと建つ『ドルー宝飾店』は、骨董好きのドルー伯爵が道楽で始めた小さな店である。
掘り出し物を求めて来店する貴族も多く、シルビアは幼い頃に両親に連れられて何度か来たことがあった。
店内にはアクセサリーのショーケース、壁一面に百年前の人形や燭台などのアンティーク雑貨が飾られており、雑貨が商品の大半を占めていた。髑髏の水晶、キュウリの形をした翡翠なんて変わり種もあって、見ているだけで楽しめる。
「お待ちしておりました、殿下」
護衛を一人店の外で待たせたまま、カランとドアベルを鳴らし入店したアーノルドを、張りのあるバリトンボイスが出迎えた。
シルビアの記憶では、店主は白髪交じりの風格のある老紳士だが、目の前にいるのはグレーがかった銀髪を後ろで一つに結んだ二十歳くらいの青年だった。中性的な整った顔立ちをしていて、どこか謎めいた雰囲気を醸し出している。
予約制なのか、それともたまたまなのか、店内にほかの客はいない。
ホワイトセージのお香が焚かれ、白い煙がゆっくりと立ち上っている。時折、煙にまとわりつかれるような感覚がして、シルビアは頭がクラクラした。
「また寄らせてもらったよ。このお香の匂いで、お忍びで街に出たことが侍従長にバレてしまうんだけれどね。ここなら希少な宝石もあるだろうから」
制服に匂いがつくのを侍従たちが嫌うのだと、アーノルドはわざとらしく渋面を作り肩をすくめる。
そんなアーノルドに来客用の椅子を勧めると、銀髪の青年は琥珀色の目を細め愛想よく応じた。
「このお香は魔除けですよ。ホワイトセージは、けがれを祓うと言われていますから。アンティークの雑貨や宝石は、何人もの持ち主の手を渡ってやって来るんです。中には事情があって手放す人もいたでしょう。彼らの無念や執着が物に残らないように、当店ではお香の煙で燻してから店頭に出すようにしています」
「持ち主の無念や執着か。それを言ったら王家の宝物庫は無念だらけだろうな。このオニキスなんて、その昔、王位継承権を剥奪された王子が所有していたらしい。呪われているかもしれないよ」
呪いと言いつつ大して気にしていないのか、アーノルドは冗談めかすように片目をつぶり、銀髪の青年に手を差し出して指輪を見せている。
銀髪の青年も調子を合わせ、オニキスを覗き込みながら「それは恐ろしいですね」と大袈裟に相槌を打つ。
シルビアは青年の顔が迫ってきてギョッとするが、どうすることもできない。
「もしよろしければ、こちらの指輪、お帰りになるまで燻して差し上げましょう」
「せっかくだからお願いするよ」
オニキスの指輪が、銀髪の青年の手に渡った。
「それで、今日は何をお探しですか?」
「黒い宝石が欲しいんだ。できればブラックダイヤがいい。そうだな、ピアスかブレスレットに加工できる大きさで――」
アーノルドが嬉々として説明している間、シルビアは商品棚にあるガラクタに近いアンティークをワクワクしながら鑑賞していたのだが、恋人のプレゼントを買いに来たと知ったとたん、つまらなくなった。
黒はアーノルドの髪の色、コリンナの瞳の色だ。そう、二人の色。でも、もう傷ついてなんかやらない、とシルビアは歯を食いしばる。
コトリ、と香皿を置く音がした。
アーノルドが座る来客席のテーブルの片隅に、新しいお香が用意されたのだ。シルビアはホワイトセージの煙に包まれ、すぐに視界が白く染まった。
宝石選びに熱中するアーノルドの口数も次第に少なくなっていき、店の置時計からチクタクと秒針の音だけが聞こえてくる。
煙に燻され、じんわり温かい。
(眠い……)
シルビアはうつらうつらとし始めた。




