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ある日、目覚めたら愛するあなたのモノになっていた  作者: ぷよ猫


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3/11

◇3 失恋

 それから二週間――。

 シルビアは、まだ指輪のままである。


『ちょっと! 聞こえないの? ねえってば』


 人とすれ違うたび、誰彼構わず訴えるも空振りの日々。

 おそらく指輪に装飾されたオニキスに封じられているのだろう。誰にも気づいてもらえないし、話しかけても聞こえないから助けを呼べない。お腹が空かないうえに、睡眠も必要ない。疲れることはないけれど、孤独だ。


(きっと、これは黒魔術だわ……)


 この世には二通りの魔術がある。人を癒したり穢れを浄化するなど良い影響を及ぼす魔法を白魔術、人を害する呪いを黒魔術と呼ぶ。

 呪いは禁術とされ、黒魔術を記した魔導書はとうの昔に廃棄処分となっている。しかし、今でも黒魔術師は存在し、大金で呪術を請け負うという。

 迂闊だった。学園の令嬢たちには嫌われているし、娘を王子妃にしたい親たちからすればシルビアは邪魔でしかない。アーノルドと婚約間近だと囁かれる今、殺意を持つ者が現れてもおかしくなかったのに。

 年頃の娘がいて、ライバルの排除に大金を積める者……。国内の伯爵以上の貴族なら数家に絞られるが、子爵や男爵、商家まで含めると一体どれほどになるのか。そして、この呪いを解く方法はあるのか。

 一生このままなのかもしれない……。されど、もどかしくもシルビアに今できることは、アーノルドの観察以外に何もないのだった。



 ***

 


 今朝もシルビアは、ベッドサイドテーブルに置かれたジュエリー(トレイ)にいた。

 アーノルドはニャンコ柄のパジャマを着ている。どうやら、同じものが何着もあるらしい。彼の寝姿にも見慣れてきた。

 

(この生地、まだあったんだ……)


 シルビアは懐かしくなって、ついまじまじと見入ってしまう。

 このニャンコ柄は、幼い頃にアーノルドが可愛がっていた茶トラの猫がモデルである。老衰死した当時、あまりにも泣くものだから、シルビアは自分で描いた絵をプリント生地にしてプレゼントしたのだ。まさか、パジャマに仕立てているとは予想外だったけれども。

 王宮の庭で遊ぶたび、お転婆なシルビアのあとを「待ってよぉ」と半ベソで追いかけてきたアーノルド。シルビアよりも背が低く、病気がちで弱々しくて……。

 守ってあげたい、と思ったのだ。

 だからシルビアは、王子の隣にふさわしくあるべく、淑女になる努力を惜しまなかったし、軽々しくアーノルドに近づこうとする者を警戒し牽制した。

 それが、このざまだ。


 ――がんじがらめで口うるさい教育係みたいだ。うんざりするよ。


 はぁ、とシルビアはため息を漏らす。


 定刻になり、侍従たちがやってきて、目覚めたアーノルドの身支度を始めた。 

 最初は衝撃だった裸も、今やすっかり平常心で眺めていられる。

 あのひょろっこかったアーノルドが、いつの間にか筋肉がつき均整のとれた体格に鍛えられていると気づいたのは、何日目のことだっただろうか。

 シルビアがお転婆娘から淑女に変化したように、アーノルドもまた、立派な青年へと成長したのだ。そして恋をした。

 身支度が終わり、スキップするような軽い足取りで学園へ向かうアーノルドとは反対に、シルビアはとっても気が重い。

 なぜなら、このところ学園では、アーノルドの隣に子爵令嬢のコリンナ・マッコールがいるからだ。彼が毎日のように恋文を送り続けた相手……。

 少し垂れた黒目と小さな唇、肩の辺りで切りそろえられた薄茶のサラ艶ストレートヘア。目鼻立ちのはっきりとした顔立ちのシルビアと比べて華やかさはないけれど、純朴な笑顔の愛らしい令嬢である。


「おはようございます、アル様」


「おはよう、コニー」


 襲う敗北感。シルビアは幼馴染みでありながら、ただの一度だってアーノルドを愛称で呼んだことも、呼ばれたこともない。

 アーノルドは、穏やかな表情をコリンナに向けていた。平静を装いつつも嬉しくてたまらないのだと、ずっと一緒にいたからこそシルビアにはわかる。

 そんな二人をチラチラ見ながら女生徒たちが話題にするのは、専らシルビアが学園を休んでいることについてだ。


「シルビア様はどうなさったのかしら? 最後に登校されてから、すいぶん経ちますわよね」


「ご病気らしいわ。名医のグラットン先生が公爵邸に出入りするのを見た者がいるそうよ」


「まあ、お気の毒に! ご婚約に影響しないといいけれど……」


「私はてっきり殿下と破談になって、面目丸潰れで休学しているのかと思ったわ」


「あら、あのシルビア様なら、子爵令嬢を追い払うくらい朝飯前ではなくて?」


 何名かのクラスメイトが公爵家に見舞いの打診を断られたうえ、本人からは手紙の返事すらない。更にシルビア不在の隙をつくかのようにアーノルドに寄り添うコリンナが登場したことで、勝手な憶測が飛び交っていた。


『病気なんかじゃないわっ。誰よ、わたくしをこんな目に遭わせたのは!』


 クスクスとバカにするような令嬢たちの笑い声に腹を立て、咄嗟にシルビアは叫ぶ。

 その隣では、子爵令嬢を追い払う……と物騒な会話を聞いた不安顔のコリンナが、潤んだ瞳でアーノルドを見つめていた。


「どうしましょう……もしシルビア様にイジメられてしまったら、私……」


「彼女は正面切って宣戦布告する人だから、イジメはしないと思うけどね」


「でも……怖いんです……」


 コリンナがアーノルドの腕にしがみつく。怯えた小動物のようにカタカタと震えているのが、アーノルドの手を通してシルビアにも伝わってきた。


(そんなに怖がらなくたって、イジメたりしないわよ)


 シルビアからしてみれば「きゃぁぁ! 殿下ぁ~」などと騒ぎ立て、慣れ慣れしく近寄ってくる女生徒たちに対して、不敬ではないかと注意していただけである。

 礼儀をわきまえるのは当然のことなのに、なぜか高慢でキツイ性格の公爵令嬢として恐れられるようになってしまった。まったく納得がいかない。

 

「大丈夫だ。僕が守るから」


「アル様……」


 アーノルドは、自分の腕にあるコリンナの手を握り返した。


(……っ…………!)


 ギュッと胸が締めつけられる。

 涙を堪えるシルビアをよそに、二人の間には甘酸っぱい空気が漂っていた。

 でもきっと、そういうことなのだとシルビアは思う。自分に足りなかったもの。アーノルドがコリンナを選んだ理由……守られるのではなく、守りたいのだ。


(強くなったのね……)


 正直、コリンナのことは、いけ好かない。真っ向勝負を挑んでどうにかなるなら、迷わずそうしただろう。けれども、心は自由だ。他人(ひと)の気持ちを捻じ曲げることなんてできない。

 それに……アーノルドが幸せなら潔く身を引こうと考えるくらいの分別は、いつも強気なシルビアにだってあるのだ。


 とはいえ黒魔術をかけられたことは、また別の話である。

 失恋は、自身に魅力がなかったのだと諦めもつく。その結果「婚約者面しておいてフラれた」と周囲に嘲笑されるのも、自業自得と受け入れよう。

 縁談を断り続けてきた手前、今さら良縁など望めないかもしれないが優秀な婿でなくとも、そのぶん自分が頑張ればすむ話だ。

 けれど、一体なんの因果で二人の熱愛ぶりを見せつけられねばならないのか。

 

(わたくしを呪ったヤツ、絶対に許さんっ! 倍にして返してやるわ)


 シルビアのなかで沸々と怒りが煮えたぎっていた。

 


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