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ある日、目覚めたら愛するあなたのモノになっていた  作者: ぷよ猫


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2/11

◇2 なんて酷い一日

 侍従たちが退出したあと、アーノルドはシルビアを指にはめたまま登校した。

 朝から信じがたい光景を目にして困惑しているシルビアとしては、今日はララの淹れたカモミールティーを飲みながらルルに爪の手入れをしてもらい、心を落ちつかせたい心境だけれど、黙って連れて行かれるほかない。


 シルビアとアーノルドは、王都にある王立学園の最終学年に在籍している。

 王家によって創設された王立学園は、もともと王族、貴族のための学校だったが、今は高額な学費さえ払えば身分を問わず入学できるため、貴族との伝手を求める商家や教養を高めたい中流階級の生徒も多い。より好条件の縁談相手を探しにきたという、勉強そっちのけの動機で通う人もいる。

 特にアーノルドが入学した年は、あわよくば王子の(ハート)を射止めようと女生徒の数が跳ねあがった。

 将来の王妃として相応の家柄と教養が求められる王太子妃とは違い、第二王子妃であればその条件は緩い。国王夫妻が「アーノルドには、好きな相手と結婚させたい」と公言していることから、もしかしたら自分の娘が……と夢見る子爵以下の低位貴族もいるだろう。けれども。


「わたくしは、アーノルド殿下のものでしてよ」


 その華やかな容姿に魅せられアプローチしてくる令息たちへ、あるいは公爵家の婿の座を狙う家から釣書きが届けられるたび、そう高らかに宣言してはばからないシルビアの存在は、大きな障壁となっていた。

 事実、幼い頃から宰相の父に連れられて王宮に出入りしていたシルビアは、アーノルドの幼馴染みとして、最も婚約者に近い令嬢だとみなされている。

 それでもアーノルドへ声をかけようとする勇者もいたが、シルビアの深青の瞳に冷たくひと睨みされたとたん、尻込みしてしまう。

 ゆえに女生徒たちは、学園の廊下を連れ立って歩く二人の姿に、ほぅと諦念の息を吐き、遠巻きに見つめるばかりである。

「やはりお二人は仲睦まじいのだわ」

「もうすぐ正式に婚約が発表されるのでは?」

 チラホラ聞こえてくる囁きは、シルビアの自尊心を満たした。


 ところが、この日の彼女たちときたら、ここぞとばかりにシルビアに対する不平不満をぶちまけたのだ。本人がアーノルドの()()()()()()()()とも知らずに。

 内緒話のつもりでも、よく通る甲高い声は、離れて歩くアーノルドの指輪(シルビアの耳)にも届いた。


「今日は、シルビア様はいらっしゃらないのね」


「まあ、めずらしい。でもチャンスかもしれなくてよ」


「そうそう、いつも殿下にベッタリだもの。身分差を超えて学生同士の交流をするのが、この学園の方針でしょう? わたくしたちだって殿下とお話ししたいのに、あの高慢ちきな態度ときたら。はっきり言って迷惑だと思いません?」


「『わたくしはアーノルド殿下のものよ』でしたっけ。いっそ『殿下は、わたくしのものよ』とでも言ってくれたら、不敬だと反論できるのに。“完璧令嬢”と称されるだけあって、なかなか隙を見せないのよね」


「あら、あなた、もしかして王子妃になりたいの?」


「そりゃ、まあ、あの容姿だし、優しそうだし……知らない相手と政略結婚させられるより数万倍いいじゃない。だからってシルビア様を敵に回したいわけじゃないわよ? おっかないもん」


 なんてくだらない――。いつもならそう切り捨てて、歯牙にもかけなかったはずだ。しかしシルビアは、この会話が聞こえているであろうアーノルドの反応が気になり耳を澄ませた。

 自分の味方をして、失礼な令嬢たちだと憤ってくれるはず。そんな期待を抱いて。

 

「ベッタリだと言われていますよ、殿下」


 タイミングよく、シルビアの従兄のレックスが通りかかり、アーノルドを揶揄った。彼は従兄ではあるが、誕生日が数か月違うだけでシルビアと同い年である。

 切れ長の瞳をした怜悧な印象のレックスと、色白で優しい顔立ちのアーノルド。

 容姿端麗な二人が並んで歩くと人目を引く。きゃっと黄色い声を上げる女生徒がいても、そんなのは慣れっことばかりに彼らは涼しい顔で教室へ向かう。


「毎日、シルビアがまとわりついてくるのさ。彼女は幼馴染みだけど、がんじがらめで口うるさい教育係みたいだ。うんざりするよ」


 アーノルドは心底面倒くさそうに言って、前髪をかき上げた。露わになった眉間にはしわが寄っている。


「本人に言ったらいいのに。殿下と婚約するつもりですよ、彼女」


「僕にその意思はないよ」


「好きな人、いますもんね」


「シルビアには秘密だよ。邪魔されたくないからね。あ……これ――」


 アーノルドは素早くジャケットの内ポケットから赤い蝋封の押された白い封筒を取り出し、こっそりとレックスに手渡す。


「いつもの恋文ですか。帰りにお届けしますね」


「感謝する」


 心得たように手紙を受け取るレックスは、照れくさそうに顔を赤らめたアーノルドを微笑ましげに見つめた。それから廊下の角を曲がり教室へ入っていく。

 シルビアは呆然となった。この調子では今日が初めてではないのだろう。アーノルドには好きな女性がいて、よりにもよって自分の従兄が仲介役だなんて。


(そんな! いつからなの……?)

 

 幼い頃からアーノルドとは良好な関係だと信じてきた。『うんざり』と吐き捨てられるほど嫌われていたなんて、シルビアは想像したこともない。

 わたくしは、アーノルド様のものよ――。

 確かにそう言ったことはある。けれど、アーノルドの『指輪()』になりたかったわけじゃない。恋人になり、ゆくゆくは妻として、愛し愛されて幸せに暮らしたかった。ただ、それだけなのだ。


 夜、シルビアは恋文をしたためるアーノルドを見ていた。自分宛ではない愛の言葉に、ツキンと胸が痛くなる。

 なんて酷い一日なんだろう。

 夢であってほしい。でもこれは、まぎれもない現実だ。



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