システムの亀裂
「ハァ……ハァ……」
俺の酸素残量は残り01:30を切った。佐藤に分け与えた分、死の影が色濃く忍び寄る。
視界がチカチカと火花を散らし、肺が焼けるように熱い。
「カイ……お前、本当に死ぬ気か……?」
佐藤が、か細い声で呟く。
『ふざけるな! 偽善者ぶるな!』
少年の怒声がスピーカーから割れて響く。
『お前らが助かる理由なんて、どこにもないんだ! 姉さんの苦しみに比べれば、一分や二分の窒息なんて……!』
「……ああ、その通りだ。理由なんてない」
俺は膝をつきながらも、スマホのカメラを自分に向け続けた。
「でもな、少年。お前がこの配信を管理しているシステム……これ、**『広告収益』**がどこに流れてるか確認したか?」
『……何?』
「一秒ごとに数万人が『いいね』を押し、投げ銭が飛び交っている。この莫大な金は、お前の姉さんの弔い合戦に使われるのか? 違うだろ。……このサイトの『運営』だ。お前の復讐心を利用して、史上最高の視聴率を稼ぎ出している奴らが、今頃シャンパンを開けてるぜ」
画面の向こうで、少年の息を呑む音が聞こえた。
同時に、スクリーンの端に「通信エラー」の文字が明滅し始める。
『カイ君……。余計なお喋りは、視聴者の皆さんが嫌がるよ?』
再び現れたウサギのアバターの声に、先ほどまでの陽気さはない。地を這うような冷徹な警告だ。
「図星かよ、ウサギさん。……視聴者の皆さん、聞こえるか! お前らが今必死に押している『いいね』は、この少年を救うためでも、正義を執行するためでもない! ただ、この胸糞悪いデスゲームを『継続』させるためのガソリンに過ぎないんだ!」
『いいね』の伸びが、一瞬だけ止まった。
群衆の熱狂が、困惑へと変わる。
「少年! お前が本当に姉さんの無念を晴らしたいなら、俺たちを殺して終わりにするな! この『システム』そのものを、ぶち壊してみせろ!」
『そんなこと……できるわけ……』
「できる。お前がハッキングしてこの配信を乗っ取った時、バックドアを開けただろ? そこから俺のスマホにアクセスを回せ。俺の掲示板時代の『技術』で、運営のサーバーをパンクさせてやる!」
かつて匿名掲示板で、悪意を拡散するために磨いた技術。
人を追い詰めるために使った「凶器」を、今度は自分たちの命を救うための「盾」に変える。
「……残り、三十秒」
俺の視界が暗転しかける。
佐藤、真由、金子、そして田中。
かつて見捨てたはずの命たちが、俺の背中で震えている。
『……わかった。やってやるよ。……姉さん、ごめん』
少年の呟きとともに、俺のスマホの画面が激しく明滅した。
複雑なコードが滝のように流れ落ち、首のデバイスが激しく振動する。
【警告:システムへの不正アクセスを検知】
【強制排除プログラム、起動】
『やめろ! やめさせろ!』
ウサギが画面の中で狂ったように踊り、部屋のスピーカーが耳を裂くようなハウリングを起こした。
だが、遅い。
俺の指先が、最後の「実行」ボタンを叩いた。
「……墜ちろ」
その瞬間、部屋を支配していたすべての電子音が消えた。
モニターが真っ黒になり、完全な静寂が訪れる。
そして、カチリ、と。
全員の首から、忌まわしい金属の首輪が床に転がり落ちた。




