酸素の私有化
「第2フェーズ、スタート!」
ウサギの軽快な掛け声とともに、部屋の天井から五本の細いチューブが降りてきた。それは各自の首にあるチョーカーへと接続され、カチリとロックされる。
「な、何これ……!?」
真由が悲鳴を上げる。
部屋全体の酸素供給が止まり、代わりに各自の目の前にある小さな個人用カウンターが作動し始めた。
【残り酸素時間:05:00】
「おい、ウサギ! 五分しかないぞ!」
佐藤が叫ぶが、ウサギは画面の中で嘲笑うだけだ。
『今までは「連帯責任」だったけど、ここからは「個人戦」だ! 自分が稼いだ「いいね」の分だけ、自分のチューブから酸素が出る。……あ、言い忘れてた。他人の「いいね」を奪うこともできるからね!』
「奪う……?」
俺はその言葉に、嫌な予感を覚えた。
『相手を屈服させるか、あるいは「デバイス」を操作すれば、ポイントを自分に転送できるんだ。さあ、誰が最後まで息をしていられるかな?』
その瞬間、部屋の空気が変わった。
さっきまで「カイの演出に従えば助かる」と思っていた連中の目が、一変して**「獲物を探す獣」**のものになった。
「……五分か」
俺は冷静に状況を分析する。
今、この場で一番『いいね』を持っているのは、悪役を演じた俺だ。
だが、その分、俺は全員のターゲットになったことを意味する。
「カイ……お前、さっきはよくもやってくれたな」
佐藤が立ち上がる。腹を蹴られた恨み、そして生き残るための渇望。
彼の背後には、金子と真由もいた。
「一人で稼ぎすぎなんだよ。少しは分けてくれたっていいだろ?」
金子が鼻血を拭いながら、歪んだ笑みを浮かべる。
三人がかりで俺を仕留め、ポイントを奪い取る気だ。
一方で、スーツ姿の老人、田中だけは部屋の隅でガタガタと震えている。彼はこの状況についていけていない。
「……数に頼るか。安易だな」
俺はスマホを構え、カメラを自分ではなく「迫りくる三人」に向けた。
「視聴者の皆さん、見てください。さっきまで俺に怯えていた奴らが、今度は徒党を組んで襲ってこようとしています。これが人間の本性です。……さて、皆さんは『返り討ち』が見たいですか? それとも『リンチ』が見たいですか?」
俺はあえて、視聴者を煽る。
だが、今回は計算が狂った。
『佐藤いけー! 生意気なカイを黙らせろ!』
『裏切り者の末路が見たいw』
『リンチ一択だろ!』
コメント欄が俺への反感で埋まる。
「悪役」を演じすぎたせいで、視聴者のヘイトが俺に向き始めていた。
『いいね』が俺に入らなくなり、佐藤たちのカウンターが回り始める。
俺の酸素残量:03:21
佐藤の酸素残量:08:45
「形勢逆転だな、カイ」
佐藤が拳を鳴らし、一歩踏み込んでくる。
(……まずいな。このままでは物理的に叩き潰される)
俺は脳をフル回転させる。
このゲームのルール、視聴者の心理、そして……まだ誰も気づいていない「違和感」。
なぜ、この五人なのか?
なぜ、わざわざ「生配信」という形をとるのか?
その答えの断片が、一瞬だけ脳裏をよぎったが、今は目の前の暴力を避けるのが先決だ。
俺は背後の壁際まで追い詰められながら、ある「賭け」に出ることにした。
「待て、佐藤。お前……自分の首のデバイスの『裏側』を見たか?」
「あ? 何を今さら……」
「そこに、**『スポンサー』**の名前が書いてある。……お前が一番よく知っているはずの名前だぞ」
ハッタリだ。だが、佐藤の動きが止まった。
同時に、俺はカメラを田中に向ける。
「そして田中さん。あんた、ただのサラリーマンじゃないだろ。……この部屋で、一番『価値』があるのはあんただ」
俺の根拠のない断言に、視聴者がざわつき始める。
『え、何? 伏線?』『田中って誰だよ』
情報の空白が、視聴者の「知的好奇心」を刺激し始めた。
止まっていた俺の『いいね』が、わずかに動き出す。
「このゲームには、明確な**『選別基準』**がある。俺たちがここに呼ばれた本当の理由を、知りたくないか?」
俺は死地の中で、あえて不敵に笑ってみせた。




