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悪役(ヒール)の誕生

「酸素濃度:15.2%」

金子の鼻血が白い床を汚し、佐藤の拳が震えている。

その光景に、狂ったような『いいね』の連打が響く。部屋の隅にある供給口からシューッという音を立てて、命の源が注ぎ込まれた。

「はぁ、はぁ……助かった……」

佐藤が力なく座り込む。だが、供給された酸素など、五人の大人が呼吸すれば数分で食いつぶす量だ。

『もっと!』

『佐藤、次は女をいけよw』

『真由の泣きっ面、最高にそそるわー』

コメント欄の要求は、さらにエスカレートしていく。

一度「暴力」という麻薬を味わった視聴者は、生ぬるい殴り合いでは満足しなくなっていた。

「……おい」

俺は静かに、部屋の中央へ歩み出た。

全員の視線が俺に刺さる。恐怖、不信、そして縋るような期待。

「佐藤。お前、さっき『死にたくない』って言ったよな」

「……ああ。当たり前だろ」

「じゃあ、その覚悟を見せろよ」

俺は床に落ちていた金子のスマートフォンを拾い上げ、カメラを起動した。

レンズ越しに佐藤を捉える。

「視聴者の皆さん。この男、佐藤は元高校球児だそうです。鍛え上げた体、自慢の筋肉……。でも、今はこの部屋の空気を一番無駄に消費している『お荷物』でしかありません」

「な、何を言って……!」

「黙ってろ。……さあ、皆さん。この男が自分のプライドを捨てて、犬のように地面を這いずり、命乞いをする姿が見たい人は『いいね』を。それとも、もっと……物理的な痛みを希望しますか?」

俺は冷徹な声で、視聴者に問いかけた。

画面の向こうで、数万の指が動く。

『+2,000』

『+5,000』

「おい、カイ! お前、何様のつもりだ!」

佐藤が立ち上がり、俺に掴みかかろうとする。

だが、俺は動じない。スマホの画面を彼に見せつけた。

「見ろよ。お前を痛めつける演出をしただけで、これだけの酸素が手に入った。お前が俺を殴れば、視聴者は『逆襲だ』って喜ぶだろう。でも、その後はどうする? お前が全員を殺して、一人で生き残る勇気があるのか?」

「それは……」

「できないんだろ? だったら、俺に従え。俺がこの場の『演出家』だ。俺が悪役になってお前たちをいたぶる。お前たちは無様に、惨めに、被害者を演じろ。それが、この部屋で酸素を稼ぐ唯一の最適解だ」

俺はカメラを自分に向け、傲慢な笑みを浮かべてみせた。

「さあ、娯楽の時間だ。まずはこの、体格だけが取り柄の男の『メッキ』を剥がしてやろう」

俺は佐藤の腹に、容赦なく膝を叩き込んだ。

「ガハッ……!?」

不意を突かれた佐藤が崩れ落ちる。

『最高!』『カイ、分かってるじゃん!』

『もっと惨めにしろ!』

カウンターが、今まで見たこともない速度で跳ね上がっていく。

酸素濃度が、一気に19%まで回復した。

「……あは、あははは!」

真由が壊れたように笑い出す。

「すごい、酸素が……! カイ君、もっと! もっとやって!」

狂気は、感染する。

俺は確信した。この部屋に「仲間」なんていない。

いるのは、**「演者」と、それを見る「家畜」**だけだ。

俺はカメラを見据えたまま、心の中で毒を吐く。

(笑ってろよ、画面の向こうのゴミ共。お前らが熱狂すればするほど、俺の命は繋がるんだ)

だが、その時。

不気味な笑みを浮かべていたウサギのアバターが、再びスクリーンに現れた。

『素晴らしい! カイ君、君は才能があるねぇ! でも、視聴者は飽きっぽいんだ。……というわけで、第2フェーズに移ろうか。ここからは、**「酸素の個人持ち」**制にするよ!』

部屋の中央に、五つの小さな透明なカプセルがせり上がってきた。

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