無関心という名の処刑
「酸素濃度:17.8%」
モニターの数字が刻一刻と刻まれる中、部屋の空気は目に見えて重くなっていた。
五人の呼吸音が、反響する壁にぶつかって耳障りに響く。
「ねえ、お願い……! 私、まだ死にたくないの! 誰か『いいね』を押して!」
最初に崩れたのは、派手なネイルの女――佐々木真由だった。カメラに向かって涙ながらに訴え、必死に手を合わせる。その姿は、一見すれば同情を誘うものだった。
だが、俺の手元にあるスマホのコメント欄は、冷酷な言葉で埋め尽くされていく。
『泣き顔ブサイクすぎw』
『お涙頂戴はもういいよ、飽きた』
『もっと面白いことして。脱ぐとかさ』
「ふざけるな……! 100万フォロワーの俺が、こんなところで……!」
自称インフルエンサーの男、金子もまた、カメラに向かって得意のダンスや一発芸を披露していた。しかし、彼の必死なパフォーマンスに反して、画面右下の『いいね』カウンターは沈黙を守ったままだ。
「おい、お前ら! もっと必死さが足りないんじゃないのか!?」
体育会系の男、佐藤が苛立ちを爆発させ、金子の胸ぐらをつかみ上げた。
「お前のつまんねえダンスのせいで酸素が減ってんだよ! もっとマシなことしろ!」
「離せよ! お前こそ怒鳴ってるだけで何もしてないだろ!」
醜い言い争い。だが、その瞬間だった。
『……あ』
スーツ姿の年配の男、田中が小さく声を漏らす。
ピコン、と軽快な音が響き、停滞していた『いいね』カウンターが「+5」と動いた。
酸素供給のノズルから、わずかに新鮮な空気が吹き出す。
「増えた……? 今、何に反応したんだ?」
俺はコメント欄を凝視した。
『喧嘩きたあああ!』
『もっとやれ! 殴り合え!』
『佐藤、金子の顔面に一発いけ!』
心臓が嫌な跳ね方をした。
画面の向こうにいる数万人の観客。彼らが求めているのは、命乞いでも、芸でもない。
閉鎖空間で理性を失い、共食いを始める人間の**「醜態」**だ。
「おい……佐藤。金子を殴れ」
俺の言葉に、部屋中の視線が集まった。
「はあ? お前、何言って……」
「コメント欄を見ろ。視聴者は俺たちが仲良く助け合う姿なんて一ミリも期待してない。俺たちが傷つけ合い、尊厳を捨てて泥沼に沈むのを、ポップコーンを食べながら待ってるんだよ」
俺は自分のスマホを佐藤に突きつける。そこには『殴れば「いいね」爆撃するわw』という悪意に満ちた書き込みが踊っていた。
「正気かよ……?」
佐藤の拳が震える。だが、酸素濃度はすでに16.5%を切っていた。
全員の顔が青白く、呼吸は浅い。思考能力が奪われていく中、生存本能だけが肥大化していく。
「殴れよ。殴らなきゃ、全員ここで窒息死だ。お前のその自慢の筋肉も、酸素がなきゃただの肉の塊だぞ」
俺はあえて、佐藤を挑発するように冷たく言い放った。
俺自身も、喉の奥が焼けるように熱い。だが、ここで「善人」を演じれば、確実に死ぬ。
「くそっ……! 悪いな、金子! 死にたくねえんだよ!」
佐藤の太い腕が振り抜かれた。
鈍い音と共に、金子の体が床に転がる。鼻血が白い床に点々と散った。
その瞬間――。
『いいね』カウンターが、狂ったように回転を始めた。
『+100』
『+500』
『+1,000』
「あ、はは……空気が、美味しい……」
真由が、床に這いつくばりながら酸素供給口に顔を寄せる。
俺は、その光景を冷めた目で見ていた。
暴力という娯楽を与えられた観客は、今、最高に熱狂している。
だが、この程度の「刺激」はすぐに飽きられる。酸素を維持し続けるためには、さらにエスカレートした**「地獄」**を見せ続けなければならない。
俺は、自分の役割を確信した。
この狂った劇場をコントロールし、最後まで生き残るための「演出家」――。
「……さて。次は誰の番だ?」
俺の問いかけに、部屋の空気が一瞬で凍りついた。




