スワンプウィッチ②
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「驚いた。沼狼を追い払うなんてね」
悪びれずに話す様子は、見た目にそぐわず歳月を感じさせる落ち着きがあった。
軽い調子で声をかけてきたのは先ほどのエルフの少女だ。
長く伸ばした白緑の髪を顔の横で結び、肩から垂らしている。
透き通るような白い素肌、髪と同じ色の瞳は宝石のようだった。
エルフらしい華奢な体つきを、動きやすそうなローブで覆っていた。
「あーー!私たちを囮にしたでしょ?!」
問い詰めるアリア、対する少女はどこ吹く風だ。
「はて、囮?何のことだかわからないね」
小首を傾げ、すましたように嘯いてみせる。
「よくもヌケヌケと……」
アリアは少女を半眼で睨みつける。
そんなアリアを制するように、トリスタンは少女に声をかけた。
「失礼。エルールでこの辺りにエルフの薬師様がいらっしゃるとお聞きして参りました。
俺はトリスタン。こっちはアリアです。」
声珠から流れる無機質な声に、エルフの少女が反応を示した。トリスタンが胸から下げた声珠をチラリと見る。
「ああ、視てたよ。エルールからきた子達だね。
訳ありのようだ。沼狼を追い払ってくれた礼もあるし、話を聞こうじゃないか」
そう言ってエルフの少女は再び小屋の扉を開く。
薄暗い部屋が、顔を覗かせていた。
部屋に入ると、エルフの少女は言霊を紡いだ。
「照らす光」
簡素ながら、優美な魔法構成にトリスタンは思わず見入ってしまう。
白い光が、部屋を優しく照らし出した。
整然と並べられた書籍、木壁には薬草が吊るされている。他にはテーブルとベッド、かまど。質素ながらも整った暮らしが伺えた。
「自己紹介がまだだったね。私はルカ。ルカ・アルディア。好きに呼んでくれて構わないよ」
そう言ってニコリと笑うルカ。整ったその面立ちに、同性のアリアですら少し見惚れていたようだった。
ルカはトリスタンが左肩を庇うように動いていることに気づいた。
「ああそうだ。君は怪我をしているのかな?」
そう言ってルカはトリスタンの左肩に手をかざす。
「癒しの光よ」
暖かい光がトリスタンの左肩に集い、痛みを和らげた。
「ありがとうございます」
トリスタンは頭を下げる。ルカは手を振って応えた。
「すまないが椅子が一つしかなくてね。君たちはベットにでも掛けてもらえるかな?」
促されるまま二人はベットに腰をかける。薬草の匂いの中に、ふわりと花のような香りが混じった。
「あの……視ていたと言うことは。エルールを覆っていた魔法はルカさんの……?」
「そうだね。あの町には世話になっているからね。何かあったら困る。
それにしても、上手く隠してたつもりだけど、わかるもんなんだね」
「ええ、何となく違和感が」
「ふむ……改善の余地ありかな。まあ今はいいだろう。トリスタン、君のその声についての相談ということかな?」
「ええ。それともう一つ。アリアの問題もあります」
そう言うと、トリスタンはアリアに目配せをする。
アリアは頷くと、ルカに自らの足首を見せた。
カラリ、と金属を擦る音がする。
アリアの足枷を見て、ルカは驚きと呆れが混じったような声を出した。
「よくもまあ……こんなものつけて大立ち回り出来たものだね」
「わかりますか?」
トリスタンが尋ねる。
「ああ、これはアーティファクト。北の遺跡の出土品だろう。これを外すのがアリアの目的って訳かな?」
「うん。これがあるとすごく疲れるんだよね。……あと、普通に重いし」
「そうだね。生命力を吸い取る紋様が刻まれてる。命の危険は無いが、動きに差し障るのは確かだ」
「外し方わかる?」
「方法だけならね──
一つは、鍵を見つけること
二つは、足ごと切り落とすこと
三つは、装着者が死ぬこと」
ルカは指折り数える。
「鍵はないね。私が切って外してくっつけてあげようか?」
「さっきの魔法で?」
「そうさ。大したことじゃない」
大したことない、そのセリフにトリスタンは目を剥く。
「切り落とされた部分の回復はかなり高位の魔法ですよ」
ルカは肩をすくめて応えた。
「ははは、君たちよりは長く生きているんだ。手慣れたものさ」
目を丸くしたトリスタンを前に不敵に笑う。
「けど、ごめん。多分くっつかないと思う」
そう言って俯くアリア。
「うん?まあ初対面だし、信頼できないのはあるかな」
「ううん。そうじゃなくて」
「ふむ……」
そう呟くと、ルカはアリアをしげしげと見つめる。
「……そうか。君はもしかして『まつろわぬ民』──東の出身なのかな?」
まつろわぬ民。東の民族。東の遊牧民。様々に呼ばれる彼らは、クルシュタのはるか東に暮らしている。そこは温暖な気候で、見渡す限りの草原が広がっているという。
彼らは代々蛮神バルメスの加護を持ち、卓越した身体能力を誇る。
だが同時に、魔法を使うことができず、その体に魔法の効果が及びにくい。
「そうなると確かに、接合できるかは保証しかねるね」
「やっぱり、そうだよね」
アリアは取り繕うように笑う。
「なら、可能性としては、北の遺跡を漁ってみるか、西の千年王国だね」
「千年王国?」
「そう。水の国、千年王国サンセ・クルビカン。彼の国の治療魔法ならあるいは──
ただ、雪原を越えるだけで命懸けになってしまうね」
「そっか……ありがとう。覚えておくね」
その言葉は、決意というより──静かな覚悟のように響いた。
「さて、次に ──トリスタン」
そう言うとルカはトリスタンに向き直った。
「その前に少し復習だ。君は魔法使いなのだろう?」
「ええ、今はそうとは言えないかもしれませんが……」
トリスタンは肩を落とし、視線を落とした。
「……よし、ではトリスタン。詠唱の種類はわかるかな?」
「はい。『固有詠唱』『体系詠唱』『聖跡魔法』です」
「『固有詠唱』とはなんだい?」
「個人や、その血統が使える、独自の魔法ですね」
「そうだね。なら『体系詠唱』は?」
「簡易化され、一般化された魔法です。『書院』で初等部から中等部あたりで習います。」
「うん。『体系詠唱』は甘く見られがちだけど、あれは歴史の積み重ね。それを忘れちゃいけないよ。最後に『聖跡魔法』」
「神の残り香。神話の力の一端を引き出す奇跡、です」
「神の残り香か、詩的な表現だね」
ルカは柔らかく微笑んだ。
「魔法はもう一つあるんだが、わかるかな?」
「『略式詠唱』……いや、『連結詠唱陣』でしょうか?」
「それらは技術であって魔法ではないな」
ルカは一拍置いて続ける。
「トリスタン。君のそれは『呪い』だね」
突きつけられたその言葉に、トリスタンは戸惑いを隠せない。
「そんな、呪いなんて……!だってそれは──」
「根絶された?そんな夢物語を信じていたのかい?」
トリスタンの言葉を遮るように、ルカは静かに告げる。
「呪いは人の悪意さ。憎悪、嫉妬、嫌悪……それを消し去ることなんて、出来ないだろう?」
「なら、何故『書院』ではそんなことを?」
もっともな疑問に、ルカは肩をすくめて答える。
「『呪いは存在しない』そう思い込ませれば、そういう言葉を紡ぐ人間は減るだろう?君もそうだ」
「でも……それじゃあ俺は──」
トリスタンは何も答えることができなかった。
ルカは静かに言葉を重ねる。
「これだけは覚えておくんだ。祈りと呪いは紙一重。
それでも区別するのは、使う側の矜持の問題さ。
君は、恨みや憎しみで言霊を使ったことがあるかい?」
「いいえ。ありません」
「悪意で放つ言霊は呪いだろう。けど、家族を守るため、外敵を打ち払う祈りを呪いだと思うかい?」
「……いいえ」
「胸を張るんだ。なら、君は魔法使いだ」
その言葉は、祝福のようにトリスタンの胸に滑り込んだ。




