交錯する奇跡のカリスマ2人〜その鍵はプリンセスだった〜
ミズニーシーの入場ゲート付近。
中央には象徴的な丸いオブジェと噴水があり、カップルや家族連れが記念写真を撮っている。
その中で、ひときわ目立つ女性がいた。
帽子と大きなサングラス、日焼け防止のタイツで完全防備──のはずが、上はビキニ風トップス、下はお尻ギリギリまでしか隠れないミニのタイトスカート。
放たれるオーラは、どう見ても元カリスマ歌姫・吉原千鶴だった。
「え、吉原千鶴じゃない?」
「そんなわけないって…でも似てるな」
そんな囁きが周囲から漏れる。
そこへ、一組のカップルが近づいた。
「おお、母ちゃん。久しぶり。チケットありがとう」
息子の洋二が、苦笑交じりに声をかける。
「なあ母ちゃん、相変わらずだな。その格好されると、息子としてどう見りゃいいのか分かんねぇよ」
千鶴は振り向き、満面の笑みを浮かべた。
「あら、洋二。来てくれたのね。…ひかるちゃんも久しぶり」
彼の隣にいるのは西脇ひかる。
現在、5人組アイドルグループ「Vitamin」で活動中だが、動画再生数は伸びず、知名度も低い。
変装もせずにここに立っているが、誰も気に留めない。
ひかるは、知名度もスタイルもカリスマ性も抜群な千鶴に嫉妬していて、素直に好きになれなかった。
「こんにちは、千鶴さん。相変わらずお元気そうで」
彼氏の母親として、精一杯の笑顔を作る。
千鶴はそんな空気を気にも留めず、洋二の腕を取った。
「さあ行きましょう。これから仕事があるから、少しの時間しか楽しめないのよ」
「ちょ、やめろって。母ちゃんと腕組んで歩くとか恥ずかしいから」
洋二が手を振り払うと、千鶴は小悪魔のように笑い、次は指を絡める“恋人つなぎ”にした。
「ふふっ、じゃあこっちの方がいい?」
たまらず、ひかるが割り込む。
「お母さん、洋二さんの恋人は私ですから!」
今度はひかるが洋二のもう片方の腕をつかむ。
傍から見れば美女二人に腕を組まれる幸せな男──母親が混ざっていなければ、の話だ。
「ほら、ひかるも困ってるだろ。やめてくれって…」
「ううっ…」千鶴が突然、泣き出す。
「小さい頃は“お母さんと結婚したい”って言ってくれて…私、お父さんと離婚までしたのに…」
「いや、その話絶対嘘だろ。そんな理由で離婚とかおかしいし」
洋二は死んだ目で呆れる。もちろん、千鶴の涙は作り物だった。
「冗談よ。今日はひかるちゃんに洋二を譲ってあげるわ。…ふふっ」
ウィンクを残し、千鶴は軽やかにゲートをくぐっていく。
洋二とひかるは、苦笑しながらその背中を追った。
⸻
「相変わらずここは人が多いな…」
同じゲート前、噴水を見上げながら恭二がぼそりと呟く。
「パパー!すごいよ!やっぱりミズニーはすごいね!」
「そうだな」
傍から見れば微笑ましい親子の会話──ただし、一つを除けば。
「ねぇ、蓮の格好…私まだ納得してないんだけど」
まどかは朝からずっと不満顔だった。
きっかけは出発前の一言。
「プリンセスみたいな格好したい」
蓮の言葉に、まどかは困惑して恭二を見る。
「でも蓮くんは男の子だからなぁ…恭二、どう思う?」
「関係ないだろ。したいならすればいい」
「だから、うちの息子は男の子よ?」
「メイクは俺がしてやる。最高のプリンセスになろうな!」
「やったー!」
──そして今。
ピンクの髪に黄色いハーフパンツ、派手なサングラスの父親と、完璧なメイクのプリンセス姿の息子。
異彩を放つ親子に、周囲の視線がちらちらと向けられる。
まどかは頭を抱えたが、蓮の笑顔には勝てず、このまま楽しむことにした。
そんな時、気さくな声が飛んできた。
「わぁ、可愛い!お名前は?」
「蓮です!」
あっさり答える蓮に、まどかは内心ため息をつく。
そして、その女性の顔を見て…息を呑んだ。
「千鶴…ちゃん…」恭二が思わず声を漏らす。
──吉原千鶴。
圧倒的なスター性、揺るがない芯、ストイックなライブパフォーマンス、キレのあるダンスと歌唱力。
SIGEとしての自分も、深く敬意を抱いていた存在が、目の前に立っていた。
「久しぶり。相変わらずカッコいいな。引退しちゃうんだって?もったいないな」
千鶴は怪訝な顔をする。
「あの…誰ですか?気持ち悪いんですけど。髪もピンクだし」
恭二は、自分がただの“恭二”であることを突きつけられた。
まどかがすかさず頭を下げる。
「すみません、うちの夫が勝手に…」
そこへ洋二とひかるが駆け寄る。
「母さん、何してんだよ」
「だって、あまりに可愛いプリンセスの女の子がいたから」
「この子は息子、男の子だ」
千鶴は驚き、そして興味深そうに恭二を見た。
「あなた、名前は?」
「…恭二だ」
千鶴はポケットからチケットを取り出し、差し出す。
「今日、ここで私ライブやるの。よかったら来て」
「え!いいんですか!やったー!」まどかは握手を求め、千鶴は応じる。
握手の間も、千鶴の視線は恭二から離れなかった。
「よろしくね」
「ああ…」
「行くわよ、洋二。ひかるちゃんも」
千鶴は二人を連れてゲートの中へ消える。
「やったー!吉原千鶴のライブだ!あとで行こう!」
まどかがはしゃぐ横で、恭二は遠ざかる背中を見つめ、心の中で呟く。
(相変わらずだな…)
空を見上げ、深くため息をつく。
(引退…か…)
時代は変わり、情報は一瞬で広がり、一瞬で人を消す。
かつての千鶴や自分のような“カリスマ”の価値も、形を変えていくのだろうか。
「俺たちも行こうぜ。ミズニーシーと、ライブにな」
蓮とまどかに声をかけ、恭二は足を踏み出した。