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朝、目覚めたら俺は…主夫だった

その男は、ベッドにいた。

スズメの鳴き声と、朝の光が差し込む。


「……ここは、どこだ?」


男は体を起こし、辺りを見渡す。見慣れない部屋。

ギタリストとして夜遊びも多く、自宅以外で目覚めることには慣れていた。

飲み会や打ち上げで記憶が飛び、他人の家で寝ていた――そんなことは珍しくなかった。


「とりあえず……裸じゃないし、女の人もいない。そういうのはなかったってことか……」


ぼやきながら立ち上がる。

「俺、ベッドで寝る派なんだけどな」

そう呟きつつ、2、3歩進むと――


ぐにゃっ


「うわっ⁉︎」


足の裏に、柔らかい感触。

慌てて足を引くと、そこには――小さな子どもが眠っていた。


「……なんだこの子……」


子どもは寝ぼけながら呟いた。


「……いたいよ、パパ……」


「……パパ⁉︎」


一気に血の気が引く。

(まさか……あの夜の誰かの子?)

ギタリストとして名を馳せた日々。思い当たる節がなさすぎて、逆に混乱する。


「そんなバカなあああああっ!!」


大声を上げると、階下から怒鳴り声が返ってきた。


「朝からうるさいわよ!早く蓮を起こして、朝食とゴミ捨てしてちょうだい!!」


その声は、冷静で強く、芯が通った女性のものだった。


「……は? ゴミ出し?朝食?俺、SIGEだぞ?」


ミリオンヒットを飛ばした伝説のギタリスト、SIGE。

ファンの黄色い歓声に包まれ、タメ口を利かれることなどなかった男が、今――家事を命じられていた。


カバンを肩に、仕事の準備をしている女性に向かって、思わず尋ねる。


「君、名前は?」


「……高瀬まどか。結婚した相手の名前も忘れたの?恭二!!」


「……恭二?」


(俺の名前は……SIGEだろ?どうなってんだこれ……)


そのとき、階段から子どもが降りてきた。


「ママー、パパに足踏まれた……」


まどかが急いで駆け寄る。


「蓮、大丈夫⁉︎ちょっと!もっと気をつけてよ!」


その様子を、ただ呆然と見つめる恭二。

――いや、SIGE。


テレビから、朝の情報番組が流れ出す。


「速報です。人気ギタリストのSIGEさんが、自宅で遺体となって発見されました。事件性はなく、自殺と見られています――」


「はあああああああっ⁉︎ 死んだ⁉︎俺が⁉︎」


またもや叫ぶと、まどかがため息混じりに言った。


「だから朝からうるさいのよ……でもSIGE、死んじゃったんだ。早すぎるよね。天才すぎたんだよ」


蓮が泣き出す。


「今日のパパ、なんかおかしいよー!うわーん!」


「はいはい、トーストにチョコ塗って食べなさい」


まどかは落ち着いた手つきで朝食を整える。


そのままカバンを肩にかけ、玄関に向かいながら声をかけた。


「じゃ、病院行ってくるねー」


「病院?お前、体調でも悪いのか?」


「違うわよ、職場。私、看護師だから」


「……あっ。ああ。行ってらっしゃい」


見送る自分の口から、自然に出たその言葉に、自分でも驚いた。


玄関のドアが閉まり、部屋には再び静寂が訪れる。

テレビにはSIGEのライブ映像が流れ続けていた。


「……俺、本当に死んだんだな……」


呆然と見つめるその背中に、声がかかる。


「パパ?」


「……ああ。どうした?」


「保育園、遅れちゃうよ。9時までに行かなきゃいけないんだよ?」


時計を見る。8:50。


「うわあっ!!やばい!!」


慌てて子どもを着替えさせ、タオルと水筒と連絡帳を確認して――

転生ギタリストSIGE改め、専業主夫・高瀬恭二、

人生最大の“戦場”である朝の送りに奔走するのだった。


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