小学生編・第9話 「はじめての挑戦」
授業参観が終わり、次の週。
しゅんの学校で、あるお知らせが掲示板に張り出された。
「町内子ども将棋大会 参加者募集!」
将棋の駒のイラストが描かれたポスターの下に、参加者の名簿が置かれている。
クラスの何人かが「へえ~」と眺める程度で、実際に名前を書き込む子はいなかった。
(……将棋か……)
しゅんはじっと名簿を見つめる。
実は前の人生で、しゅんは一度もこうした大会に出たことがなかった。
勉強もそこそこ、部活もなんとなく、周囲に流されてばかりの人生だった。
けれど今回は違う。このやり直した人生では、自分の意志で挑戦し、経験を積むと決めていた。
すると、青い選択肢が浮かんだ。
【〇:大会に申し込む】
【×:見ているだけにする】
(よし……俺は、やる!)
迷わず【〇】を選び、名簿に「内田しゅん」と書き込む。
その瞬間、胸の中に小さな達成感が生まれた。
(これが“はじめての挑戦”になる)
◇ ◇ ◇
家に帰ると、母に将棋大会のことを話した。
「へえ、すごいじゃない! 母さん、当日応援に行くわ」
母が嬉しそうに笑う。その笑顔に背中を押された気がした。
しかし問題は、しゅんは将棋のルールを少ししか知らないことだった。
(……勉強しなきゃ)
母に頼んで将棋の入門書を買ってもらい、家にあった古い将棋盤を引っ張り出した。
母はルールをほとんど覚えていないようだったが、「応援してるわね」とお茶を淹れてくれた。
◇ ◇ ◇
翌日から、しゅんは毎日、放課後の図書館に通った。
将棋の本を読み、ひとりで駒を並べ、戦法を覚え、定跡を頭に叩き込む。
陽一も時々見に来て、「少しなら一緒にやるよ」と付き合ってくれた。
「しゅんくん、すごいね。こんなに真剣なの、初めて見た」
「ありがとな、陽一」
数日後には、基本の定跡や詰み筋も少しずつ分かるようになり、陽一にだけは負けなくなっていた。
(まだまだ下手だけど……一歩ずつ進めばいい)
◇ ◇ ◇
そして、大会当日。
町内の公民館に行くと、同じくらいの年の子どもたちが十数人集まっていた。
中には自分の将棋盤を持ってきている子もいて、見ただけで強そうだと分かる。
(緊張するな……でも、ここまでやったんだ。やるしかない)
母が後ろの席で見守っている。
しゅんは軽く息を吐き、最初の対戦相手と向かい合った。
最初の一戦は、ぎこちない手つきだったが、相手も同じくらいの力量だったのか、なんとか勝つことができた。
「勝者、内田しゅんくん!」
審判の声が響く。
母がうれしそうに拍手をしてくれて、胸の中がじんわりと温かくなった。
(これが……挑戦して、勝つってことか……)
しかし二回戦は、序盤で相手の見事な攻めに飲まれ、完敗した。
それでも、しゅんは笑顔で頭を下げた。
「ありがとうございました!」
相手の子も笑顔で「強かったよ」と答えてくれた。
◇ ◇ ◇
大会が終わり、帰り道。
母が歩きながら、しゅんの頭をそっと撫でた。
「立派だったわよ。挑戦して、ちゃんと勝って、負けても笑顔で終われるなんて、すごいわ」
「うん……なんか、すっごく楽しかった」
心の底からそう思えた。
勝った時の喜びも、負けた時の悔しさも、全部が新鮮だった。
(これからも、どんどん挑戦していこう。そうすれば、未来がもっと広がる)
家に着き、ノートを開いて今日の出来事を書き込む。
「はじめての挑戦。1勝1敗。でも、自分に勝てた」
ページを閉じ、しゅんはそっと呟いた。
(これからも、正解の選択肢を選び続ける)
その目は、次の挑戦をもう見据えていた。