小学生編・第8話 「父の影」
その日は月曜日。朝のホームルームが終わったあと、担任の先生がクラスに言った。
「じゃあ、今週の土曜日は授業参観だから、おうちの人に伝えておくようにね」
教室の空気が少しざわめいた。
「やったー、母さんに見てもらお!」
「俺、親父に来てもらうんだ」
あちこちで子どもたちが嬉しそうに話している。
しゅんも笑顔で頷いていたが、心の奥に小さな違和感が生まれた。
(……そうだ。俺の家は……)
◇ ◇ ◇
授業が終わると、しゅんは帰り道、ランドセルの中で手を握りしめていた。
家の玄関を開けると、母が台所で洗い物をしていた。
「ただいま」
「おかえり、しゅん。おやつあるわよ」
母の笑顔はいつも通りだったけれど、心の中のモヤモヤが晴れない。
ちゃぶ台に座ると、母が温かいお茶を出してくれた。
「母さん……」
「なあに?」
母の手が止まる。
(聞くべきか……?)
そこへ、青い選択肢が浮かんだ。
【〇:父について聞く】
【×:話題をそらす】
(やっぱり、聞かなきゃ)
しゅんは【〇】を選んだ。
「授業参観……父さん、来るの?」
母の手がほんの一瞬、震えた。
けれど、すぐに柔らかい笑顔に戻り、ゆっくりと口を開いた。
「……しゅんの父さんはね、しゅんが小さい頃に、家を出ていったの」
静かな声だった。
「もう、何年も会っていないのよ。だから、授業参観も、私が行くから」
母の目が少し赤くなっているのに気づいた。
(そうだった……前の人生でも、父は帰ってこなかった)
しゅんは母を見つめながら、胸の奥に小さな決意を抱いた。
(俺が、この家を守る。父がいなくても、母を幸せにする)
◇ ◇ ◇
次の日の放課後、陽一が声をかけてきた。
「しゅんくん、授業参観……お父さん来る?」
陽一は、どこか期待したような顔で聞いてくる。
しゅんは笑って答えた。
「いや、うちは母さんが来るんだ」
陽一が少し驚いた顔をしたあと、小さく笑った。
「……そっか。俺も母さんだよ」
「そっか、じゃあ一緒だな」
笑いあうと、どこか気持ちが軽くなった。
(きっと、同じ気持ちの子は他にもいる。強がらなくてもいい)
◇ ◇ ◇
土曜日がやってきた。
教室は普段よりも少し緊張した空気に包まれている。
保護者たちが教室の後ろに並び、子どもたちはそわそわしていた。
母は一番後ろの真ん中あたりに立っていて、しゅんに優しく手を振ってくれた。
(よし、ちゃんとやろう)
授業が始まると、しゅんは積極的に手を挙げ、正しい答えを言うたびに母の顔が明るくなる。
(母さんを笑顔にする。それが俺の役目だ)
授業が終わると、母がしゅんのところまで来て、頭を撫でてくれた。
「よく頑張ったわね。立派だったわ」
その言葉が胸に深く響いた。
(父がいなくても、母さんがいてくれる。それでいい)
帰り道、母の隣を歩きながら、しゅんは空を見上げた。
(この家に、父の影はもういらない。俺が光になる)
母の手が温かく、自分の手を握る。
(必ず、母さんを幸せにする。そのための選択肢を、俺はずっと選び続ける)
強く、強く、そう誓った。