小学生編・第6話 「母の秘密」
土曜日の朝、しゅんはいつもより遅くまで布団にくるまっていた。
平日の疲れがどっと出たような気がしたが、それでも心は軽い。
いじめを止め、陽一と友達になり、クラスの中での立場も少しずつ変わってきた。
(順調だ。このまま正解を積み重ねれば、きっと……)
そんなことを考えながら起き上がり、洗面所で顔を洗う。
ふと、台所から話し声が聞こえてきた。
「……わかってるわ。でも……はい、なんとか……」
母の声だ。
電話口で誰かと話しているらしく、声はいつもの明るさがなく、沈んでいた。
(……どうしたんだろう)
居間に入ると、母は電話を切ったばかりだったようで、少し驚いたように振り向いた。
「あら、しゅん、起きたのね。おはよう」
「……おはよう」
母は笑ったが、その目の奥は少し曇って見えた。
弟はまだ寝ているらしく、家の中は二人きりだ。
母は朝ごはんを作りながら、鼻歌を歌っている。
けれど、しゅんにはその背中が、どこか小さく見えた。
食卓につくと、また青い選択肢が浮かんだ。
【〇:母に声をかけてみる】
【×:何も聞かずに食べる】
(……やっぱり、気になる)
しゅんは迷わず【〇】を選んだ。
「……母さん、なんかあった?」
母の手がピタリと止まった。
「あら、なんのこと?」
無理に笑っているのがわかる。
しゅんは母の顔を見つめ、もう一度言った。
「電話で、困ってるみたいだった」
母はしばらく黙っていたが、やがてふぅと息を吐いた。
「……子どもは、よく見てるのね」
「……」
母はしゅんの前に味噌汁を置き、ちゃぶ台の向かいに腰を下ろした。
「実はね……。家のローン、支払いが滞ってて。おばあちゃんの医療費もかかるし、正直、余裕がないのよ」
淡々と話す母の声が、胸に刺さる。
(そうだった……)
記憶の奥にある。
以前の人生でも、家は貧しかった。母は無理をして体を壊し、結局、病気で倒れてしまった。
(このままじゃ、また……!)
胸がざわつく。
母の手は小さく震えていた。
そのとき、また選択肢が浮かんだ。
【〇:母を支える方法を考える】
【×:聞かなかったふりをする】
迷わず、【〇】を選ぶ。
「母さん、俺、もっとちゃんとする。勉強もするし、いつか母さんを助けられるようになる」
七歳の子どもが言うには、あまりにも大きな言葉だったかもしれない。
けれど母は、しばらく驚いたようにしゅんを見て、それから、ふっと優しく微笑んだ。
「ありがとうね、しゅん。でも、それだけで十分よ。こうやって心配してくれるだけで」
そう言いながら、母はしゅんの頭を撫でた。
(……いや、十分なんかじゃない。俺は、必ず正解を積み重ねて、母さんを笑顔にするんだ)
その日の午後、しゅんは図書館へ足を運んだ。
(今できることを考えよう)
自分の年齢でできる手伝い、勉強のコツ、将来お金を稼ぐ方法……。
まだ幼いけれど、調べることはできる。
図書館の静かな空気の中で、何冊も本を読み漁った。
母の苦しそうな背中が、何度も頭をよぎる。
(俺が変えるんだ。この家族の未来を)
陽が傾き、図書館を出る頃には、ノートのページはびっしりと目標と作戦で埋まっていた。
家に帰ると、母は夕食を作りながら、いつものように優しい声で迎えてくれた。
「おかえり、しゅん」
「ただいま!」
母の背中に向かって、しゅんは心の中で誓った。
(母さんの秘密、ちゃんと知れた。だから、もう二度と泣かせない)
ちゃぶ台の前に座り、味噌汁を啜る。
昆布と味噌の香りが、決意をさらに強めてくれた。
(俺がこの家を救う——)