小学生編・第5話 「いじめのターゲット」
それは、三時間目が終わった休み時間のことだった。
「おい、そこの! ジャマなんだよ!」
教室の隅で、ひときわ大きな声が響いた。
声の主は、クラスで一番ガタイがよくて乱暴者として知られる田村だ。
彼の前に、ひとりの小さな男子が縮こまっていた。
(……あいつは……)
しゅんは思い出した。
彼の名前は加藤陽一。
内気でおとなしく、いつも隅っこに座り、本を読んでいるタイプだ。
以前の人生でも、陽一はずっといじめられ続け、心を閉ざして転校していった——そんな記憶が蘇る。
田村が陽一の胸ぐらを掴み、突き飛ばした。
「チンタラしてんなよ、どけっつってんだろ!」
陽一は何も言わず、ただ目を伏せて立ち尽くしていた。
周りの子たちは見て見ぬふりをしている。
その空気に、しゅんの胸がざわついた。
(……あれも、このままだと「×」の未来だ)
その瞬間、しゅんの視界に青い文字が浮かんだ。
【〇:田村を止める】
【×:見て見ぬふりをする】
(やっぱり……来たか)
足がすくむ。
田村は乱暴で、力も強い。しかも、今のしゅんの立場はいい感じで、下手に敵に回したくない気持ちもある。
けれど、選択肢の【×】は、はっきりと「不正解」だと告げていた。
(ここで逃げたら、きっと俺はまた後悔する)
しゅんは、深呼吸して【〇】を選んだ。
すると、胸の奥に小さな勇気が湧き上がる。
「やめろよ、田村!」
教室の空気が、ピシッと張り詰めた。
みんなの視線が一斉にしゅんに向く。
田村は眉をひそめ、ゆっくりと振り返った。
「はぁ? なんだよ、お前」
心臓がドクドクと早鐘を打つ。
(ここで引いたらダメだ……正解を選べ……!)
再び選択肢が現れる。
【〇:陽一の前に立つ】
【×:一歩引いて言い訳する】
(……行け!)
しゅんは陽一の前に立ち、田村を真っ直ぐ見据えた。
「いい加減にしろよ。いじめて何が楽しいんだよ」
田村は目を丸くして、数秒黙り込んだ。
周囲のクラスメイトたちが小さくざわめく。
「……チッ。調子に乗んなよ」
田村はそう吐き捨てると、陽一の胸ぐらを離し、プイと背を向けて教室の外へ出ていった。
残された陽一は、呆然とした表情でしゅんを見つめている。
「……だ、大丈夫か?」
しゅんが声をかけると、陽一は小さく頷いた。
「……ありがとう」
その声はか細かったが、確かに感謝の気持ちが込められていた。
教室に戻った田村も、それ以上何も言わず、なんとなく空気が変わったのがわかった。
◇ ◇ ◇
放課後、陽一が教室の外でしゅんを待っていた。
「……あの、ほんとに、ありがとう」
陽一は恥ずかしそうに頭を下げる。
「いいって。困ってるの見てたら、体が勝手に動いたんだ」
自分でそう言いながら、しゅんは内心少し照れくさかった。
選択肢に導かれたとはいえ、勇気を出したのは事実だ。
(でも、この選択も正解だってわかってる)
陽一はポケットから小さな飴玉を取り出して、しゅんに差し出した。
「これ、俺がいつも食べてるやつ……お礼に」
「……いいのか? ありがとう」
受け取った飴玉を口に入れると、甘酸っぱいレモンの味が広がった。
(この一歩が、きっとまた未来を変えるんだ……)
家に帰ると、母が夕食の準備をしていた。
「今日も楽しそうだったわね。顔が明るいもの」
「うん……今日は、友達ができた」
そう言うと、母は嬉しそうに「それはよかった」と笑った。
しゅんは心の中で、そっと今日の出来事をノートに書き足した。
「いじめを止めた。陽一と友達になる」
そして小さく呟く。
(もっと強くなろう。守りたいものができたから)
七歳のしゅんは、また一歩、未来へ進む。